toriko夢 | ナノ

 小さな君と4



――トリコと小松がココ宅を後にした、その次の日。

暖かなお日様の光が差し込む庭先で遊ぶ彼女の前に、突如空に一機のヘリが現れた。

エンジンと回転翼が回る大きな音が、静かな断崖絶壁のこの地に響き渡る。

彼女はポカンとした表情で空を仰ぎ見た。

ヘリはどんどんこの地へと降下してくる。

小さな体をヘリの風が襲う。
顔を俯かせて、風圧に押されそうになりながらも彼女は踏ん張った。

「……っ?」

だけど好奇心旺盛な彼女はとにかくヘリが気になるのか、チロリチロリとヘリを覗き見ようとする。

その時、ブワッというきつい風が吹く。

その風圧によって、彼女が後ろ向きにコロリと転がってしまった。

そのまま二回転ほどしてしまった彼女は、しばらくシンッと固まっていたが、

「うあーっ!」

と声を上げ、半泣きのままムクリと上半身を起こした。

彼女はそのまま、ココかキッスを探し求めるかのようにキョロキョロと辺りを見回す。

しかし、残念なことにキッスは散歩にでも出かけたのか、空を見上げても見当たらない。

ココも部屋の中で用事があるらしく、庭には居なかった。

というか、そもそも彼女は勝手に家から抜け出して遊んでいたのである。

「…………」

彼女はスンッと鼻を啜りながら、ふと顔をある方向に向けてみる。

――そこには赤いヘリが降り立っていた。

訳の分からない彼女は目に溜まった涙を落とすようにパチクリと何度も瞬かせながら、首を傾げる。

グィッと服の袖で涙を拭いた彼女は、スクッと立ち上がった。

「?」

すでに興味の対象が移りつつある彼女の目からは、あっという間に涙の潤みが引いて行く。

そして、彼女は突き動かされるままに、地面を勢い良く蹴った。

「だぇですかぁー?」

ヘリに突進しながら、叫ぶ彼女。

その声は先程まで半べぞをかいていたとは思えないほど、元気に溢れていた。


そんな彼女に反応するかのように、ヘリの扉も開く。

彼女はそれを確認すると、また同じ言葉を全力で叫んだ。

「だぇですかぁー!」

――すると、なんとも言えない表情を浮かべた男が一人、ヘリから降りてきた。

極彩色の長い髪を揺らす、美しい顔立ちをしたその男・サニーは、彼女を見た瞬間、ひどく戸惑った顔をする。

「前……」

「……?」

「…………」

サニーの顔を見上げて目をパチパチさせる彼女。

そんな彼女に、サニーは息を短く吸い込んだ後、疑問符を付けながら彼女の名前を呼んだ。

「あい!」

彼女は自分の名前が呼ばれた瞬間、反射的にその手を上に上げて返事を返す。

すると極彩色の麗しい男は、僅かに目を見開いた後、溜息をついた。

「松から聞いた話、ホントかよ。信じらんねーし」

そう言いながら肩を竦める男・サニーは、そんな行動は裏腹に、どこか楽しそうに口元が釣り上げた。

「だぇ?」

「ん?俺か?つーか、前、覚えてねーのかよ」

「……?」

「ま、いいけど」

今だにパチクリとサニーを見つめる彼女。

サニーはそんな彼女の視線を感じている内に、ふつふつと悪戯心が湧いてくる。

ただですら小じんまりしていた地味なあの彼女が、今や片手に収まりそうなほど小さい。

――その上、まるで自分など知らないといった無垢な目。

それはサニーとって、おもちゃを見つけたような楽しみと同時に、ちょっと面白くないような、複雑さを感じさせた。

サニーは口角を上げたまま、無言で触覚を動かす。

ふにゃりと、小さな彼女のマシュマロな肌に触れる。

その心地よい感覚に少々気を良くしながら、そのまま悪戯に持ち上げてやろうした。

その時だった。

「サニー!」

ココの声がサニーの触覚の動きを制す。

サニーがその声の方を向き直ると、眉間に皺を寄せたココがコチラに向かってきていた。

「コォしゃん!」

彼女もココの姿を見つけると、すぐにココの方へと駆け出して行ってしまう。

短い手足を懸命に動かしながら、てててて……と走る彼女を最後はココが手を広げて向かえ、抱き上げる。

その様子を見ていて何か面白くないサニーは、不機嫌そうに唇を僅かに尖らせた。

「サニー、来るなら連絡をくれればいいのに」

「言わなくても、前なら解んだろ」

突っぱねたサニーの態度に、ココは若干呆れたような笑みを浮かべた。

彼の片腕に座るように抱かれている彼女は、不思議そうな顔をしている。

「トリコ達から聞いて来たの?」

「ま、んなとこだ」

フンと鼻でも鳴らしそうなサニーの態度に、ココは肩をすくめた。

「ところでサニー」

「んだし」

「小さな子どもに悪戯するのは感心しないな」

「……っ!う、うっせしー、悪戯じゃねーし」

顔を真っ赤にして怒るサニー。気持ち髪の毛が逆立ったように見える。

そんな様子を彼女は目をクリクリさせて眺めていた。

そのまま、抱かれていたココの腕をペシペシと叩く。

「ん? どうしたの?」

「……だぁえ?」

「あぁ、サニーだよ。なんていうか、腐れ……あぁ、友達かな」

ココが“腐れ縁”という言葉を友達に言い換えたのは、幼い彼女への配慮である。

そのことがなんとなく解ったサニーは、益々面白くなさそうに鼻を鳴らした。

――反面、彼女はパッと明るい表情を浮かべる。

そして、降ろしてと言わんばかりにココの腕で暴れると、スルリと腕の中から抜け出しサニーに駆け寄っていく。

「しゃにー!」

「……んだし」

「コラ、サニー子ども相手なんだから」

今だサニーはふくれっ面だ。

ココはそんなサニーを咎めるが、当の彼女はそんなことも気にしていない。

チョロチョロ……と、サニーの周りを動き回る。

そして、ふとした瞬間にサニーの後ろ髪にズボッと体ごと突っ込んできた。

フニャフニャの塊が触覚に触れたことにサニーは声を上げる。

「おい、前!」

サニーは急いで触覚で彼女を持ち上げ、自分の顔の前まで彼女を運んで凄む。

――しかし、彼女の表情は異常にキラキラとしていて、頬は高揚して真っ赤だった。

「……きえー」

「あ?」

「……?どうしたの?」

その様子が不思議で、ココも2人の側まで歩み寄る。

「きえーね」

だけど彼女はそう言いながら、コロコロと笑うだけだ。

柔らかい丸い頬が、ますます丸みを帯びている。

「……『きえー』って、んだよ?」

「しゃにー、きえー」

「サニー、多分彼女は『綺麗』って言ってるつもりなんだよ」

ココの助言に、サニーは切れ長の目を丸くさせた。

そしてしばし黙った後、

「……俺が美しいのは、ったりめーだし!」

照れを隠すように、大きな声を出しながら、彼女をフワフワと空中で動かした。

「ふわー!ふわー!」

しかし彼女は驚くこともなく、ますますキャッキャッと声を立てるだけだ。

サニーは先程からのむず痒さが抜けきれず、僅かに唇を尖らせて、面白くないフリをしている。


そう、あくまで『面白くないフリ』だ。


サニーはリンを相手にする時も、時折そんな所を見せる。

それによく似偏っていた。



――幼いころからそんなサニーを見てきたココには、それが手に取るように見える。


なので、彼が本当に怒りださないように、ひっそりと隠れて笑った。






* * * * * * * *





数時間後。


「アー!しゃにー!」

「ダメだよ、サニーはもう帰るんだから」

「うあーしゃにー!」


すっかりサニーに懐いた彼女は、彼が帰る頃になると大いに泣いた。

しかもサニーの髪を力一杯掴んで離さない。

しかし意外なことにサニーは不快に感じいないようで、口元を嬉しそうに釣りあげるばかりだ。

「んじゃ、一緒に来るか?」

「サニー!」

サニーの悪戯な言葉に、ココが少々声を上げる。

だけどサニーは気にもしていないようで、上機嫌だ。

「前なら、連れて帰ってもいーし?」

「……」

しかし、言われた当人はえぐえぐと喉を鳴らして返事をしない。

ココは妙な気分になる。

彼女は子どもになっているのだし、こんなことを考えるのは馬鹿らしいとココは頭では解っているが――やはり、気分も良くなければ、不安にもなるのだ。

ココは彼女の小さなつむじを見下ろした。


しばらく、彼女は沈黙した後。

ふるふると涙で揺れる瞳の視線を、床に落とした。


そして、ぽつり。


「……そえは、やー」


そう言って、しぶしぶサニーの髪の毛を離し、ピトリとココの足元へとひっついた。

ココは自分が思った以上にホッとしていることに、息をつく。


……あぁ、恥ずかしいな。


そんなことを思いながら、彼女の小さな頭を撫でた。


しかし、今度は面白くないのはサニーだ。

一気にぶすくれた顔になっている。


「もーいし、帰るし!」

「アー!しゃにー!」




――実は先程から、同じようなやりとりが何度も繰り返されている。



ココは困ったように笑うしかなかった。




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