toriko夢 | ナノ

 良ければお願いします、ココさん!

今日、私はどうしても手に入れたいものがあった。

それはある高級茶葉店で限定発売される、グルメ界の近辺でしか採れない奇跡の雫という紅茶だ。

私はその為に定時帰宅を目指して必死に仕事を済ませようと、頭がパンクしそうになるほど働いた。

そりぁもうね、お昼を食べ忘れるくらい。

だけど、何故かそんな時に限って降って湧いてくる編集部からの仕事。いくら記事をまとめても終わらない。

死に体で会社から解放されたのは、予定していた時間からは遠く過ぎた頃だった。

間に合う? いや、普通なら無理だ。
ならば、駆けるしか道はない。

よい年をした女性であり、社会人であるのにも関わらず、私は猛ダッシュを余儀無くされた。





「あ、ありがとうございましたー」

店員の引きつった笑顔と声と共に、私は高級茶葉店を後にする。

そして、ぐすりと鼻を鳴らした。

「……間にあわなかった」

そう。
散々市内を全力疾走したのにも関わらず、私は茶葉を手に入れることが出来なかったのである。

なんということだ。まさか目の前で最後の一箱が買われるだなんて。ちくしょう。

先程の店員の苦笑いを思い出す。

汗だくのまま駆け込んだ高級茶葉店で、私は悲しみのあまり絶叫してしまった。

どん引きしたんだろうなぁ……。

きっと私は高級店が似合わない客であったに違いない。

それでも手ぶらで帰る気になれなかった私は、そこの茶葉店で有名な茶葉の小瓶を一つだけ買った。

その証拠に、トホホと項垂れながら夜の街を歩く私の方手には、やたら上品な紙袋がぶら下がっている。

――物珍しい物ではないが、無いよりましだ。

私はそう思いながら、僅かに口の端を上げた。

「ちょっと、お姉さん」

その時だった。

皺枯れた老婆のような声が私にかけられる。

私が慌てて振り向くと、ビルとビルの間に『占い処』と書かれた小さな看板を立てた占い屋があった。

そこから老婆が一人顔を出して、私を見つめていた。その目はやたら深刻そうに見える。

だか、恐らく占いをさせるための、勧誘みたいなものだろう。

ここら辺の占い師は、こういう商法が常套手段なのである。

しかし残念なことに、今の私は文無しだ。

「……あの、ごめんなさい。私今、お金ないんで」

こういうことは素直に言った方がお互いのためだ。

しかし、老婆はそんな私の言葉を無視して、喋り出した。

「あんた、明日は一日中最高に災難続きだろうよ」

老婆はそれだけ言うと、シャッ!と奥に姿をくらませてしまった。

勝手に哀れな視線を向けられ、言われるだけ言われた私は、ついその占い屋に足を向けてしまう。

「あのー……」

「文なしに用は無いよ」

「…………」

占い師は最後にそれだけ言うと、ウンともスンとも言わなくなった。

まぁ、文なし相手にしても商売にならないのは確かだ。

私は、少々府に落ちない気持ちになりつつ、その占い師の前から離れた。

第一、不安を煽るタイプの占い屋は、あまり好きではないので、お金があっても占おうとは思わない。


しかし、気になることが一つ。


私は、買ったばかりの茶葉の袋にちろりと視線を落とした。


――“明日も災難”、ねぇ。

それはちょっと、困ったなぁ。


だって明日は久しぶりのオフなのだ。



その上、私にとっての聖母に会いに行く予定なのである。






* * * * * * * * * *






「――どうして君はいつもそんな有様なの?」


四天王ココが、ひどく気を使った頬笑みを私に浮かべている。

しかし、その頬笑みはどこか引きつっていて、呆れる気持ちを隠せないようだった。

「……さぁ、私に聞かれても」

私は遠い目をしながら覇気無く答えるしか出来ない。

そんな私に、ココさんは慈愛とも憐みとも取れない視線を送った。


――ここはグルメフォーチュンで一番人気の占い屋。

つまり私は仕事の休みを利用して、ココさんに会いに来たってわけだ。

しかし、そんな私の今の状態はひどい。


グルメフォーチュンの駅から降りた瞬間、突然の豪雨に見舞われた私は、走っている途中で転んでしまった。

おかけでずぶ濡れの上に、膝は擦り傷だらけ。

そして前回と同じく、手にはこの街の外壁に塗っている毒薬がべったり。

寒さと毒のコンボ技で、顔は血の気が引いて真っ青で、唇なんかは紫だ。

ついでに、ココさんのファンに見つからないように神経を削ったせいか、疲労で目は死んでいた。



「とりあえず、座って?」

「あ、はい……」

「それで、良かったらこれで体を拭いて」

「はい……」

ココさんがフカフカのタオルを放心状態の私に渡してくれた。

とても肌触りの良いそれは、明らかに良い品だと分かる。

「良いんですか……? こんな上質のタオル」

「うん、そもそも君の為に用意したものだからね」

ん? 私のため?

私はタオルを頭と首に巻きつけ、流浪の民のような風貌になりながら、首を傾げた。

「君が、あまり良くない状態で来るのが見えてたからね」

「……ああ、なるほど」

すごいな、ココさんって。

占い師って枠をもうとっくに越えちゃってるんじゃないだろうか。

いや、そうだとしたら昨晩のあの老婆もすごい占い師だったのかもしれない。

私が一人感心していると、ココさんは目を細めて微笑んでくれた。

その視線はやっぱり、慈愛とも憐みともつかない。

――いや、いっそ悲しそうにも見えるのは気のせいだろうか。

「……でも、君はいつも僕が予想していたよりひどい状態だ」

「そうですね……」

私は乾いた笑いを唇の隙間から、零した。たぶん、全然笑っていないだろう。

「さ、手を出して」

「……?」

「また、壁を触ったよね?」

「ああ、そうでした」

思い出した私は、手を仰向けにして机の上に乗せる。

するとココさんはその手に重ね合わせるように自身の手を乗せた。

ココさんの能力については、すでに調べてがついている。

それでもやはり不思議な治療法だなぁ、と私はしみじみ思うのだ。

「すいません、毎回毎回……」

「気にしないで」

――実は、ココさんにこんな風に治療してもらうのは二回目ではない。

もう数回、同じように解毒してもらっている。

ココさんの心優しさに痺れたファーストコンタクトから、私は時折この占い屋を訪れていた。

そして、毎回といって良い程、この街の毒壁に接触してしまうのである。

呆れた話だ。

そのうち、抗体が出来るかもしれない。

そんなことを思っているうちに、ココさんの治療が終わった。

いつものように、最後に布で拭き取られた手のひらはすっかり調子が戻る。

「すいません、また変な事で時間を取らせてしまって」

「いいよ。この大雨で、今日はもう人の出入りは少ないだろうし」

確かに、外は今だに横殴りの雨が続いている。ザァザァ、とまるで嵐のようだ。

「それで、今日は何の用かな?」

私がすっかり外の様子に気を取られていると、ココさんが話かけてくれた。

私は慌てて、ココさんに向き直る。

いつもなら、ココさんに客として何を話そうか考えてくるのだが――今日はそうではないのだ。

「そうでした。あの、これを」

私は自分の鞄の中から、小さな紙袋を取り出す。

雨水を含んだそれは、元の上品さなど当に失くしてしまってグシャグシャだ。

「……すいません、こんな袋で。中身は瓶なので大丈夫なんですけど」

私は気まずい笑みを浮かべながら、ココさんにその袋を机の上に差し出した。

ココさんはそれを困ったように見つめる。

「ごめん、その……僕はお客さんからの贈り物は受け取らないようにしているんだ」

そして、申し訳なさそうにその袋の受け取りを拒否した。

しかしあまりショックは感じない。

ココさんはおモテになるだろうから、こんなことになるのは既に解りきっていることだった。

私は苦笑いを浮かべながら、袋へと手を伸ばし、中身を取り出す。

もちろんその中身はガラスの小さな小瓶に入った茶葉だ。

「別に、ココさんへのプレゼントとかそんなのじゃないですよ」

私がそう零すと、ココさんは一瞬目を丸くする。

「私はこの茶葉を、ココさんに入れ欲しかっただけです」

「え?」

「だって、私が入れるよりココさんのほうが上手ですから。私はそのお茶が飲みたくてここに来たんです」

ココさんの丸くなった目が、今度はパチパチと瞬きを繰り返す。

――そりゃそうだろう。思い返してみると、私ってばすごいことを言ってるもんな。

こんな凄い占い師を捕まえて、「お茶飲みに来たんで、お茶入れて下さい」って、一体どんな客だよ。

感じが悪いっていうか、頭が悪いとしか思えない。

まぁ、実際、それしか思い浮かばなかった私の頭が悪いのは事実であるが。

「――ココさん、前に言ったじゃないですか」

とにかくバツが悪くなった私は、言い訳を口にする。

「……ん?」

「『人間、上手くいかない時もあるよ、落ち込む時もある、悲しい時もある。そんな時に悩んだり、どうしようもなくなったら、いつでも、ここに来るといいよ』」

「……」

「でも、私、その……占いをして貰いたいって思う性格じゃないので」

もじもじと、私は机の下で手を重ね合わせる。

「だからって、毎回愚痴ばっかり話すのも嫌なんです。第一、ココさんはカウンセラーでも無いでしょう?」

「確かにそうだけど」

「それに、ココさんいっつも『占ってないんだから、代金はいらないよ』ってお金も受け取ってくれないし」

「実際、君が占いを望まないしね。僕はそれで商売をしているんだから、そうなって当然だと思うけど」

「つまり私って、営業妨害なわけじゃないですか」

「確かにそうだね。事実だけを見れば」

「……うっ」

ココさんにあっさり肯定されて、私は情けない声を出して、言葉に詰まった。

ココさんは、小さく溜息を零している。

……私ってば、ココさんが聖母だからって甘え過ぎたのかな。

あ、冷や汗出てきた。

しかしココさんはそんな私を見て、困ったような表情を浮かべて机に肘をつくと、静かに口を開いた。

「でも、僕自身は別に営業妨害だと思っていないよ」

「そ、そうなんですか?」

「それに、迷惑なら迷惑だって言ってる」

「聖母なのに!?」

「え?」

「あ、なんでもないです」

――あんまり、下手なこと言わないでおこう。

私はひっそりと自分の太ももを自分で抓った。

そうしていると、ココさんと私の間に沈黙が流れる。

耳につくのは止む気配の無い、ザァザァという雨音のみだ。

私は自分の言いたいことをまとめることが出来ず、頭の中でモヤモヤと考えるばかりで、言葉にならない。

するとココさんが突然、机の上にあった瓶に手を伸ばした。

「え?」

「……このお茶、入れてもいいのかな?」

その言葉に、私は驚いて背筋がピンと伸びる。

「は、はい!」

「じゃあ、ちょっと待ってて」

「あ、あの、でもいいんですか?」

立ち上がるココさんに、私は焦って声をかけた。

最初から我儘を言っている自覚はあったが、その我儘を急に受け入れられると、途端に焦ってしまう私は小心者なのだ。

「……よくよく君を見れば、なんの問題もないことだったからね」

「へ?」

「だって、君からは“そんな気”が見えない。だったら、コレを受け取ろうが拒否しようが、そもそも何の問題も無いってことだよ」

一瞬、ココさんに言っていることが解らず首を傾げていると、ココさんは微笑んで店の奥へと消えていってしまった。

私はそんなココさんを見送った後、脱力したように椅子に深く腰掛ける。

……“そんな気”?

……。


「………あぁ」

なんのことか思いついた私は、ひっそりと笑った。

“そんな気”とはようするに、“下心”ってことなんだろう。

女性からあれだけ想いを寄せられる彼のことだ。下手にプレゼントを受け入れられないのも当然だ。

だって彼にプレゼントを贈る女性が居たら、十中八九、彼に恋心を抱いているはずなのだから。

もちろん、ココさんがそれに不誠実な態度をとるはずがない。

だから最初から彼は何も受け取らないのだろう。

つまり、今回は私からそういったピンク色の想いを感じなかったから受け取ってくれた、というだけなのである。

「……だとしたら、まいったなぁ」

私は頬づえをついて、独り言を呟く。

――だって、私にはある意味で“下心”が、無いってわけでないのだ。

今日はその気持ちを正直に言うつもりだったのが……なんだか言いづらくなってしまったなぁ。

そうこう悩んでいる間にも、奥からとても良い匂いがしてくる。

上品なこの香りは、たぶんあの高級茶葉だ。

香りに刺激された私が頬づえを解き、姿勢を正して待っていると、間もなくココさんがその紅茶を持って戻ってきた。

上品な紅茶を、ココさんがこれまた上品な仕草で私の前に置いてくれる。

「ありがとうございます」

私はお礼を言って、早速その紅茶を口にした。

美味しい。
鼻腔に広がる香りウットリしてしまう。
やっぱりココさんに入れてもらって良かった。

私がほっと息をつくと、同じように紅茶を飲んでいたココさんが話しかけてきた。

「これ、とても良い葉みたいだけど、ほんとに僕が入れて良かったのかな?」

「……いいんです。確実にココさんに入れてもらう方が正解じゃないですか」

「ならいいんだけど」

少し眉を下げて笑みを浮かべるココさんの表情は、なんとも言えない色気がある。

こうやってみんな惚れていくんだろうなぁ、と思いながら私は紅茶をもう一口飲んだ。

うん。美味しい。

でも、本当に入れてもらう予定だったのは、これじゃなかったことを思い出す。

「……あのですね、ほんとはこの紅茶じゃなくて、別の紅茶を持ってくる予定だったんです」

「そうなの? でもこれも十分、美味しいよ」

「そうなんですけど……『奇跡の雫』って紅茶知ってますか?」

――そう。私が奮闘の末、手に入れることが出来なかった、あの紅茶だ。

ココさんはその銘柄を聞いた瞬間、少し顔を上げてこちらを見つめた。

「知ってる。というか、僕の家にあるけど」

「そうなんですかぁー……――って、あるんですか!?」

私はつい大きな声を上げて立ち上がってしまう。

おかげでうっかり紅茶を零しそうになった。

しかし冷静になって考えてみれば、この人は美食屋四天王の一人なのだ。

それくらいの紅茶が自宅にあってもおかしくないのである。

「……な、なんだ……」

私はそのままヘナヘナと椅子に座り直した。

ついでに頭を押さえてしまいたくなったが、なんとか耐える。

ココさんはそんな私を驚いた顔で見ていた。

「それが飲みたかったの?」

「……ええ、まぁ。いえ、そんなことも無いような。えっと……。」

――弱った。

これじゃあ、余計に言えなくなってしまった。

別にココさんに紅茶をたかる気はないのだ。

そもそもあった“下心”に、予想もしてなかった“下心”が追加してしまったように思われては元も子もない。

気が付けばココさんが困り切った私の顔をしげしげと見つめていた。

「あの……、もしかして私に何か見えてます?」

「いや、占ってはいないけど……うん、見えてないことはないよ」

「まじっすか?」

私は渋い顔で、自分の頬にペタリと触れた。

――隠したって無駄なのは分かっている。

何せ目の前にいるのは、かの有名な占い師兼、美食屋四天王なのだ。

「私が焦ってるのわかります?」

「わかるよ、ひどく電磁波が揺れているから」

ニッコリほほ笑むココさんに、私は諦めて溜息をついた。

――もう開き治った方が楽かもしれない。この聖母に心を見透かされても、私は後悔しないだろうし。

私は軽く肩の力を抜きながら、同じように気の抜けたような笑みを浮かべた。

「……じゃあ、なんで焦ってるのかもわかります?」

「予想はできるけど……そこまで占う気にはなれないかな」

「あ、そうなんですか?」

「うん、君はいつも占って欲しそうじゃないからね」

「まぁ確かに……」

「占いは嫌い?」

反対にココさんに質問された私は面食らう。

「別に、そんなことはないですけど」

私は紅茶を机に戻し、人差し指を口に当てて頭を捻った。

「……私、自分のことを良く解ってないので。占われても、その占いが自分のことなのか全然ピンとこないんですよ」

「そうなの?」

「はい。あ、でも占い自体は好きなんですよ。ワクワクするし。ただ……傍から見て不幸でも、私からすれば不幸じゃないことだってあるじゃないですか」

私の頭の中に、昨日の占い師が浮かび上がる。

「昨日、占い師に今日は一日中最高に災難だって言われたんです。でも全然、そうじゃないし」

「え……!?」

「え?」

ココさんが怪訝な顔をする。

「君は、今日の出来事を災難だと思ってないの?」

信じられない、とでも言いたげな雰囲気をココさんから感じるのは気のせいだろうか。

私は気恥ずかしいような、拗ねたような気分になり、唇を尖らしながら答えた。

「そ、そりゃあ、困ることは多かったですけど……これが最高の災難だったら、多分私もう人生のどっかで死んでますよ?」

実際、私はあまり運が良くないのだ。

正直、もっと災難なことに出くわしたことが沢山ある。

だから今日の出来事だって、ある意味で日常的なことだと言える。

「……なんか悲しくなってきました」

「あ、ごめん、そんな気分にさせるつもりじゃなかったんだけど」

「ははは、冗談です」

沈む私に、ココさんが慌てるものだからつい笑ってしまう。

「とにかく、幸も不幸も自分で体験しないと実感しないたちなので。あんまり占いの意味がない人間なんです」

すいません、こんな私がココさんの店に来てしまって――そう付け足すと、ココさんは首を横に振ってくれた。

ああ、優しいな。

私はそう思いながら、安堵する。

「じゃあ、あまり君のことを占うのは止めておくよ」

「余計に私は客として機能してないですね」

「ほんと、君は少し変わってるね」

ココさんは溜息を零すように笑うと、少し冷めてしまったであろう紅茶に再び口をつけた。

伏せがちになった彼の睫が、ほんの少し顔に影をつける。

私はその様子を見つめながら、その麗しさに内心呆けてしまいそうな気分になった。

同時に、今こそ今日の目的を切り出そうと決めた。

どうせ、彼に“下心”を隠したところで意味など成さないのだ。

ならば、素直に言えばいい。

こんな変な客を、受けてめてくれているのだし。

無理なら無理で、また普通に客としてくればいいさ。

「……あの、ですね。ココさん」

「ん? 何かな?」

ココさんの視線が上がる。

麗しいその瞳に、私は膝の上に置いた手をキュッと強く握りしめた。


「わ、私と、と、友達になってくれませんか!?」


その瞬間、ココさんがポロリとティーカップを落とした。

「わ!?」

「と、っと……! ごめん、ちょっとびっくりして」

ココさんはティーカップが机に転がる前に、なんとかキャッチした。

それでも少し中身が零れてしまったようで、赤茶色の液体が彼の手の平を汚している。

だけどもココさんはそんなことをまったく無視して、私の方を見つめ目を白黒させるのに必死のようだった。

――あれ? わ、私そんなにすごいことを言ったっけ?

「ココさん?」

「……あ、いや、えっと……ごめん、ちょっと失礼するよ」

ココさんは私にそう断ると、急に瞳に力を入れたように見えた。

私はそれに固まるしかできない。

だって見られたところで、さっき私が言ったこと以上のことなんてないんだから。

しばらくするとココさんもそれがわかったのか、目を閉じるとホッと息を吐き出した。

「何か、見えました?」

「……いや、何も」

「そんなに焦らなくても、私にはこれ以上の“下心”は無いですよ」

ただ、純粋にココさんと友達になりたいのだ。

もちろん、友人になったからって無理に取材させてもらおうとかも考えてない。

「そうみたいだね」

ココさんは何とも言えない苦笑いを浮かべる。

そして心底、言葉に困っている様子だったから、私は急いで両手をぶんぶんと横振った。

「あの、別に無理にとは言わないので。その、普通にこれからもお客として扱って下さって結構ですよ!」

「いや、そういう訳じゃないんだ」

ところが彼は私の言葉に、すぐ否定で返してくれた。

「ごめん、ただびっくりしてしまって」

「びっくり……?」

「ああ、うん。……君ってやっぱり少し変わってるね」

ココさんは片手で口元を押さえ、本当に驚いた様子だった。

私はそれに首を傾げるしかできない。

――そんなに変だろうか? 

数多の女性に想いを寄せられているし、ココさん自体がとっても優しい人なのだから、『友達になりたい』と思う人間が居たっておかしくはないと思うんだけど。

あ、それとも私が申し込む事そのものがおかしいのかな。

この年になって『友達になって』だなんて。

……今時は子どもでも言わないかも。

大人なら尚更だろう。

「すいません、なんか」

「謝らないで……大丈夫だから」

「はい?」

「僕、こういうこと言われたのは初めてで……どう返事をしたらいいのか困っただけなんだ」

小さな声で囁くように言うココさんは、どこか頬が赤い。

「あの、ココさん?」

「……うん、僕は別に構わないよ」

「え?」


「だから……友達、になろうか?」


たどたどしい言葉が、口元を押さえたままの彼の手の隙間から洩れる。

途端に、私の心にブワワッと花が咲いた気がした。


やった! マジか! 
ココさんとお友達になれるなんて!


「あ、ありがとうございます!」

私は喜びのあまりにイスから立ち上がる。

すると何故か、イスの背もたれに服の裾が引っかかった。

グッと強い引きが体にかかり、その上興奮も重なった私はバランスを崩してしまう。

そのまま体制を整える暇もなく、私は見事に後ろを向いて引っくり返った。

ゴイーンッ!という鈍い音と共に、私は頭を床に打ちつける。

目の前に火花が散った気がした。

「……ワカメちゃん!?」

パチパチと火花しか見えない中で、ココさんの声が聞こえる。

後頭部は痛いけど、不思議と不幸には感じない。




――ほらみろ。

今日のどこが最高に災難続きの一日だっていうんだ。




そう思いながら、どこか遠くに聞こえるココさんの声に私はヘラヘラと笑ったに違いない。


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