誰のものでもn(ry
「氷野さん」
「…………」
「オレと、付き合ってくれない?」
「無理」
多少言葉を食い気味に即答すると、目の前の男はびっくりしたような顔をした。
「な、なんでだよ!柴崎なんて乱暴者、やめておけよ!」
「話はそれだけ?あたし、急いでるから」
「じょ、女王様ーっ!!」
絶叫に近い声を無視して歩き始める。
……なんなのかしら、最近。
昼休みに呼び出されて、仕方なくついていくと、見たこともない男に告白された。 当然断っているんだけど、そうするとみんな同じようなことを言う。
「柴崎なんか、やめておけ」って。
人のペット捕まえて、そんなこと言うなんて……。
ゆずと付き合ってから、急に告白されることが多くなった。 よく分からないけれど、「女王は難攻不落じゃない」だとかなんとか。
確かにあたし、今まで誰に告白されても靡かなかった。 そんなあたしが、人と付き合っているのが、驚きみたい。 あたしはゆずと、気まぐれで一緒にいるって言われているらしくて、『もしかしたら自分もきまぐれで付き合ってもらえるかも……と考えたバカな男たちが、ここぞとばかりに女王様にアタックを開始した』ってところらしい。
……え?何でそんなこと知ってるかって? うちの学校、ゴシップ満載の学校新聞があるんだけど、そこに書いてあったのよ。 ネタにされるのは慣れっこだったから、今さらそんなことで腹を立てたりしない。
「み、美姫さん……!」
と、そのとき、後ろから声をかけられた。 振り返ると……ゆずだ。
「なあに?」
そう言うと、ギャラリーがどよどよって揺れた。 ……どうやら、あたしたちは、学園で最も注目されている2人らしい。 突き刺さるような視線が、居心地悪いったらないわ。
「あの、美姫さん……今日の、帰り……」
「ああ。大丈夫よ」
帰りっていうのは、『一緒に帰れるか』ってことね。 ……でも、なんでかしら? 聞かなくたって、ゆずはいつも迎えにくるのに。
「……あ、あの。さっき・・・歩いてたら、見えたから……」
言われて、ゆずの後ろを見やる。 すると、ゆずの友達らしき人が、こちらを見ていた。 銀髪の鋭い視線の美形(あたしが言うんだから、相当よ)と、金髪のいかにもチャラそうな男。ものすごい組み合わせね。
「そう。……早く、行ったら?待ってるわよ?」
「……う、うん」
自分でも、良くないなって思った。 でも……ゆずが、あたしの知らない人と仲良くしているのが、なぜか少し嫌だったんだもの。 いけないとは思いつつ、ちょっと冷たい言葉をゆずに投げてしまう。
「じゃ、じゃあ・・・迎えに行くから」
「……ええ」
嫌ね、あたし。 性格歪んじゃってて、嫌になる。
でも、一番嫌なのは……。 前まで、なんとも思っていなかったこの性格の悪さに、自分自身で幻滅していること。 ゆずに辛らつな言葉を浴びせた自分が、嫌で仕方ないこと。
ペット相手に気張るなんて、おかしいのに。
そう思って、はあっとため息をつくと、「悩ましげな女王、美しい!」だとかなんとか、バカな声が聞こえた。
――SHRが終わって。 あたしは、ゆずが迎えに来るはずだから、席に座って待っていた。 と、そのとき、携帯が震える。
ディスプレイには、ゆずの名前。
『ごめん。少し、遅れそう』
題名もないシンプルなメール。 ……ゆず、らしい。
そう思ってディスプレイを見て微笑んでいたら、周囲が色めき立った。 何事かと思って教室のドアを見やると、一人の男が立っていた。
「……秋田先輩よ!」
秋田?秋田犬? ……秋田犬は嫌いじゃないけど、あたしはやっぱり柴犬が好きね。
そんなことを思っていると、秋田犬さんがこちらに向かって歩いてくる。 薄いブラウンの髪の毛に、優しげな瞳。 周りの色めきようも異常だし、この人も学園の王子様的存在なんだろう。
きゃあとかなんとかいう周りの女の子の視線を無視して、秋田犬さんは、あたしの前で立ち止まった。 ……はい?
「氷野、美姫さん?」
「…………そうですけど、何か?」
先ほどの話を聞いている限り、この人は先輩らしい。 敬意を示しているわけではないけれど、さすがに無視はまずいわよね。 そう思って返事を返すと、秋田犬さんはにこりと笑った。
「話があるんだけど」
「あたしは、別に話したいことなんてありませんけど?」
つっけんどんに返すと、秋田犬さんはちょっと驚いたような顔をした後、クスリと笑った。
「面白い子だね。……すぐ終わるから、おいで?」
「……はあ、」
ため息をついて、立ち上がる。 ゆずは遅れるって言っていたし……ぱぱっと終わらせて帰ってくれば、大丈夫でしょう。
「用事があるので、手短に終わらせてください」
「手厳しいなあ」
くすくすと笑いながら、秋田犬さんがあたしを先導する。 仕方なくついていくと、人気のない階段の踊り場みたいなところまで連れてこられた。
「ここなら、いいかな」
独り言を言った秋田犬さんは、立ち止まって、階段の手すりに腰を乗せた。 ……人に話があるとか言って、いい態度ね。 悔しいから、あたしも壁に寄りかかって話を聞くことにする。
「……ははっ。面白い子だね、本当に」
「いいから、早く用件を話してください」
「うーんとね、僕と付き合ってくれないk、」
「無理ですね」
まっすぐ目を見て即答すると、秋田犬さんは驚いたような顔をした。 そして、あははっと笑い出す。
「すごいね。はじめてだよ、こんなに手厳しく断られたのは」
「……はあ。人が待っているので、行きますね?」
ここまで、本気で告白してこない人もはじめてだわ。 きびすを返して立ち去ろうとした瞬間だった。 どしんと、誰かにぶつかってしまう。
「いっ・・・。……あ、ごめんなさ……」
かなり大きな人ね。 そう思って顔を上げると、立っていたのは、ゆずだった。
「あら?ゆず……?」
「美姫さん……」
あたしを見下ろすゆずは、なんとなく悲しそうだった。 あたしをチラッと見た後、いまだ手すりに腰を乗せている秋田犬さんを睨みつけた。
「……京(きょう)・・・」
「あら?お早いお着きで」
……え?知り合い? っていうか……秋田犬さんって、あたしの1個上、つまり3年生よね? ということは……ゆずって、あたしの先輩だったの?
「お前、何してんだよ……」
「いやー、お前がぞっこんの女王様と、話がしてみたくてさ」
くすくすって笑った秋田犬さん。 ゆずは、イライラしているようで、声を荒げた。
「……どういうつもりだ?」
「いや?……まあ、正直に言うとね、頼まれたんだよ」
「はあ?」
ゆずが、秋田犬さんを睨みつける。 ……あのときの、感じだ。 ゆずが、ちょっと怖い。
「知らない?そこの女王様、『女王様を見守る会』だとかなんとかっていう、ファンクラブがあるんだよ」
「…………」
「あら、そうなの?」
目を丸くするゆずと、別段驚きもしないあたし。 まあ、中学のときも『美姫様をお守りし隊』だとかっていう変な組織があったようだから、高校でもなにか発足しているんじゃないかと思っていたし。
「んで、そいつらに『女王様に、あの不良はふさわしくない……。せめて、学園の王子とうたわれるあなたに!』とか言われて、告白するように頼まれたってわけ」
「……なん、だよ・・・それ」
ゆずの手が震えてる。 ……怒ってるんだ。
そのゆずの気持ちが少し嬉しくて。 でも、殴っちゃダメよってつもりで、ゆずの腕を引っ張った。
「ま、そんなの断るつもりだったんだけど、『南高最強の不良』とか言われてたお前が心酔する女王と会話してみたかったしねー。泣きながら縋りつかれたから、言うだけ言ってみようかと思って」
まあ、即効フラれたけどって笑った秋田犬さんは確かに綺麗な顔で。 王子とか言われるのも分かる気がした。
「っていうか、譲?お前、最近女王様告白されまくってるの知ってる?」
「は?」
「……知らねえのかよ。お前じゃ分不相応だって、告白されまくってんだってよ」
な?って秋田犬さんがあたしに同意を求めたから、あたしはおずおずと頷いた。 まあ、嘘ではないし。 すると、ゆずが驚いたような顔をして、あたしを見た。
「で、でも・・・全部、お断りしてるわよ?」
「…………」
黙ってしまったゆず。 どうしよう……と思って秋田犬さんを見ると、なぜかくすくす笑っていた。
「……美姫さんは、」
と、ゆずが口を開いた。 低い声に、思わずどきりとする。
「美姫さんは、オレの……彼女だから」
くるりと振り返ったゆず。 気がつくと、秋田犬さんと、ゆずと、あたしという異様な面子のせいか、踊り場の下には、ギャラリーが集まっていた。
「ゆ、ゆず……?」
ギャラリーを見下ろしたゆずが、口を開く。
「美姫さんは、オレのだからな。……お前ら、絶対手出すなよ」
ギャラリーを睨みつけて言うゆず。 階段の下でこちらを見ていた人は、びくりとして……。 ゆずの「散れ」ってセリフと共に、わーって逃げ出した。
……あたしは、というと。 なぜか分からないけど……ゆずの言葉のせいで、顔が真っ赤になっていた。
「……美姫、さ・・・」
くるりと振り向いたゆずが、あたしの顔を見て硬直する。 そして、意を決したように口を開いた。
「ごめん、な?お、オレ……美姫さんはオレの、なんて言って……。乱暴ばっかりしてきたし、釣り合ってないの、分かってるんだ。……でも、あの……」
おどおどと話しかけてきたゆずの唇に、指を添える。 ゆずは、驚いたようにあたしを見た。
「…………あたしは、誰のものでもないわ」
ゆずの目をまっすぐ見てそう言うと、ゆずは傷ついたような顔をして見せた。 ……でも、と、あたしは続ける。
「釣り合ってないなんて、バカみたい。そんなの、周りが決めることじゃないでしょう?あたしが、あなたを傍に置くって決めたんだから、あなたは堂々としていればいいのよ。……それにまあ、あたしは誰のものでもないけど、学園で誰に一番近いかって言われたら、ゆずだもの。そういう意味では、あなたのものって言えるのかもしれないし。それに、学園の男の人で、誰と親しいのかって言われたら、それはきっとゆずだし。だから、謝られるいわれはないわ。まあ、あたしはあなたのものってわけじゃないけど、あなたはあたしのものだしね。だから、あの……」
何を言っているんだろう、あたしは。 でも、口が止まらない。
「美姫、さ……」
口を開いたゆずに、笑いかける。
「彼女って言ってくれたの、少し嬉しかった。……ありがとう」
「……は、はい」
そう言うと、真っ赤になってしまったゆず。 でも、あたしもなんだか顔が熱くて……。 それを悟られないように、あたしは続けて話し始めた。
「あの……あたしね、ゆずのこと何も知らないみたい。ゆず、年上だったのね。あたし、知らなくて敬語も使わず、ごめんなさい。あの……今日一緒にいた人たちとは、仲良いの?」
「あ、うん。……雪平 紳と、篠崎 壱って言って……」
「へえ、そうなの。あの……ゆずの家は、どこなの?」
「あ……隣の、駅の近く」
「そうなんだ、知らなかったわ。いつも、送ってくれるものね?……今度は、ゆずの家に行ってもいい?」
「え!?あ、もちろん……!」
「じゃあ、今度の日曜日に……」
いつの間にかゆずの胸元にしがみつくようにしていたあたしは、ゆずを質問攻めにした。 気がついてみれば……なんであたし、今までゆずのこと、こんなに無関心だったんだろう。
そんなあたしたちを見て、秋田犬さんは、笑っていたみたい。
「何だ。みんなが言うより、ずっとラブラブじゃん」
そう呟いて、立ち去ろうとした秋田犬さんに気がついたゆずが、声をかける。
「お、おい……」
「え?……ああ、大丈夫。もう女王様に手は出さないよ。引っかき回すより、見ているほうが面白い・・・つか、微笑ましい」
そう言って去って行った秋田犬さんを、別段止めるようなことはしない。
あたしは、ゆずの家に遊びに行くという約束を取り付けて、なんだかうきうきした気分だった。
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