◎歪んだ純愛 7
「ッ!」
勢い良く飛び起きた臨也の下には、柔らかな白のシーツが存在していた。
清潔感のある白いシャツを身に纏っていたが、悪夢を見ていた臨也の身体はじっとりと汗ばんでいる。
「起きたかい」
「新羅」
「酷く魘されていたよ」
目を真っ赤にしている新羅を見て、臨也は額を押えて俯いた。
汗が止まらない。
泣き過ぎたのだろうか、顔の皮膚が引き攣っている。
「静雄くんの名前ばかり呟いてた」
「シズちゃんはどこ」
新羅は堪えきれない嗚咽を漏らし始め、部屋の外へ飛び出してしまった。
「セルティ!臨也のクソ蟲野郎が起きたよ!」
後頭部がざわざわと、寒気を覚える。 開いたままのドアを見返すと、セルティがとあるものを抱えて目の前に現れた。
「!」
静雄の、首を携えて。
赤い目を腫らしながら、新羅は首から顔を背けた。
セルティは臨也の前にまで歩み寄り、ゆっくりとそれを差し出す。
その手は酷く震えていたが、臨也はその首をしっかりと受け取った。
首の切れ目から、黒い影がゆらゆらと放出している。
セルティは震える指でPDAにこう打ち込んだ。
『何があったか話せ。お前が私をあの場に呼び込んだんだぞ』
「シズちゃん、デュラハンみたい」
小さく呟く臨也は、首を見下ろしながら俯いたままだった。
『私の影で血を巡らせ、同時に止血しているだけだ。身体は…大量に失血した状態が長かったが、回収出来た血は全部身体に留め直した。首と同じで、出来る限りという意味だ。だからまだどちらも完全には…死んではいない』
カタカタと震えながら打つ指先が、セルティの精神状態を物語っていた。
身体は死んではいない、それは事実上、魂の死を意味する。
いくら化け物並みの力を持てども、これが限界だと、そう言ったのだ。
『お前の千切れた指も、同じように施してる。くっつくかどうかは新羅の腕次第だろう…ただ、静雄の手が』
「…?」
臨也は今頃気付いたかのように右手の平を開く。
根こそぎごっそりと、小指のパーツがなかった。
不思議と痛まない。
「…」
死後、人の身体は硬直する。
だがセルティの影で鮮度を保っている中、硬直は決してない。
身体はまだ死んでいないのだから。
なのに、静雄の手は、臨也の指を掴んだまま離さないという。
「身体の方は…父さんに相談してネブラの極秘の研究室に寝かせてある。ご家族には無論のこと、連絡…してないよ…」
「…」
ダンッ
「出来るわけないよ!」
新羅は拳を壁に打ち付けて叫んだ。
「二人とも」
か細い声で、臨也が呟いた。
「有難う」
彼女は首を振った。
「温かいのにな、こんなにも」
自然の流れで髪を撫でた。
やっぱり痛んでいる。
ブリーチのし過ぎだろうな、とかそんな事を上の空で考えていた。
「シズちゃん、人の話聞かないんだから」
『臨也!何があったか話せ!』
「生きてるみたいに温かい。結構、顔小さいね。睫毛も高校の時から長いままだ」
『おい、いざ…何だ、新羅!』
口を噤み、セルティの肩を掴んだ新羅は涙を溢れさせていた。
首を左右に振って、彼女をドアの外へ誘導する。
出て行く瞬間、臨也を振り返ると今まで見たこともない微笑で静雄と向き合い、話を続けていたのだった。
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