歪んだ純愛4 | ナノ


歪んだ純愛 4

―都内 某廃ビル

ゆらゆらと陽炎が太陽の熱さを物語っている。
秋口だというのにまだ蒸し暑い。
無論空調など利いている筈も無く、臨也は薄手のコートをはためかせた。

(何を素直に来てるんだか)

こつ、と前に進む。
ひんやりとしたビル内は湿った空気が気持ち悪い。
埃塗れにならぬよう、足音はなるべく立たせずに階段を上った。

カンカンカン… ギィ

「…遅かったな」
「来てあげただけ有難く思ってよね」
「つっても、来なかったらテメェん家が潰れてただろうな」
「おー、怖っ!流石化け物の考える事は短絡的思考でいけない」

喋りながら、計画通り仕込んであるナイフの羅列を、脳裏で繰り返す。
勝つのは俺だ、死ぬのはこいつだ、と代弁している行為でもある。

「よし、じゃあ始めようぜ」
「今日も素手で勝負?それとも、その辺のガラクタでも投げる?」

ダンッ

「…!」

話の途中で助走をつけた静雄が拳を振り上げて突き進んでくる。
気付いた時には、それは目の前に在った。

「臨也、今日で終わりだ」
「っ」

ズボンの後ろポケットから小型ナイフを即座に取り出し、弾き飛ばす。

ガキィン!

「…流石の瞬発力だなァ、臨也くんよぉ」
「ハハハ、流石シズちゃん、話を最後まで聞かないなんて…女の子にモテない筈だ」
「ハッ、良いんだよ、俺は」
「あ?」

ばきっ!

「ぐぁ!」

臨也の腹部が、静雄の蹴りで歪曲した。
そのままおもちゃのように吹っ飛び、コンクリートの埃に塗れながら床を滑っていく。

「ごほっ、げぇ…!」

気遣えもしないほどの吐き気を、腹を抱えたって拭えはしない。

今のは加減がなかった。
静雄は本気だと臨也は腹の中で笑う。

「今のは、ちぃときつかっただろ」

地に伏せたまま臨也の口から唾液が滴り落ちる。
血が滲んで広がる光景が中々止まらない。
何とか視線だけで上を向くと、こちらを見下ろし、煙草を吸い始める姿が見えた。

(クソッ、何なんだ、何かがおかしい)

「そう睨むなよ。最後なんだ、一本くらい吸わせろ」

(だから、それが、おかしいだろ)

ひゅー、と声にならない声が喉から漏れる。
震える腕で身体を支え、懸命に起き上がった。
まるで方程式のように、臨也は胸ポケットからいつも愛用しているナイフを取り出し、構えた。

「…出したな」
「ハァ…ハァ…」
「来いよ、俺のこと殺すんだろ」

短くなった煙草を目の前に放り投げ、足で踏み潰した。

…その足裏で何度お気に入りの服が汚されてきた事か。

そう、下らない事を考えていた。

「ハァ、ハァ…」

本当、此処のビルの湿った空気は最低だ、とか考えていた。

「ハァ…」

シズちゃんのくせにおとなしい言動が気持ち悪いとか考えていた。

「ハァ」

また服を汚して洗濯物が増えるじゃない、と助手に文句を言われだろうなとか、この後のことを考えていた。

「ハァ…ハ、ァ」

俺が死んだらシズちゃんは喜ぶんだろうとか腹の立つことを考えていた。

「…ッァ」

彼の周りに居る上司や後輩、家族に囲まれ、俺の事なんか忘れて幸せに暮らしていくのか、俺のしてきた、彼が孤独になるよう嗾けて来たことも全て過去の事になって、人間として不器用に生きていくのかと。

そう、考えた結果―


ああ、君はやっぱり、俺にとって…


「うおおおおおおお!」


でも、平和島静雄にナイフは刺さらない。
なのに俺は君にナイフを向ける。
いつだって向けてきた。
そしていつも刺さらない。
刺さっても掠り傷で、その後笑って殴り返される。
シズちゃんは生きてる。
俺は早く死んでくれないかなぁといつも通りの台詞吐いて。
そしてシズちゃんはやっぱり生きている。
俺が会わないようにしていても、絶妙な頻度で出くわす。
そしてまた締め付けられる思いに悩んで、ナイフを向ける。

『化け物が今更人間ぶらないでよね』

人間らしい化け物?
化け物な人間?




ハッ…なんか、もう、どーでもいいや。






シズちゃんは、シズちゃんだし。















ざくり



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