女王様、混乱する
夏の、暑い時期。 薄くしていた化粧は、汗ですべて落ちてしまった。
「……っっ、ただいまっ!!」
家について、バンッとドアを開ける。 それから、どたどたとリビングまでの道を走った。
「え・・・?……えぇっ!!?美姫ちゃん!?」
と、リビングのドアが開いて、何事かとこちらを見たママと目が合った。 ママは、昨日までロケで数日家を空けていて……。 今日、戻ってきたばっかりみたい。 疲れた顔をしている。
「な、なに!?どうしたの・・・!?」
「・・・うぅ・・・ママぁ……」
ママの顔を見た瞬間、なんだか思いがこみ上げてきて……。 驚いた顔をしているママに、抱きついてしまった。
「なに?何かあった?まさかまた、ストーカー!?」
「違うのっ・・・。ゆずが……!!」
……あぁ。「また」っていうのは、つい1年前に粘着ストーカーにあったときの話。 本格的につけられて、車に連れ込まれそうになったことがあって……。 たぶん、あたしが汗だくで泣きついたから、それと同じだと思ったんでしょう。
「ゆず・・・?譲ちゃん?」
ひとまず、ストーカーではないと理解してくれたママは、ほっと息をついて、あたしをリビングのソファに引っ張った。 そして、あたしを座らせると、メイドに紅茶を入れるように指示する。
「ゆずがっ・・・ゆずが……」
「譲ちゃんが、どうしたの?」
さっきのことを、思い出す。 ふわふわの可愛い女の子と、笑って会話をしていたゆずのこと。 そうしたら……なんだか、涙が出てきた。
「ゆずがぁっ・・・女の子と話してた……」
「話して・・・た?」
「話してたの。笑ってた。それに・・・お友達もいたの……」
「……それは、浮気とかじゃないのよねぇ?」
ママが、ちょっと面食らったように言う。 う、・・・浮気っっ!!
「浮気!?浮気なのかしら!?どうしよう、ママ!!!」
「み、美姫ちゃん・・・?」
「可愛かったの、女の子。どうしよう、ママ!ゆずが、あの女の人のこと好きになっちゃったら・・・!」
「…………ぶっ」
ママの胸にすがりつくようにしながらいうと、ママは横を見て口を押さえた。 でも、あたしの不安は止まらなくて……。 「うわき」の3文字が、異様に恐ろしく感じるの。
「……そうよ。あたしなんか、全然かわいくないし・・・美人だけど……。ゆずってば、あんなに可愛いのよ!?もしかしたら、浮気しちゃうかも・・・」
「・・・ふっ、」
「あたしのなのに!!ゆず、あたしの柴犬なのに!!」
「しばけ・・・?」
「あたしが可愛くないから、ゆずはふわふわに行っちゃうんだわ・・・!」
「……も、」
「どうしよう・・・!ふわふわ、性格もよさそうだった!!」
「もう・・・ムリ……!!」
「ゆず、可愛いもの!昨日は、ちょっとかっこよかったし……!ふわふわも、絶対好きになっちゃ・・・」
「もう、ムリよぉ・・・!!あはっ、あはははははははっ!!!」
「マ・・・マ……?」
不安が、次から次へと湧き上がってきた。 思いつくままに、それをママにぶつけた。
吹き出すのを堪えるような、なんともいえない顔であたしの言葉を聞いていたママは、「ムリ」と言って、盛大に笑い始めた。 あまりのことに呆気にとられて、呆然とママを見てしまう。
「やん、も・・・美姫ちゃ……かわいーっ!!」
「……ふふっ、・・・ハーブティーです」
横から、紅茶を持ってきてくれたメイドさんも、笑いを堪えるような顔をしている。 え、え? あたし、何か変なこと言った?
「はい、紅茶飲んで!」
「え、・・・あ、ええ」
とりあえず、進められるがままに紅茶に口を付ける。 あ、おいしー。 ラベンダーティーね。果実・・・さくらんぼかな?も、ほんのり入っているみたい。
紅茶を飲んで、幾分心が落ち着いてくる。 ふと横を見ると、ママが目に涙を溜めて笑っていた。 ……なにが、そんなにおかしいのかしら?
「あーもう、可愛いっ・・・美姫ちゃん、最近可愛くってもう……」
「……お世辞なんか、いらないわ」
ふんっと、ママから視線を逸らす。 ……いらないんだから、お世辞なんか。
「やだーっ!可愛いっ!!」
本当に怒ってるのに……。 紅茶を持っているあたしにおかまいなく、ママが抱きしめてきた。 紅茶がこぼれそうになったので、慌てて机に置きなおす。
「美姫ちゃんってば、本当に譲ちゃんが好きなのね?」
あたしに頬ずりをしながら、ママが言う。 …………はい?
「も、もちろん好きよ?可愛いし・・・」
「そうじゃないのよぉ。大好きなんでしょう?ほかの女の子と話していると、嫉妬しちゃうくらい。好きで、好きで・・・仕方ないんでしょう?」
「そ、そんなんじゃないわっ!!た、ただ・・・可愛くて……」
か、可愛くて・・・。 真っ直ぐで、たまにかっこよくて……。 あたしのこと、すごく大切にしてくれる。 だから、あたしもゆずを大切にしたいと思って……。 可愛いゆずに、少しでも釣り合うようになりたいって……。
そう、思ってるだけなんだからっ!!
そう言うと、ママはまたけらけら笑い始めた。 キッチンで食器を片付けていたメイドさんも、クスクスと笑っている。
「・・・それが、恋よう・・・」
「は・・・?恋……?」
恋? 恋って……月9の? ママとパパが、昔W主演で出演したやつ?
「恋よ。……ママがパパに抱いていたのと、同じ」
ふふふ、とママが笑った。 ……恋?
……と。 玄関の、チャイムが鳴った。 メイドさんが、食器を洗う手を休めて、ぱたぱたとインターフォンの受話器を取る。
「恋・・・って……」
「急に自分に自信がなくなったり、可愛くなりたいって思ったでしょう?」
「う・・・」
それ、ママに言ったかしら?
「譲ちゃんが、ほかの子と話すと不安になっちゃうのよね?美姫ちゃんのはちょっと極端だけど……それ、全部恋する女の子の感情よ」
「え、え・・・?」
恋?あたしが、恋? するわけ、ないのに……。 恋なんか・・・あたしは、1人で生きていけるって……。
「……あら?」
メイドさんが、すっとママに寄って、なにやら耳打ちをした。 ママは、それを聞いた瞬間、目を輝かせる。
「……ね、美姫ちゃん?」
「……な、なに?」
頭が、こんがらがっている。 何かと思ってママに視線を上げると、ママがにこにこと笑っていた。
「……ママ?」
「あのね、美姫ちゃん?恋が分からないのならば、会っちゃうのが一番よ」
語尾にハートやら音符がつきそうなほどウキウキした声で、ママが言った。 ……今日のママは、いつもの数倍テンションが高い。
「会っちゃう・・・?誰に?」
恋を教えてくれる人・・・? 占い師、とかかしら?
そう思って首を傾げると、ママがあははっと笑った。
「やーねー。譲ちゃんに、決まってるじゃなぁい」
「え?ゆず!?」
メイドさんが、手招きすると……。
ドアの前に、制服姿のゆずが立っていた。
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