toriko夢 | ナノ

 お願いし……すいません、サニーさん!

上ったばかりの太陽が眩しい、さわやかな朝。

目覚めると見知らぬ部屋の、見知らぬベットの上に転がっていた。

私はぼんやりした眼で辺りを見回す。

広く豪奢な作りの室内だが生活感がなく、どこかの高級ホテルのようだ。

ちなみに今いるベットはふかふかのダブルベット。

そして、隣には誰かがシーツにくるまって就寝中。

寝ぼけ気味だった私の脳みそは、一気に覚醒した。

――マジ、ですか?

二日酔いで痛む頭を抱えながら、私はガバリと起きあがる。

どうしよう。何も覚えてないんだけど。もしかして、私、とんでもないことをやらかしてしまったんじゃ……。

最悪の予想にサァッと血の気が引くの感じつつ、私はおずおずとそのシーツをめくる。

「……!」

その瞬間、私はつい声にならない声を上げてしまう。

同時に、昨晩のことを思い出すためにボスッボスッ! と何度も枕で頭を殴る。


――そうだ。

私は昨日、ビアガーデンで合コンしてたんだった。


ふと甦る記憶の断片。

それを頼りに、何故こうなったのかを必死に思い出すことにした。





* * * * * * * *





――人々の喧騒が激しい、夜のグルメビアガーデン。

ビールのグラスを片手に乾杯を上げる音や、楽しそうな笑い声が響く。

その喧騒から逃れるように、私は同僚を連れて化粧室に立てこんでいた。


「騙したな」

私が苦々しく呟くと、化粧直しをしていた会社の同僚は振り返ってニッコリと笑った。

「人聞きの悪いこと言わないでよ、ワカメ」

「……今日は、ただのアフターで飲みに行くって聞いたんだけど?」

「飲み会には変わりないでしょ」

いつもより濃いメイクの同僚の言い分に私は溜息をつく。

彼女の唇の赤いリップが色っぽく艶やかに輝いている。

素っ気ない仕事のメイクとは違い、まさに戦闘モードといった彼女は美しい。

――しかし、だ。

私は聞いていない。

美しく着飾った理由が、まさか「合コン」だったなんて。

どうりで、『今日はいつもよりお洒落して行こうね』等と言われたわけだ。

女同士で、しかもビアガーデンなのにお洒落なんて変なの……と思ったけれど、私はそれに素直に従った。

夏場に合わせ、ブルーを基調にした爽やかな花柄のマキシ丈ワンピースに、エスニック調のトングサンダルを合わせている。

ファッションに関していつもサニーさんになじられている私にしては、お洒落にした方だ。

だって同僚と久しぶりのアフターだったし、それなりに楽しみだったからね。

……ところがである。

実際ビアガーデンに行ってみると、見知らぬ男性たちが待機していて――そこで今回の飲み会が「合コン」であると知ったのだ。


「ホントのこと言うと、ワカメ来ないじゃん」

「だって疲れるし」

「あんたはもう少し、色恋にも探究心を発揮しなさいよ」

同僚はそう言いながらポーチに化粧品をしまう。

私はそれをやる気のない顔で見ながら、どうにかして帰る事ばかりを考える。

すると、同僚は突然私に近づき、肩をポンッと叩いてきた。

同僚の表情は笑顔だったが、目は笑っていない。

「とりあえず、ご飯食べてお酒でも飲んでなさいよ。――だだ、途中で勝手に帰るのは許さないからね?」

「……はぁい」

同僚に凄まれて、私は情けない声を出す。

私の返事に満足した同僚は、「気に入った男性が居たから、お先に!」と言って化粧室を後にした。

アクティブなその姿に女性の力強さを感じつつ、私はまたもや溜息を漏らす。

――確かに同僚が言うように、人数を合わせた合コンで、勝手に一人で抜ける訳にはいかないだろう。

興味はない事柄でも、社会人としてマナーは守るべきである。

幸いなことに、私は合コンにノリを合わせれるほど大人ではないが、自分勝手になれるほど子どもでもない。

「仕方ない……とりあえず、精一杯食べて、飲むか」

あの同僚のことだ。恐らく男性陣がおごる方向に持っていくことだろう。実にたくましい。

……ふむ。

せっかくのおごりならば、その波にはのっておいて損はないな。

そうポジティブに考えると、途端にテンションが上がってくる。

「良いお酒頼んじゃお」

私は頼みたいお酒を指折り数えながら、自身も化粧室を後にし、飲み会という名の合コンの席へと戻った。

そして、目の前で繰り広げられる男女の取引合戦を横目にしながら、一人好きなようにお酒を頼み、飲みまくったのである。






――その飲み会から数時間後。


「あー、ちょっと飲み過ぎたかな。わはは」


私は程良くフラフラする頭を持て余しながら、駅を目指して一人歩いていた。

何故一人なのかと言うと、飲み会が終わったと同時に同僚は皆それぞれお目当ての人物と、何処かへ消えて行ってしまったからだ。

まぁ、無心に飲み食いをしていただけの女である私は、当然誰にも相手にされなかったが。

ただ酒のせいもあってか、さほど寂しくは無い。ひたすら帰路につこうと奮闘している。

しかし、ここで非常にまずいことが一つあった。

実は先程から、一向に駅が見えてこないのだ。

「あちゃー……」

私は間抜けな声を上げて、ぐるりと辺りを見回した。

ビアガーデンがあった繁華街の喧騒は影を潜め、落ち着いた雰囲気が漂っている町並みだ。

ハイセンスなビルや高級ホテルが立ち並び、お洒落なバーも点在している。

――ありゃま。私ってば、普段全然立ち入らない方向に歩いてきちゃったっぽいな。

どう見ても上流階級の方たち御用達の空間に、私は軽く頬を掻いた。

「とにかく、駅を……駅を探さないと」

ヒック、と酔っ払い特有のしゃくり上げをしながら、私は適当に歩きはじめる。

しかし、どうしても駅に行きつかない。

何故だ。

それどころか、同じ道をグルグルしている気さえする。

「あれ……?」

その途中で、私は見覚えのあるものを視界に捉えた。

いや、視界に入らないほうが無理ってもんだ。

――美しい夜の街に揺れる、極彩色の煌めき。

目がチカチカするほど美麗な輝きを放つ人……あれはサニーさんだ。

ちょうど彼は、見上げれば眩暈がしそうなほど高層な造りのホテルから出てきた所だった。

パーティスーツをすらりと着こなした彼は、格好に似合わないひどい仏頂面をしている。

私はそんなサニーさんをぼーっと見つめていたが、次第にじわじわと胸に悪戯めいた気持ちが湧きあがってくるのを感じた。

普段ならサニーさんの不穏な空気を避けるだろうが、今はただの酔っぱらい。

怖いものなんか、なくなるのである。

そうと決まれば、私はサニーさんに向かって駆け出す。

途中、私の気配に気が付いたサニーさんがこちらを向いて、目を丸くしたのが見えた。

「ワカメ!?」

「あははは、サニーさん、奇遇ですねぇ」

酔っぱらいのくせして、走ったせいで全身に酔いが回る。

クラクラする頭が、妙に心地よくて私は上機嫌で彼に話しかけた。

しかし、サニーさんはそんな私に訝しげな表情を浮かべている。

「前、んな所で何してんだし」

「道に迷っちゃって。サニーさんこそ、どーしたんですか?」

「別に」

「えー! 秘密ですか!? それってスクープ的な何かですか!?」

「ちげーし! 俺プロデュースの商品を出す会社の記念パーティだ!」

突然、ベシッと叩かれる感覚が後頭部に走る。恐らくサニーさんの髪の毛だ。

私はむーっと唇を尖らせながら、自分の頭をさすった。

「違うんですか、意外とお仕事熱心なんですね」

残念、と私が漏らすとサニーさんは眉間に深い皺を作る。今日の彼はかなりご機嫌斜めのようだ。

「サニーさん、なんか機嫌悪いっすねー。つくしー顔が台無しですよー。」

からかいを含んだ言葉が、私の口からペロリと吐き出される。

サニーさんは眉間に皺を寄せたまま、私に詰め寄ってきた。

「……前、相当酔ってね?」

「あははは」

「あははは、じゃねーし! しかも、やっぱ酒くさっ!」

「あははは、だって」

私は声を出して笑ってしまう。

酔っているのもあるが、何より先程から頬がくすぐったいせいだ。多分、サニーさんの毛先だろう。

私の様子に呆れたのか、サニーさんの毛先がふとを離れる。

そして、下から上へと、まじまじ私を見つめる視線とかち合った。

「にしても、前、んな格好すんのな」

マキシ丈のワンピースの裾が、風もないのに微かに揺れる。


「……えっと、飲み会と言う名の合コンに行ってきたんです」

私がサニーさんの質問に答えた瞬間、喉の奥から“ヒクッ”としゃっくりが出た。

同時に、サニーさんの表情も“ヒクッ”と動いた気がする。

再び彼の眉間に皺が出来る。

――美容に良くないですよ、そう言おうと思ったが、寸前で私は口を噤んだ。

僅かに広がったサニーさんの髪の毛が、機嫌の急降下を告げるサインだ。

「……ねーし」

「はい?」

「それ、似合ってねーし」

プイッと顔を逸らして、サニーさんがつっけんどんに吐き出した言葉に、私はポカンとした。

「サニーさんひどい」

「だって事実だろ」

「私にしてはがんばったんですよ!」

「調和してなきゃ意味ねーしっ」

「そりゃ、そうですけど!」

きーっ! と、私は両手を振り上げる。

しかし、美のカリスマでもある彼に上手な反論など出来ず、私はブーブーと言うしかない。

「……前は、つくしさの欠片も無っ!」

「うっ!!」

トドメの一言が酔っぱらいの胸を刺す。

私はまるで漫画のように、胸を押さえて数歩後ろに後ずさりした。

大げさに悲しそうな演技をしながら、チラッとサニーさんを盗み見る。

しかし彼は、そんな芝居がかった私の行動を横目に、不満そうな顔を続けている。

――なんだよぉ。今日のサニーさん、ホントに機嫌悪いなぁ。

私はふざけるのを止めて、サニーさんに向き直った。

「今日のサニーさんは、本当につれないですねぇ」

「…………」

サニーさんははしばらく黙ってそっぽを向いていたが――突然、サァッと顔色が青く変わる。

その瞬間、彼は私に完全に背を向け、速足でどこかへと歩き出した。

そのまま、フィッと裏路地に入っていってしまう。

――どうしたんだろう?

「サニーさん?」

そうとう怒っているんだろうか。

しかし、そんなことは私だってもう慣れっこになっていた。

そして何度も言うが、私は今「酔っぱらい」だ。

“酒”を免罪符に使うなんていう行動は最低である上に、後悔が付きまとうものだが、酔っぱらってる本人にとってはそれが解らない。

私はそのままサニーさんの後を追いかけ出した。

「サニーさん」

声をかけても無視を決め込むサニーさんはズンズン進んでいく。

私はそのまま言葉を続けた。

「ねぇ、サニーさん。飲みに行きましょうよ」

「……はぁ!?」

突然の私の提案に、サニーさんは怪訝な顔をして、怒気を含んだ声で返事をする。

「最初、飲み会って聞いてたものが、合コンに化けたんです。赤い唇は魔性でした」

「……前、分かるように喋れ」

「騙されました。その上、合コンはつまんなかったんです」

「ふーん……」

サニーさんは素っ気なく呆れた声を出す。

同時に歩くスピードが落ちたのを見計らい、私は彼の前に立ちはだかった。

裏路地に入ったせいで、よく見えないが、サニーさんの顔色は相変わらず悪い。

「でもね、いいことがあったんですよ」

「……」

「さっき、サニーさんに会いました」

そう言うと、サニーさんは少しだけ目を見張った。

「つまり、今日は今が一番楽しいんです」

私がそう言って能天気に笑うと、サニーさんは青かった顔を真っ赤に染めた。

そして困ったような怒ったような変な顔をする。

それに連動するかのように、彼の髪の毛先が、クルクル巻いたり、ぐにゃぐにゃと弱ったように動いたりと、複雑な動きをはじめた。

「サニーさん?」

不思議な彼の様子に、声をかける。

だが、いくら待ってもサニーさんは喋りだすことはなく、次第に冷や汗を流しはじめているのが見えた。

私はそんなサニーさんに首を傾げる。

「やっぱりダメですか? つくしくないですもんねぇ、私」

「……っ、違うし……」

絞るように出したサニーさんの声は、ひどく苦しそうに聞こえた。

「……サニーさん?」


――もしかして。


私は慌てて、サニーさんに近づくと、彼の顔に目を凝らす。

すると、赤くなっていた顔は、またもや青くなっていた。

そこでようやく私は一つの答えに行き着いた。

「……もしかして、サニーさん、体調悪いですか?」

「は? 誰が? 別に全然体調悪くねーし!」

――いや、絶対悪いだろう。

誰がどう見てもそう確信せざる負えない。

酒臭い私が言うのものなんだが、さっきサニーさんの横を通った時、彼からも微かにお酒の匂いがした。

「サニーさん、お酒入ってますよね。だから気分悪いんでしょう」

私がまじまじとサニーさんを見つめてそういうと、彼は苦い顔を浮かべる。

心なしか、髪にも元気がないようだ。

「だったらなんだよ。つーか、前みたいな酔っ払いと一緒にすんな」

「いやぁ……めずらしい、と思って」

「はぁ?」

「体調が悪いのにお酒を飲むなんて、普段しないじゃないですか。それとも、パーティはよっぽどお酒を飲まないといけない席だったんですか?」

私はサニーさんに一歩近づきながら、そう問いかける。

すると彼は気分が悪いにも関わらず、フンッと鼻で笑った。

「前、それ記事にする気だろ?」

「あ、わかっちゃいました? 記事化の許可をいただけれるのなら、ぜひ! ついでにその企業名とパーティ内容もぜひ!」

「話さねぇし、ぜってー許可もしねぇーし!!」

ヘラッと笑った私とは対照的に、サニーさんはキッと目を吊り上げて怒鳴った。

その声があんまりにも大きいものだから、私の鼓膜がぶるぶると震える。

すると次の瞬間、サニーさんは青い顔を益々青くさせて、軽く俯きながら手の平を自身の口元に当てた。

――どうやらよほど気分が悪いらしい。

「大きな声を出すからですよー、もう!」

「……前のせーだし」

「はいはい、大丈夫ですかー?」

私は急いでサニーさんの後ろに回り、丸くなった背をポンポンと叩く。

「ばっ……、やめろ!」

サニーさんは口元を押さえたまま、即座に振りかえり、私の手を背中から引き離した。

「つーか、前、も、どっか行け!」

「えー、なんでですか?」

「いいから、行け!」

必死な声でそう言うサニーさんの表情は真っ青で、冷や汗が滝のように流れている。

普段の彼からは想像できない姿に、私は呆気にとられた。

それと同時にひどく焦る。

――気位がエベレストより高い彼が、ここまで取り乱しているということは……きっともう限界なのだ。

何度も悪酔いをしたことがある私には、それが痛いほどに解ってしまった。

「サニーさん、吐きそう?」

ぽつりと私がそう零すと、サニーさんはギョッとしながら声を荒げた。

「吐かねぇし!」

「いやいや、いっそ吐くとすっきりするし!」

真相が分かった私は、ほらほらと両手の平を上げ下げしてサニーさんを煽る。

しかし彼はそんな私を、今にも殺しかねない目つきで睨むだけで、もう言葉も返さない。

――仕方ないなぁ。

私は小さく息をつく。

そして自分のワンピースの裾を両手で掴み上げた。

「っな、前、はぁ!?」

するとサニーさんは訳のわからない声を出す。

真っ青だった顔に、赤色が混じってすごい顔色になった。

「さぁ、どうぞ」

「……は!?」

「いえ、だから」

私は掴み上げて、弛んだワンピースのスカート部分にできた窪みを軽く揺らす。

「これに吐いて。そうすれば道も汚さない」

私がそう言うと、サニーさんはピシリと音を立てて固まった。

同時に、顔の赤色が引いて元の青い顔に戻っていく。

「大丈夫、このワンピースは丈が長いし」

「んな……問題じゃねぇだろ」

サニーさんの絞り出した声は、苦しげな吐息が混じり、少しだけ揺れていた。

「いいんです。どーせ似合ってもないし」

「それは……っ!」

「あ、厭味じゃないですよ。ほんと、別にいいんです。こっちのほうが一大事でしょう?」

ねぇ? と、私はサニーさんに畳みかけた。

しかし彼はぶるぶると肩を揺らすだけで、断固として吐く気配を見せない。

それどころか、じりじりと私から後ずさる。

私はそれを追いかけた。

「来んな!」

「なんでですか! ゲロッってするだけでしょう!」

迫る私に、サニーさんは口元の手をどけると、声をわなわなと震えさせながら叫んだ。

「――んな、つくしくなくなること出来るか!」

裏路地に木霊するサニーさんの声。

私はその叫びに、ポカッと間抜けに口を開けた。

しばらく二人の間に流れる妙な空気。

「……何言ってるんですか」

その中で、私は先に言葉を発した。

「サニーさんがこんなので美しくなくなるなんて、そんなわけないのに」

「そんなわけ、あるし」

「ないってば」

私は胸を張るくらい、自信を持って言う。

「サニーさんの美しさは、こんなことで損なわれたりしません。サニーさんの美しさって、そんなことで左右されるものじゃないでしょう?」

じぃっと、彼の目を見つめて伝えるこの言葉は、いくら酔っていようが、私にとってこの上ない真実だ。

困惑と不可解だと言わんばかりの表情を浮かべるサニーさんにも彼なりの美学があるように、これが私の美学なのである。

――少々、押しつけがましい気もするが、嘘はつけない。

「あと、知ってます?」

「……」

「そういった意味では、サニーさんは私の中で一番美しい人なんですよ」

普段なら照れくさいやら悔しいやらで言わない言葉だが、酔いとこの場の勢いで口から滑りだす。

すると、サニーさんはしばらく沈黙した後、

「……こんな時に言われても嬉しくねぇし」

と、小さく零した。

確かに状況も状況だし、街の明かりが隙間からしか見えない夜の裏路地には、けっして相応しい台詞ではない。

私は反省するように苦笑いを浮かべつつ、やはりワンピースの裾を揺らした。

サニーさんはため息をつきながら、ついに私のほうへと体を屈める。

――やっと素直になった?

ところが、サニーさんはワンピースの弛みではなく、私の肩に顔を近づけてくる。

こつん、とサニーさんのおでこが私の肩口に当たり、さらりと彼の髪の毛が私の体を滑っていった。

「あの、サニーさん? そこで吐かれるとさすがに困るんだけど」

「ばか、吐かねぇし」

「でも」

「吐き気なんか、とっくに萎えた」

「……えぇ?」

あの状態で回復することなんてあっただろうか? と、私の頭に疑問符が浮かぶ。

しかし、サニーさんの髪の毛の先がクルンクルンと巻かれ、幾分か元気を取り戻しているところ見ると、本当に大丈夫なようだ。

――最近知ったのだが、この毛先が丸くなるときは彼なりの照れ隠しらしい。

まったく、つくしい癖に可愛らしい所もあるだなんて、卑怯な人だ。

「も、大丈夫ですね?」

「ったりめーだし」

顔の見えないサニーさんの返事に、私はつい小さく笑ってしまう。

もう安心だ。

肩口からなかなかどいてくれなくてかなり重たいけれど、ホッとしたせいかしばらくはこのままでも良いと思う。

だけどやっぱりサニーさんもお酒が入ってるのか、触れている部分が熱い。

その上、脈も少し早いのだろう。トクントクンと響いてくる音に、自然と私の脈も上がる。

脈が上がって、なんだか私は顔が熱くなってきた。

……しかも、クラクラしてくる。

そういえば、私はどれくらいお酒を飲んだんだっけ?

覚えてないくらいには、飲んだなぁ……。

「……」

「ワカメ?」

近いはずのサニーさんの声が妙に遠くに聞こえる。

それはきっと、私の心臓の音がトクントクンというリズムから、バクンバクンに変わったからだ。

あぁ、どうしよう。

口から、心臓が出そうだ。

そう、口から。

口から……!




「すいません、サニーさん。私、吐きそうです」



――その瞬間。

サニーさんは私を髪の毛に巻き取って、信じられないスピードで走りだしたのであった。






* * * * * * * * *





「思い出した……」

私はベットの上で、今にも消えそうなほど情けない声呟いた。

今、私がいる見知らぬこの部屋は、サニーさんがとっていたホテルの部屋だ。

多分、あのあと私はサニーさんにこの部屋に連れてこられたのだ。

運ばれる途中でサニーさんが必死の形相で

『ホテルに着くまで吐くな! 俺の髪にぜってー吐くなし!』

……と言っていたのが耳にこびりついている。

しかし、私は昏倒してしまって、記憶がない。

――もしかして、吐いたのか!?

現に私の格好は、昨晩着ていたワンピースではなくガウンである。

混乱と後悔が私を襲い、胃が強烈に痛くなってきた。

私は正座し、自分の胃をぎゅっと押さえながら……隣で寝ているサニーさんに視線を移す。

私に背を向けたように横になっているサニーさんは髪の毛しか見えない。

カラフル毛玉が朝日に輝いて、ふかふかのシーツに埋まっている状態はどこか可愛い……。

いや、そんなことを思っている場合ではないのだ。

吐いたか、吐かなかったか、それが問題だ。

迷惑をかけたことは、もうどれだけ後悔しても謝る以外仕方ない。

ましてや、昨日の晩に二人が親密な関係を持った……なんてことも無いだろう。
それは自分の体の状態でわかる。

――だけども、彼の髪の毛に嘔吐してしまったとなると別だ。

起き抜け、彼に髪の毛で絞め殺されたって文句は言えないレベルの失態である。

「どうしよう……」

「なにが?」

「っ!?」

突然、サニーさんが私の言葉に返事を返しきた。

驚きのあまり、私は正座にも関わらずベットから跳ね上がってしまう。

そのまま転がり落ちそうになったが、目に見えない力が私の体を捉えて引き上げる。

もちろんそれはサニーさんの髪の毛だった。

「お、起きてたんですか……?」

「ワカメより先に起きてたし」

サニーさんはすでにこちらを向いていて、私の体をずりずりと自分の近くへ引き寄せる。

ついにはコロンと、対峙するように寝かせられた。

すっかり近くなった距離に、私は情けない表情を浮かべるばかりだ。

「あの、すいません、昨日、私、その」

「……」

「は、吐いちゃいました?」

「部屋についた瞬間な」

――やっぱりか!

きっと私の顔は今、昨日のサニーさんより真っ青のはずだ。

「えっと、か、髪の毛には」

「髪の毛には吐いてなかった」

「ほ、ほんとですか!?」

「嘘言ってどうすんだし」

よ、よかった。サニーさんの髪の毛には吐いてないんだ。

……いや、良くないだろう。実際、吐いたことには変わりないのだ。つまりそれって、彼が私の後始末をしたってことじゃないか。

「で、でも、すいません」

「別に……前の後始末と着替えはここの女の従業員に頼んだし」

「そ、そうなんですか……」

じゃあ、このガウンも従業員さんが着替えさせてくれたんだ。

意識のない人間の服を脱がし、また着せるのは手間がかかるはずなのに。

あぁ、このホテルを出るときは腰が痛くなるまでぺこぺこして出ていかないと。

私はようやく安堵の息をつく。

すると、サニーさんと目があった。

思えば、彼の麗しい顔がこんなに近くあるのは初めてだ。

彼単体でも眩しいのに、日の光を浴びると一層眩しくて、私は目を細める。


「サニーさんは、やっぱり美しいですね」


昨日の名残りか、つい恥ずかしいセリフが口から漏れ出してしまう。


その途端、彼は怒ったような表情に変わり、急に真っ赤になっていく。

そして――私はポーンッとベットから弾き出された。

「わぁっ!」

ちゃんと髪の力で調整してくれたおかげで、床に着地してもまったく痛くなかったが、さすがに驚く。

「と、突然何するんですか!」

即座に抗議の声を上げてサニーさんを見るが、サニーさんはシーツにすっかり包まっていて姿が見えない。

「うっせーし!」

彼のきつい声だけが聞こえる。

「つーか、前、時間!」

「え?」

再び抗議しようと思った私だが、サニーさんの言葉で我にかえる。

部屋にある、細工が施された品の良い掛け時計を見ると、思ったよりも時計の針が進んでいた。

――これは、一度家に帰って着替えて、出社するとなると遅刻ギリギリの時間だ!

「ああぁ! す、すいません、私、もう出ます! あの昨日の服は!?」

パニック寸前でサニーさんに問うと、彼の髪の毛だけが出てきて、ある方向を指す。

多分、バスルームだ。

私はそのまま急いでバスルームに駆け込み、奇麗にクリーニングされた昨日のワンピースに着替えた。

そして簡単に身だしなみを確認し、手荷物を持って部屋に戻る。

「あの、サニーさん、昨日はすいませんでした! ありがとうございます!」

部屋を出る前に、私はいまだベットに潜ったままのサニーさんにお礼を告げた。

「ん」

しかし、サニーさんの返事はそっけない。

とにかく私はサニーさんにぺこりと頭を下げて、部屋のドアノブに手をかけた。

そして重厚なその扉から、ホテルの廊下へと足を踏み出す。


あまりの慌ただしさに、私は朝からどっと疲れた気分になる。



――だけど、そんな私の疲れを吹き飛ばす、ぶっきら棒な声が聞こえたのは、パタンと閉まった扉を振り返った時と同時だった。





『……前だって、つくしーし』




ああもう。

つくしくて素直じゃなくて可愛い人だこと!



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