◎現実トリップ。4
「しーずおっ」
「!トムさん」
「はいよ、缶コーヒー」
「うっす、すいません」
規則正しい勤務時間に、上司との普通の会話。
あの拒絶から、“一日一回”臨也と会うということはなくなっていた。
(…あっさりしたもんだな)
伏せ目がちに温かなコーヒーを啜る。
その様子を見ていたトムが、背中をぽん、と摩った。
「失恋か?」
「…!え、なん」
挙動不審に生返事をすると、トムはニタァといやらしい顔を向けてきた。
「判るって、後輩の悩みにきづかねぇ先輩じゃねぇべ!」
「…失恋だなんて、そんな」
「言ってみ。これから飲み行くか!聞いてやるぞ〜」
(失恋?別に、俺は…ただ…)
ん?と頭を捻った。
静雄は目線を上にして考え込んだ末、愕然とする。
「…ッ!!」
手で口を塞ぎ、掴んでいた缶コーヒーが歪曲した。
「静雄…?コーヒー噴射してん、ぞ?」
熱そうだべ、と小さく慌てているトムの傍で、静雄が顔を真っ赤にして突っ立っていた。
(俺、あいつが、好き…なのか?)
『テメェのが、イイ…!』
自分の言った言葉の意味を、振り返って探る。
…やはり、当たり前な結果にしかならない、どう考えても。
「ちく、しょ…」
「えっ、今度は泣いた!?し、しずお、すまんって!俺が悪かったって!…ん?あれ?そうだっけ?」
手刀の如く俊敏に手を振りかざすトムの傍らで、静雄は手の甲でがしがしと濡れた頬を拭った。
「トムさん、すんません、俺行きます」
「へ」
一言強くそう告げて、小さくなった缶をトムに手渡して背を向けた。
そのとき、静雄の背中は酷く大きく見えたのだった。
「いや、渡されても…」
-----------
久しぶりに訪れた臨也のマンションを目の前にして、静雄は息を切らしながら身体を揺さぶる。
勢いで来てしまったものの、どの面を下げて足を踏み入れれば良いのか困惑した。
人が入るところを見計らって一緒に入り込んだところまでは良いが、勢いが醒めてしまった今、呆然と突っ立って今に至る。
「…何してんだ、俺」
いつもであるなら、殺すだの何だので無理やりにでも押し入っていたものを。
気付いてからはこうも歯痒いものなのかと過去を羨んだ。
「乗らないの?」
「!?」
ポチッ
突然聞こえた声に振り返ると、視界一杯に臨也の顔が映る。
臨也が丁度手を伸ばし、静雄越しにエレベーターのボタンを押していたのだ。
「…あ」
その至近距離に心臓は跳ね上がる。
がこん、とエレベーターの扉が開いた。
「い、臨也」
「…乗るの、乗らないの」
誘うような声音に、静雄は一度口を噤んでから小さく是を呟いた。
[
3/
5]