▼ サニーさんお願いします!
“四天王ココの危険な占い屋事情!?”
そんな品のない記事を他社にすっぱ抜かれたのは、私にとって大きな痛手だった。
クビにこそならなかったものの、上司からは大目玉を食らうし、例の小型カメラはローンで返済しなければならない。
その上、取材や編集からの仕事量もめっきり減らされ、まるで新入社員のような扱いである。
『しばらくは直接お前に仕事は回さない。記事を作りたきゃあ、自己責任で動くんだな』
そんな言葉が重く私に圧し掛かる。
つまり、あれだ。
私もあの売れっ子レポーターであるティナさんと同じような単独形態をとれってことだ。
いやいや。
ティナさんと同じようにするなんて、なかなかハードすぎるだろう。
あの人の強運とバイタリティーは常軌を逸している。見習いこそすれ、真似をするのは無理がある。
なんせ私は不運で凡才な人間なのだから。
――しかし。
そんな私にも、唯一まわってくる大きな仕事があった。
* * * * * * * *
「ま、諦めてるうちは、つくしくなれねーな。前みたいに」
そんな台詞が私に浴びせかけられると同時に、私の周りのスタッフ達が笑う。
ここは煌びやかにセットされたホテルのスイートルーム。
そしてそこに居るのは、これまた美しくそつのない美容部員と、珍しくもマナーの良いカメラマンとアシスタント。
そんな麗しき空間に囲まれてる私は、先程の台詞を吐いた人物に苦笑いを浮かべるだけだ。
「まず、その笑い方がつくしねっ!」
「気を付けます、でもひどいですよ」
「俺は事実を言ってるだけだし」
「はいはい……!」
私が語尾を荒くして返事をすると、目の前の人物は軽く髪を掻きあげて優雅に笑う。
絹よりも繊細なその髪は眩いほどの極彩色。
あぁ、それだけで宝石の粒が空中に舞うようだ。
カメラマンも必死にシャッターを切る。
――そう。
私に唯一まわってくる仕事と言うのは、この麗人――四天王サニーとの仕事である。
うちで出版してる女性誌では、定期的に美容食材の話題と四天王サニーの特集を組む。
これが大変人気なのだ。
弱小出版会社のうちで唯一の売りであると言えるだろう。
……そして何故か、その担当記者に指名されているのが私なのである。
初めてこの四天王サニーとの仕事についた時、私はただの新人でアシスタント役だった。
その時、彼はひどく機嫌が悪かったらしく、当時の担当記者を拒否した。
冷やかで気まずい空気が流れる現場で、私はただ「ひえー」と慌てていたのを覚えている。
そんな中、突然、彼が「前!」と私を指さした。
一瞬それが「お前」という意味だと解らず、小さく前ならえのポーズをとったのは内緒だ。
まぁ、結局は私に担当を変われということだった。
そしてありがたいことに、今現在も変わらず担当記者のポジションに置いてもらっているのだ。
「ありがとうございましたー!」
スタッフが重ねる声と同時に、撮影と取材が終わる。
撤収にざわつく中、私もボイスレコーダーの音入りの確認をし、散らかったメモ等を簡単にまとめ直し、片づける。
「おい」
「はい?」
すると、後ろから少し意地の悪い笑みを含んだサニーさんの声が聞こえてきた。
「この前のココの記事に写ってたの、前だろ?」
「げっ……見たんですか?」
「偶然だけどな。つーか、相変わらず運なさすぎんだろ」
「ええ、本当に。ココさんにも迷惑かけましたしね」
「ふーん。……前、この後付き合えし」
「はい? なんで私がですか?」
サニーさんの突然の提案に私は小さく首を横に振った。
なんだかんだで、彼とはそこそこ長い付き合いである。
こんな時のサニーさんはやたら私を弄ってくると解っているのだ。
それを顔に思いっきり出すと、サニーさんもムスッとした表情で唇を尖らせた。
あ……子どもっぽい。
するとそれを見て慌てた他のスタッフが、私の背後に周り、ズズイッと背中を押してきた。
「サニーさん、ワカメは大丈夫ですよ。この子、今は仕事を干されてますから。この後も何もありません」
「え、ちょっ。そんな酷い!……うっ!」
私の抗議の声は、スタッフの裏拳攻撃で遮られる。
「あんた、解ってんでしょうね?」
スタッフは笑顔と裏腹な声でそう囁くと、さっさっと撤収作業に戻っていった。
そ、そうですよね。
この仕事切られたら会社的に大損害だし、私も一瞬で無職になっちゃうよね。
ただ気になることがある。
「……でも、サニーさん」
「んだし」
「私、この前、四天王ココ相手にすっぱぬかれたんですよ? サニーさんも変な記事かかれたらどうするんです?」
「なんだ、前。んなのこと気にしてんのか?」
「そりゃあ、まぁ」
「俺と前がそんなこと書かれるわけねーし」
「はぁ……つまり?」
「んなもん、俺と前を見れば明らかだっつーの」
彼がそう言うと、明らかに周りのスタッフ達が小さく笑いだした。
私がそちらを見ると、全員目をそらす。
――ああ!
つまり、私とサニーさんとの組み合わせが釣り合ってなさ過ぎて、記事になりもしないってことか!
「それなら大丈夫ですね……って、失礼ですよ!」
「俺はなんも言ってねーし?」
私が顔を真っ赤にして怒ると、サニーさんは面白いオモチャを見るように笑いを始めた。
あぁ、まったく。
相変わらずこんな時でもつくしー人だこと!
* * * * * * * *
「で、前、マジで仕事干されてんの?」
「……ふぁい、ほしゃれてまふよ」
「食ってから喋れし」
サニーさんに苦々しくそう言われて、私は黙って口を動かした。
というか食べてる私に話しかけてきたのは貴方でしょうに。
しかし、なんたる美味。
私は料理を十分味わってから、ゴクリッとその中身を飲み干す。
それに合わせて、この店の中庭にある竹で出来た筒が、滴る水の重さに負けてカッコーンと音を立てて落ちた。
ああ、確か“ししおどし”というものだったっけ? これがオリエンタル? エキゾチック? 風流? というものなのだろうか。
とにかく、個室でこんな雰囲気と味が味わえるなんて、贅沢な話だ。
「……あぁ、美味しいです」
「ったりめーだし」
私が感嘆の声を出すと、サニーさんは満足そうな笑みを浮かべながら、霞の柄が入った上品な小さなグラスを口にする。
芳醇な香りが漂う透明の酒が、ゆらりと気品高く揺れた。
なんていうか、こう言う時は彼に見惚れてしまう。まるで一枚の絵のような人だ。
「……仕事干されてんだったら、俺が人紹介してやってもいーし」
「え?」
私がボーッとしていると、サニーさんが突然何かを言い出した。
「紹介って……あの、もしかして取材させてくれる人ですか?」
「自分で見つけるつもりなら、別にいいけどな」
「……いえ、いえいえ! あの、ぜひともって感じなんですけど!」
わぁ、珍しい。
サニーさんがこんなことを言ってくれるなんて。
「でもどうしたんですか? 一体どういう風の吹きまわしです?」
「別に……つーか、前、なんだその言い草」
「ああ、すいません。ちょっとビックリしちゃって。あの、ありがとうございます。ははは!」
私は誤魔化すように大げさに笑いながら、再び料理を食べはじめた。
しっかし、美味しい所に食事に連れてきてもらって、まさか仕事まで斡旋してくれるとは……。
なんだろう、今日のサニーさんは天使か何かなんだろうか。
最近良いことがまったくなかった分、この幸福が心に沁みて仕方ない。
「ああ、ひやわふぇでふ」
「だから、食いながら喋んな」
「……ん。今日は本当に美味しいし、幸せです。サニーさんに感謝してます」
「つーか、前は普段から運が悪すぎるし? たまにはこんなのもいーんじゃね?」
「ほんと、ココさんの言った通りだ。悪いこともあるけど、良いこともあるもんですねぇ」
私はあの時のことを思い出しながら、しみじみとサニーさんが飲んでいるものと同じお酒を飲んだ。
あ、美味しいけど、これけっこうアルコールがきついな。
喉と胸が軽く焼けつくような感覚に、私はホゥ、と息をつく。
身も心もホカホカするというのは、こういうことを言うのかもしれない。
――しかし、そんな私の気分とは真逆に、サニーさんは少し面白くなさそうな表情を浮かべている。
「……?」
「前、結局ココとなんかあったわけ?」
「ココさんとですか? 止めて下さいよ。サニーさんまであのゴシップを本気にしてるわけじゃないでしょう?」
「……まぁな。前の運の悪さは普通じゃねーし? ただあの写真おかしくね?」
サニーさんから不信感のある空気を感じる。
確かにあの時撮られた写真はどう見ても普通の状況ではなかったもんなぁ。
いや、うまく説明するのも難しいけれど。
「あー……」
私は苦く笑いながら、もう一度お酒に口をつけた。
小さなグラスはすぐに空っぽになる。
「ココさんが、あんまりにも素敵で清廉だったもので……自分の心の汚れが耐えられなくて、つい」
うっとりした息が漏れてしまうのは、お酒のせいか、それともグルメフォーチュンの聖母を思い出したせいか解らない。
ただサニーさんはそんな私の言葉が気に入らないようだった。
「ココが? あいつただの毒だし」
「な……っ! サニーさん、なんちゅーことを言うんですか!」
「清廉とか素敵とか、前、見る目無さ過ぎ。んなんだからセンスも無!」
「そんなことないですよ!ココさんは素敵でしたよ!」
あんまりにもつんけんしたサニーさんの言い草に、私も声が大きくなる。
「ま、つくしー所もあるかもしんねーけど、基本的にあいつ根暗だしネチネチしてんぞ」
「ちょ! 私はいいですけど、ココさんの悪口は止めて下さいます!?」
「は!? 事実だし!」
「事実ってなんですか! それが事実なら、私がココさんから感じとったものも事実ですよ!」
「前……っ! 生意気だし!」
「へっへーん! それがどうかしましたか!」
2人ともお酒が回っているせいか、途端に部屋の中が騒がしくなった。
いや、お酒が回っているのは私だけかもしれない。
どうも先程から、頭がカーッとして冷静ではない気がする。
そんな私にサニーさんも頭に血が上ったのか、多色色彩の長い髪の毛が少しだけブワッと広がった。
「もーしらね! もう、前とは話しねーし!」
「…………はい?」
「仕事の話も一切してやんねーし!」
「え、ちょ……待ってくださいよ」
「…………ふん」
突然のサニーさんの言葉に、私は一瞬にして頭がフリーズした。
ワタワタと慌てるものの、サニーさんはツーンとそっぽを向いてしまって、こちらを見ようともしない。
「サ、サニーさん……」
どうしてこうなった。
いや、私が意地を張り過ぎたせいか。ってか、何やってんの私……。
驚くほどのスピードで酒が醒めていく。
「あの、す、すいません」
「…………」
「つ、つい、あんな口を聞いてしまって……」
「…………」
サニーさんはツンッとしたまま、ついに完全に後ろ向いてしまった。
私の視界には、カラフルな巨大毛玉しか映らなくなる。
なんてこった……!こうやって見るとサニーさんは人間かどうすら判断できない!
……あぁ、違う!
そうじゃない!
今私が悩むのはそんなことじゃない。
しかし、サニーさんは私の言葉などもう聞く身に持たないらしい。
つまり、これは、終わった……?
私、色々無くしてしまったということ?
「……」
すっかり静まり返った個室に、カッコーンという“ししおどし”の音が空しく響く。
何を言ってもきっとこの空気は良くならないだろう。
私はすっかり意気消沈してしまい、無言のまま残った食事をおもむろに口に運び始めた。
もしかすると、こんな食事、これが最後かもしれない……。
そんな気持ちで食欲が動く私は、きっとかなり食い意地が汚い。
ただ、いくら口に運んで噛み砕いて舌で転がしても――まったく味がしなかった。
おかげでもったいなくて、飲み込めない。
それが不愉快でたまらず、お酒もグイグイと煽ってしまうことになる。
そんなことを繰り返しながら、私はモソモソと咀嚼を続けた。
「……前」
しばらくすると、後ろを向きっ放しだったサニーさんが、ついにこちらに視線を運んだ。
しかし、それでも私は咀嚼をし、お酒を煽るという行動を繰り返すばかりである。
モッソモソモソ……グィッ……モッソモソ……と。
そんな私を見たサニーさんは、プルプルと小刻みに震え始めた。
「前……っ! いい加減、飲み込めし! いつまで噛むつもりなんだよ!?」
「…………」
「不味そうだし! どう見ても不味そうな顔だし!」
「…………っ」
「泣くなし! 泣くほどなら飲み込め!」
サニーさんの怒号に、私はいい加減口の中のものを飲み込む。
すでに流動食以下の物になったそれは、不愉快な喉越しだった。
そのまま急いでお酒を煽る。
そしてダンッと、うっかり割れてしまいそうな勢いで机の上にグラスを戻す。
「……サニィさぁんっ」
口の中に何も無くなった私は、すぐさまサニーさんの名前を読んだ。
「んだよ……」
サニーさんは眉をしかめ、気まずそうではあるが、返事をしてくれた。
「あのですね、生意気な口を聞いたのは謝りますよぅ……!」
「ふーん……」
「仕事だって……サニーさんが嫌なら…っ! もう、斡旋してくれなくても良いですよぅ……!」
「………へぇ」
サニーさんが私からまた目を逸らす。
眉間には見たことがないような深い皺がよっている。
あぁ、いつもは多少拗ねる程度で、あんな顔は「肌に悪い」って言って絶対しないのに。
「でもね……でもね……聞いて下さいよ!」
「…………」
「私はですね、私は!」
「……も、別にいいし。ホントに仕事を断ったりしねーし」
ぶっきらぼうな声が鼓膜と胸に突き刺さる。
「だーかーらぁー!」
私は反射的に立ちあがると、そのまま机を跨いでサニーさんに突っ込んだ。
美しい顔がギョッと変化するのを間近で見た。
「ちょ、前! なんだし!」
「仕事じゃ、ないんですよぉ! 嫌なんです! サニーさんが喋ってくれないのがぁ……っ!」
「……なっ」
「それだけは嫌なんですよぉ!」
私はそう言いながら、サニーさんの髪の毛をワシワシと両手でかき混ぜた。
途中、サニーさんが「馬鹿」とか「やめろ」と叫んでいた気がする。
しかし、私はまったく聞く耳を持たなかった。
――所詮、酔っぱらいである。
そう。
私は酔っぱらっていたのだ、完全に。
「……うわっ、前、酒くさ! ありえんほど、酒くさ!」
最終的にサニーさんは髪の毛を使って私の四肢を巻きとり、強制的に自分から引き離した。
だけども私は構わず、ベロベロのまま言葉を続ける。
「お仕事だけじゃないんですー……サニィさんはとのお付き合いはぁ、仕事だけじゃないんですぅ!」
「…………」
「喧嘩は嫌です……仕事が続いても、喧嘩したままじゃ……意味、ない……」
サニーさんの髪の毛に捕らわれながら、私は静々と続けた。
「サニーさんと楽しくお喋りできないなら、意味ないよ……」
酔っぱらいの私は、もう身の振り方すら解らないらしい。
顔はしわくちゃの真っ赤っ赤で、鼻水はズルズル。
明らかに今の私は“つくしくない”。
サニーさんが一番どん引きする生き物に成り下がっているはずに違いなかった。
なんだこれ。
なにをどうすればこんな展開になるんだ。
私って、どれだけ運が悪いのか。否、自業自得なのだろう。
「べ、別に喋ってやんねーとか……嘘だし……っ」
そんな時、サニーさんが詰まりながら、言葉を発した。
視線を向けてみると、サニーさんも妙に真っ赤な顔をしている。
表情も、怒っているような、半笑いのような……なんとも言えない不思議な難しい表情だった。
ただ、どこか優越を感じているような――そんな感じがした。
「ほ、本当ですか?」
「ほんとうだし……」
「…………やったぁ、サニーさん、大好き」
「…………ばっ! ぶ、不細工な顔して何言ってんだし!」
サニーさんはそう叫びながら、私の顔に机の上のおしぼりを押し付けてきた。
そしてそのまま、渾身の力でゴシゴシされる。
「痛い! 痛い! あははっ、痛い!」
美容的にこれダメなんじゃないの!?
そう思いつつも、安心した私は、笑いが込み上げてきて仕方なかった。
泣き上戸はすっかり、笑い上戸に変わってしまったようだ。
「……前、いっそ仕事は俺のだけで良くね?」
「良くないです」
そこだけは、譲れません。
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