空の王子と鬼将軍 | ナノ
訪問から滞在する

「ここが、シャルティーダ様の部屋となります」
「………は?」


 たっぷり間をおいて、間抜けな声を出してしまったのは、まさか自分の部屋が用意されていると思っていなかったから、というわけではない。結婚すれば、シャルティーダがガリオスの屋敷へ移るのは半ば予想していたから、部屋が用意されているのは良いのだ。
 問題は、その部屋に物が持ち込まれていることだ。自室で見慣れた物が置かれている。

「服などは、王城の者が既にしまっております」

 その言葉に、ずかずかと室内に踏み込み、大きな衣装箪笥を躊躇いもなく開けた。中には、シャルティーダの着慣れた服が数着と、新しい服が数着収まっていた。新しい服はいずれも王族の紋章つきのボタンがついた特注のもので、よくよく見れば数週間前にクリオラと仕立屋がやたら盛り上がって作っていたデザイン画に近いものだ。
 無言で衣装箪笥をしめて本棚へと向かえば、数冊本がしまわれていた。いずれもどこか古びており、一冊を手に取ればそれが自分が所有していたものだと気付く。ぼろぼろ、というほどではないが、どこかくたびれているのは、何度も読み返している証拠だろう。

「これは、いったいどういうことだ?」

 部屋の入り口に立っていたガリオスを振り返り、硬い表情で問うシャルティーダに、かの将軍は少し眉根を寄せた。

「なぜ、俺の物がこの部屋にあるんだ」
「城の者が、昨夜から今朝方にかけて運び込んだものです。……シャルティーダ様、もしやお聞きになっておられないのですか?」
「……なにを」
「今日からこの屋敷に住むものと、私はお聞きしているのですがね」
「聞いてない、聞いてないぞ!!」

 頭を抱えてそう声を上げたシャルティーダだが、ふと思い出す。
 今日、この屋敷に訪れた際、人がいたのだ。この屋敷もそこそこ広いので執事や侍女がいるのは分かる。だが、それにしては人が多かった、ように思う。しかも、殆どの使用人の所作が洗練されていた。別にガリオスの使用人が洗練されていないだろうと予想をつけていたのではない。予想では、貴族の家にいる使用人レベルだと思っていたのだ。しかし、予想に反して、彼らは王城で勤められるレベルだった。

「まさか、今この屋敷にいる使用人はもしかして」
「私の執事以外、全員王城に勤めていたものですので、ご安心ください」
「執事以外?」
「はい」
「……まさか、執事以外の使用人を辞めさせたわけじゃ」

 嫌な想像に、シャルティーダの胃がきりりと痛んだ気がした。もしそうなら、この婚姻のせいで路頭に迷う人間がいるのかもしれない。もしそうなら、即刻雇い直すか路銀をふんだんに与え再就職先を探してやれと詰め寄りそうになったが、ガリオスが「いいえ」と低い声で否定したのを聞いて、開きかけた口を閉ざした。

「もともと、この屋敷には私の執事以外人はおりませんでした。さすがに、シャルティーダ様をお迎えする屋敷に執事一人では拙いと陛下たちも、もちろん私も思いましたので。ご安心なさってください、シャルティーダ様のお付きの使用人もこちらの屋敷に移る予定です」
「そ、そうか。というか、執事が一人って、ずっとか?」
「はい。この屋敷を頂いてからずっとですから……10年以上は経ちます」
「10年、執事以外雇っていないのか?」
「この屋敷に住むのは私一人でしたからな。それに、その執事は優秀なので、一人で十分でした」

 そう語るガリオスの声は穏やかで、その執事に信頼を寄せていることが分かる。おそらくその執事は、シャルティーダがこの屋敷に入る際に出迎えてくれた、初老の男性のことだろう。身のこなしが軽やかな、落ち着いた男だったように思う。
 一目で、質の高い執事だと思っていたから、ガリオスが自慢する気持ちが分かった。そして、この男もささやかながら自慢することはあるのだな、と妙な親近感を感じた。

「……そうか。なら、良いんだが」

 いや、良くない。言ってから、はっと気付いたシャルティーダは、一つ咳払いをしてから戸惑い気味に尋ねた。

「その、俺としては今日からここに住むというのが初耳なんだが」
「……どうやら、そのようですな」

 小さく頷くガリオスだが、かといって、それ以上何も言わない。シャルティーダとしては、「殿下も知らなかったという事で、また別日に段取りを決めて同居としましょう」と言ってくれるのを願っていたのだが、その気配はない。

「だが、おまえは良いのか?そんな、昨日急に決まったというのにもう今日からその、同居するなんて」
「私に否はありません」
「いや、しかしな」
「シャルティーダ様」

 ガリオスは鋭い眼光をさらに鋭くして、言った。

「これは王命です。嫌かもしれませんが、諦めていただきたい」
「……分かった」

 それを言われてしまえば、シャルティーダには何も言えない。それ以上ガリオスの目を見れず、目をそらしたシャルティーダは、ぐ、と胸元を軽く握った。王命、という言葉に、つきりと胸が痛んだ気がしたのだ。

 だから、気付かなかった。視線を逸らしたシャルティーダを、険しくも暗い表情でガリオスが見つめていたことに。


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2016.10.18〜2017.2.7