空の王子と鬼将軍 | ナノ
どこか噛み合わない

「このような殺風景な場所で申し訳ございませんが」と一言添えて、ガリオスはシャルティーダをある一室へと招き入れた。
 そこはどうやら応接室のようだった。ガリオスが言うとおり、物は少なく殺風景とも言える。しかし、少ないといえど人を招き入れる為の部屋であるためか置いてある家具や調度品は一流のものだった。初対面の相手からは、華やかな容姿から派手好きだと思われやすいシャルティーダだが、実際には派手でごてごてとしたものは好いていない。そんな彼にとって、この部屋はむしろ好ましく思えた。

「……いや、このくらいが丁度良い」

 ふ、と思わず笑みをこぼして呟けば、じっと見つめてくる視線を感じた。誰のものかなどすぐに分かって、シャルティーダはどこか落ち着かない気持ちになった。

 この国を愛し守る男が、この国を納める王の子供を、かつて敵国だった国にむざむざと送り出すはずがない。父である王が言うとおり、男は自分の意思でシャルティーダを娶ることにしたのだろう。王族を、元敵国に渡さないために。国の為に。
 一晩考えてそう結論を出したシャルティーダは、ガリオスに対して非常に申し訳ない想いでいっぱいだった。
 シャルティーダとしては、フォーレルンに行くのはあまり乗り気ではなかったとはいえ、そうなったらなったで異論はなかった。王族として生まれた身だ、好きな相手と結婚することができる確率など無いに等しいと思っていた。だから、結婚相手を国が、王が決めたのならそれに従う以外ない。
 しかし、ガリオスはどうだろう。国の為にシャルティーダと結婚する彼の心境は?
 なんとなくだが、シャルティーダは彼の想い人に察しをつけている。絶対そうだという自信はなく、かもしれない、程度だ。彼の想い人かもしれない人物を頭に浮かべ、妙なことになった、と思った。そして改めて、ガリオスに対して申し訳なくなった。

「シャルティーダ様は、紅茶にミルクはお入れしますかな?」
「ん?ああ、頼む」

 思考に耽っている間に、どうやらガリオスが紅茶を淹れてくれたようだった。自分は客人とはいえ、家主を置いて一人考えに没頭するなど失礼なことだ、とシャルティーダは反省する。

「すまない、ぼうっとしていて」
「……いえ。急なお話でしたから、戸惑い考え込んでしまうのは当然でしょう」
「ああ、いや、うん」

 赤銅色の隻眼が、ほんの少し柔らかく緩んだような気がした。つい、子供のような返事をしてしまった。それに対してかは分からないが、ガリオスの唇の端が少し上がった。

「ところでこの紅茶は、ええと、ヴィラン将軍が?」
「はい、稚拙ながら私が淹れました。お口に合わなければ残してくださって構いません。それよりも、私のことはガリオス、と」
「え、いや、」
「私たちは夫婦になるのですから」

 紅茶を飲もうとしてカップを持ち上げたシャルティーダの手が止まる。まじまじとガリオスを見れば、表情が乏しいながら真面目な顔でシャルティーダを見返していた。
 数度、口を開けたり閉じたりを繰り返したあと、
シャルティーダは紅茶を口に運んだ。ごくり、と飲み込む音が嫌に大きく聞こえた。

「……ガリオス」
「はい、シャルティーダ様」

 おそるおそる名を呼んでみれば、ガリオスがわずかに微笑んだ。戦場で哄笑をあげるくらいしか笑ったことがないと言われる、あの鬼将軍が、微笑んだ。あまりの出来事に、シャルティーダは紅茶を一気に飲み干した。

「…………ガリオス、なぜ、昨日あの場で、俺を欲した?」

 ガリオスは微笑みを消し、厳めしい顔で答えた。

「私が貴方を望まなければ、貴方はフォーレルンの王子と結婚されていた。それが我慢ならなかった」

 ぽつり、と低い声が落ちる。なるほど、とシャルティーダは真面目な顔で小さく頷いた。

 どうやらこの鬼将軍、自分の身を犠牲にしてでもこの国を守るつもりのようだ、と。素晴らしき愛国心に、シャルティーダは胸を射たれた。
 将軍にとって、この国を守ることこそが生き甲斐であり使命なのだ。ここまで祖国を愛してくれている男に、自分は何を返せるだろう、とシャルティーダは考える。そして。

「俺とおまえの婚姻は成立した。ならば、俺はおまえを生涯支えるとしよう。それぐらいしか、返してやれることがなくて悪いな」

 末の弟が聞けば「お兄ちゃんが男前過ぎて召される」とでも言いそうなことを告げたシャルティーダを前に、ガリオスの隻眼が大きく見開かれた。どうやら驚いているようで、かの英雄も驚くことはあるのだな、とシャルティーダこそ驚いてしまう。
 数秒して我に返ったのか、ガリオスの無骨な手が、シャルティーダの手を取った。

「返してやるとか、考えなくて良い。貴方がただ、此処にいてくれればそれで俺は構わないのだ」

 敬語ははずれ、告げる言葉は少し早口で、どこか必死さが垣間見える。握ったままのシャルティーダの手を優しく引きよせ、その手の甲に厚い唇をそっと押し当てた男は、赤銅の目でシャルティーダを射抜いた。
 どきり、と恐怖とはまた別の焦りが生まれて、シャルティーダはガリオスから視線を外しぽつりと言った。

「美味い紅茶だった」
「毎日でも、貴方の為に淹れましょう」

 シャルティーダはその時のガリオスの顔を見ることができなかった。


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2016.10.18〜2017.2.7