怒れるドラゴンと歪みの勇者

 “そこ”は、人族も魔族も亜族もごちゃ混ぜに存在する、世界の掃きだめとも言える場所だった。
 どこの国にも属さない、無法地帯。日々誰かが殺し殺され、売られ、買われる。“そこ”で行われたことは、誰にも咎められない、そんな場所。誰かにとっては天国で、誰かにとっては地獄の場所。

 しかし、その日は、そこにいるほとんどの者にとって、地獄の日となったことだろう。




「ハ、はは、ははははっ!良いなァ、今の一撃で死んでない!」

 黒いコートを靡かせ黒い刀身の大剣を手に携えた真っ黒な髪の男が、狂ったように笑い立っていた。にたにたと笑う男は、その黒い目をぎらつかせ、舌なめずりをする。
 その男が向ける視線の先、砂埃をあげる瓦礫の山から突如としていくつかの瓦礫の塊が吹き飛んだ。それは街に降り注ぎ、時に誰かを圧し潰した。

 ガラガラと瓦礫が崩れる音がして、砂埃の中から現れたのは褐色の肌の男だ。しかし、その男が人間なのか魔族なのか、それとも亜族なのか、判断はつけられない。
 それを、黒い男も思ったのだろう、少し不思議そうな顔をして首を傾げた。

「てっきり魔族かと思ったけどよ、何か違うな。つっても、亜族にしては中途半端だ」

 根本的な容姿は人間や魔族に近いものを感じさせるが、しかし、その男は歪だった。
 白銀の髪がかかる顔の半分は鱗に覆われ、半分は柔らかそうな褐色の肌だ。爬虫類のような金色の目がぎょろりと動き、黒い男を睨みつける様は、不気味でしかない。
 服の袖から覗く手は、人や魔族の手のような柔らかさはなく、鱗に覆われ固そうだ。
 近いのはリザードマンだろうか。しかし、白銀の髪の男の顔は、人間や魔族に見られる特徴が随所に見受けられた。

「リザードマンと人間か魔族のハーフか?それにしちゃあ、気味悪い姿だな。まあ、どうでも良いか。俺にとっちゃ顔よりも強さだ」

 そう言うと、男は大剣を軽々と持ち上げて、その切っ先を白銀の男に向けた。
 男――ヴァイツは、ごきりと首を鳴らし、その金色の目を黒い男に向けた。その金色は憤怒の赤に染め上がる。

「殺してやる」
「ハッ、良いなァ、その目!満足するまでヤりあおうぜ!」

 ヴァイツがその頑強な足で地を蹴った。見る者によっては一瞬で移動したように見えただろうスピードで黒い男――イサミに迫り、その鱗に覆われた凶器の手を伸ばす。鋭い爪がイサミを襲う。
 しかしイサミは後ろに飛び退くことでその爪を避けると、体制を低くし逆にヴァイツの懐に飛び込んだ。大剣を下から振り上げるが、その黒い刀身をヴァイツは掴んで止める。
 それを見越してか、イサミはヴァイツの腹に蹴りを食らわせるも、それが腹に当たる直前、ヴァイツはもう片方の手で足を受け止めた。
 にんまりと、イサミが笑う。

「バーカ」

 その左手には、黒い銃が握られていた、その銃口は、ヴァイツの額に当てられた。

 ガァン!と銃声音が響く。二発三発と続けて響いた。

「うお、避けたのかよ」
「………」

 硝煙の上がる銃を左手に、大剣を右手に携えたイサミは、感心したように呟いた。その背後から、ヴァイツの手が伸びる。それを大剣でいなすと、イサミはくるくると銃を弄んだ。そして、地を、蹴る。
 ふっと掻き消え、そして目の前に現れたイサミに、ヴァイツは初めて表情を動かした。金色の目を見開き、ほんの少しの驚きを現したのだ。
 大剣がヴァイツの腹に叩き込まれ、その身体は後ろへと吹き飛ばされる。それを追撃するためにイサミは距離を詰めるも、ヴァイツはぎらりとそれを睨んだ。その瞬間、地面から土の手が現れて、イサミの身体を捕らえるべく蠢いた。
 イサミは難なくそれを躱すが、そこに炎の矢が降り注いだ。降り注ぐ炎の矢を大剣で全て切り裂くイサミに、次は風の刃が幾重にも重なり襲い掛かる。

「すげぇ、すげぇな、おまえ!」

 そう無邪気に歓声をあげるイサミは、軽やかな動作で風の刃を避けきった。そして、何事かを呟き、大剣を一線させた。
 吹き飛ばされ、何とか体勢を整え地面に足を付けたヴァイツに電撃を纏った一線が襲い掛かる。避ける暇はない。ヴァイツは舌打ちをし、迫りくる電撃を腕で薙ぎ払った。

「は、ハハハ、やっぱり強い奴と戦うのは楽しいな!これこそ、俺が求めてたもんなんだ。あの生温い平和な世界じゃ味わえねぇ。この世界は、俺にとっちゃ天国だ!」

 そう言って笑う黒い男には傷一つついていない。対して、ヴァイツの腕は今の電撃を薙ぎ払ったことで、焼き焦げていた。鱗が一部剥がれ、血が滲んでいる。

「……おまえは、いったい、何だ?」

 あまり表情は変わっていないものの、どこか戸惑った様子で呟くヴァイツに、イサミはこてりと首を傾げて笑った。狂人のそれだった。

「勇者だ」

 囁くようにそう言った瞬間、イサミはヴァイツの首に向かって大剣を振り下ろした。咄嗟にそれを手で受け止めるが、その刃はヴァイツの手に食い込んだ。その一撃の重さにヴァイツは顔を顰めた。
 しかし、ヴァイツは掴んだ刃をより強く握りこむ。ゴリ、と鱗を削る音が響くのも構わずに、ますます握る力を込めた。
 ヴァイツが何をするつもりなのか悟ったのだろう、イサミは愉快そうに笑う。

「ワリーが、この剣は特別仕様でな。絶対に折れねぇんだ」

 その言葉を聞くころには、ヴァイツもそれに気付いていた。苛立ったように握った大剣を押し返し、イサミが少し後ろによろめいたところに蹴りを食らわせる。
 それを大剣の側面で受け流したイサミは、後ろに数歩飛び下がった。

 多少息は上がっているものの、楽しげな顔のイサミはまるで遊んでいるかのようだ。実際、その男からするとこれは生死を賭けた遊びなのだろう。

 一方のヴァイツは、これを遊びと見なしていなかった。そもそも、ヴァイツは強者と戦うことに喜びを見出すような嗜好を持っていない。
 獲物を捕らえることに喜びを見出すことはあるが、あれはヴァイツにとっては狩りだ。戦いではない。
 ヴァイツにとって戦いとは、己のテリトリーを犯されたときや、所有物を奪われた際に取り返すための手段だ。そこに喜びなど無く、あるのは憤怒や憎悪、そして殺さねばならぬという危機感。

 勇者と名乗る黒い人間を、ヴァイツは完全に敵と見なした。排除すべき敵であると、ドラゴンの血が騒ぐ。

「……動きにくい。これだから、この姿は鬱陶しい……!」

 そう呟くと、ヴァイツは咆哮を上げた。異形の姿とは言え、人や魔族と同じような声帯を持っているであろうヴァイツが凶暴な獣の声を発したことに、イサミは興味深そうな顔をした。
 それから、瞬きの間に現れた白銀の巨体を見上げて、ほう、とイサミは感嘆の息をつく。

「ドラゴン……!おまえが気味悪くて歪なわけだ!さしずめ俺らが異世界からのイレギュラーなら、おまえはこの世界原産のイレギュラーってとこだろォ?何せ、同種族じゃねぇと孕まないはずの魔物の血が、おまえには流れてンだからな!!」

 イサミが地を蹴り、大剣を振り抜いた。その刃がヴァイツの身体を捕らえる前に、ヴァイツの巨体は上空へと舞い上がる。
 その際に、大きな翼が古びて脆い建物にぶつかり、建物は音を立てて崩壊する。逃げ遅れた者が幾人も押し潰され悲鳴をあげるが、ヴァイツには気にならなかった。

「さて、第2ラウンド始めっか!」

 人を救わない、歪みの勇者。そう呼ばれることもある男もまた、周囲への被害など気にすることなく、ただひたすらに戦いに酔いしれていた。


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ドラゴンのペット

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2016.10.31〜