空の王子と鬼将軍 | ナノ
舞台裏の一幕

 スタンウィーグ王国の第2王子であるシャルティーダ王子は、その風貌から空の王子と称されている。

 肩甲骨辺りまで伸ばされた青の髪に、太陽を思わせる赤とオレンジが混じりあったような瞳からそんな呼称が生まれたのだろう。
 彼をよく知る人々としても、その呼称は第2王子を上手く表現していると思っていた。

 穏やかに微笑むとき。まるで、穏やかな青空の中温かく見守る太陽のようにとろりと蕩ける瞳。
 激情にかられたとき。まるで、澄みきった晴天の中照り付け人を焼く太陽のようにぎらつく瞳。

 こう表現すると空というよりは太陽と称されそうだが、我が強そうなきりりとした容姿に反して性格は割と穏和であることが、太陽ではなく空、と称される理由だろう。あと、戦えそうな見た目の割に武術はからっきしで運動も苦手で好戦的でないことも理由かもしれない。

 さて、そんな空の王子ことシャルティーダであるが、4人いる王子の内、彼だけが側妃の子であるというのは彼を語る上ではかかせない。
 かつて戦女神とも呼ばれたシャルティーダの母は、元々父であり国王であるミリューシャの戦友にして親友だった。
 二人の間に親愛はあれど恋愛感情などなかったのだが、彼女が側妃として収まりシャルティーダを生むことになったのは、様々な思惑があった。
 と言うのも、シャルティーダの異母兄弟3人の母は、男性だったからだ。
 男性同士でも女性同士でも、結婚の自由はあり、子供も作ることができる。なので、スタンウィーグ王国の国王の伴侶が男であるのは問題はなかった。
 だが、基本一夫一妻なスタンウィーグで唯一、スタンウィーグの国王は男女一人ずつ、一夫二妻を認められている為に、側妃の座を狙う人間は多かったのだ。
 国内の貴族は国王の正妃の溺愛ぶりを見て側妃として娘を出すのは早々に諦めたが、他国からは毎日のように打診が届いた。
 それを毎日断るのがほとほと嫌になった国王に、救いの手を差しのべたのが、シャルティーダの母アルダであった。

 女性ながら大剣を自在に操り戦でも負けなしだったアルダはこう言った、と国王が懐かしげに語ったことがある。

「私がおまえの側妃になってやろう。私に一人子供を生ませてくれれば、特に私がおまえに求めるものはない。正妃と末永く仲良くしていれば良いさ。もし私と褥に入るのが嫌なら、出した種を寄越せ」

 大層偉そうで恩着せがましくて実に傲慢な女だった、と言う割には楽しそうに笑っていた国王は、彼女を友として、確かに愛しているのだろう。
 正妃はというと、さっぱりとした性格のアルダを慕っているようだった。
 そんなわけでアルダが側妃に収まったこと自体にロマンス的な愛などないのだが、逆にそれが良かったのか、国王と正妃とアルダ、そしてそれぞれの子供たちの間は至って平和的で友好的だった。
 国によっては兄弟間、親子間の不仲で内乱が起こることもしばしばあった。しかし、スタンウィーグでは現状その心配はなさそうである。

 このような家庭環境で育ったからか、シャルティーダは己を傲ることなく、また、側妃の子であると卑下することなく、穏和で理知的な青年に育った。
 しかし、些か物分かりが良すぎる、と不満げにぼやくのがスタンヴィーグ王国の国王であり、彼の父であった。



「あれももう少し我が儘を言っても良いと思うのだがな」

 正妃を隣に座らせワインを傾ける国王は、普段の威厳を少しばかり緩めている。若い頃から褒めそやされていた怜悧な美貌は、年相応ながら、老いてもなお健在だ。
 その美貌を不満げに歪める王のグラスにワインを注ぎながら、正妃となって20年以上経つ男は苦笑した。

「まったく。あの子はいったい、誰に似たんでしょうねぇ。良い子すぎる」
「その言い方だと、私は良い子じゃないということになるな」
「あなたが良い子だったら、世界中良い子だらけですよ。それはそうと、容姿はあなたとアルダさんを足して割ったようですが、性格は彼女でもないですし。あなたとアルダさんの子だっていうのが奇跡としか思えません」
「年々、おまえは私に対して厳しくなっているな」
「愛故です」
「言っていろ。……しかし、あれがあのバーサーカーの性格を引き継いでなかったというのは、幸いだったな」
「彼女の豪傑さは美徳でもありますが……」

 王に同意はしないものの、言葉を濁している時点で同意しているも同じことであるのだが、とその場にいた者たちは思ったが、おとなしく口を閉ざしていた。
 そもそも、仲むつまじい国王夫妻の会話に入るほど無粋な者たちでもない。

「一言、嫌だとでも言ってくれればな」

 ふう、とため息をつき、王が眺めるのはテーブルの上に広げられた地図だ。
 その地図には二本の細いピンが刺さっていた。
 ひとつはスタンヴィーグ。もうひとつは、スタンヴィーグの東、山を越えた先の隣国フォーレルン。

「……陛下」
「……なんだ」

 正妃に呼びかけられた王は、地図を見つめたままどこか心ここにあらずという様子で生返事を返す。正妃は特に気にした様子もなく、王が見つめる地図に目をやった。

「シャルティーダを、本当にフォーレルンに送るおつもりですか?」
「あれが行きたがっているように見えるか?」
「いいえ。……では、あの子があなたの言うとおり、嫌だと言えば、どうですか」
「嫌だというなら、それはもちろん−−−」

 王の言葉が途切れる。正妃は苦笑する。

「現状、良い断り方がないでしょう。それをあの子は分かっているから、嫌だと言わないのでしょうね」

 王は歯噛みする。正妃もまた、自分の子らと同じくらい愛情を注いできた子供を思って目を伏せた。

「今から急いで婚約者を用意しては角が立ちましょう。それに、たとえ婚約者を用意するにしても、フォーレルンの王族に匹敵する地位の者でなければなりません」
「……そうだな」

 王はじっと地図を見つめていた。しかし、ふと視線がスタンヴィーグの東から、北へと移動する。

「そういえば、そろそろガリオスが帰ってくるな?」
「ええ、今回も素晴らしい戦果を上げられ帰ってきますが……我が国の勝利は嬉しい限りですが、フォーレルンとの件があると思うと、手放しでは喜べませんね」
「……なあ、ルードよ」

 名を呼ばれた正妃は、はい、と隣の王を見た。そして、少しばかり顔をしかめた。

「英雄が褒美を与えられるのはけしておかしいことではないな?」
「それはそうですが……陛下、なにをお考えで?」

 正妃ルードの疑問は、その場にいた者たち全員が胸中に抱いた疑問だった。腕を組み、じっと地図を見つめる王の顔。それを見て、王の正妃と臣下たちは、揃って不安を抱いた。

−−−この顔は、何か突拍子もないことを思いついた顔だ、と。

「今回だけでなく、過去何度も国を守ってきた英雄に対し、国が与えたのは何だ?金と名誉と地位だ。だが、我が国の英雄はそれにあまり興味を持っていない。興味のないものを褒美として与える……これが、我が国の英雄への褒美と言えるか?」
「はあ、まあ、確かに言わんとしていることは分かりますが」
「ところで、英雄が心の底から欲しがるものがあるとして、与えるとするだろう?」
「ええ」
「与えた後に、やはり他の者にやるから返せと言うのは国内外から見ても拙いと思わんか」
「それはそうでしょうね」

 王は、見つめていた地図から視線を上げて、唇の端を歪めた。その場にいた者たちは、揃って顔をしかめた。

「うむ、良いことを思いついたぞ」



 スタンヴィーグの宰相であり、王の従兄弟にあたる男は、後に語る。
「あの顔をする陛下の思いつきは大抵周りを巻き込む」と。

 これが、スタンヴィーグの鬼将軍が戻ってくる3日ほど前の話である。


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2016.10.18〜2017.2.7