◎視界トリップ。2
朝から取り立ての仕事が立て続けに入り、今はもう昼過ぎの二時になっていた。
「静雄〜、休憩入れよ」
「うっす、じゃあ屋上行ってます。メシももうあるんで」
「おう、じゃあ俺は社長と出るわ、また後でな」
パンの入ったビニール袋を下げながら、会社のビル屋上へ向かう。
この行動も日課である。
―そして、二回目。
バタン
「ッ風きちぃな」
ドアを開けると、びゅうっと吹く風に髪が乱れた。
屋上の隅が静雄の特等席。
腰を下ろして、パンを頬張る。
(えっと、続き…)
静雄は窓に両手をついて腰を上げた。
ズボンは引き下ろされ、シャツは肌蹴て胸が露になっている。
後孔を男のもので擦られ、喉が鳴った。
いくつかの黒い影が左右から手を伸ばし、前も後ろも擦られて快楽を増していく。
次のシーンでは、挿入されている場面に切り替わっていた。
太股を上げられ、太い肉棒に突き立てられて身体を揺さぶられている。
耐え切れなくて床に倒れこむと、また後ろから挿入される。
喘ぎに喘ぐと、顔を上げさせられて口に突っ込まれた。
苦しくて涙が浮かんだが、快楽の方が強く、前からも後ろからも犯され続けた。
―そして、実際の静雄はというと、屋上の隅でとっくに昼食を食べ終え、煙草を吹かしていた。
目を閉じ、深く吸い込む。
『ああああッ』
深く突き上げられた瞬間だった。
そして、頭の中で絶頂し、妄想は終わりを迎える。
「…」
誰もいないのを良い事に、我慢が出来ずに静雄は手の平を自分の胸に持っていった。
何度か揉みしだき、もう片方の手は股間にゆっくり触れる。
「…ぁ」
ただ、それだけだったのだが。
「…」
妄想から帰ってきた静雄が、ゆっくりと目を開けると、咥えたままの煙草からゆるりゆるりと紫煙が揺らぎ、上へと舞っている様子を見た。
しかし、何だか違和感があった。
「…?」
それは、本当に誰かに見られているような感覚だった。
静雄は確信があったわけではない。
ただ、視線を向けた先に捉えがたい存在が目に入ったのだ。
「!!!」
ポト
目を見開き、口を開けたまま短くなった煙草が口から零れ落ちる。
このビルよりも少し高い、遠くの建物の屋上から、望遠鏡で此方の様子を伺っている人間の存在が確認された。
「なっ」
サングラスを取って目を凝らして見て見ると、予感が的中して更に絶句する。
相手は挨拶代わりに口角を上げて笑った。
続いて、望遠鏡をずらし、瞳を覗かせる。
見慣れた、あの、不敵な笑み。
そして、色を含んだ目線を投げかけ、静雄を見下ろしていた。
「んで…あいつが」
―折原臨也。
平和島静雄の史上最悪の天敵である。
何故其処に居るのか?
いつから其処に居るのか?
(見られた)
顔から火が出そうだった。
居た堪れなくなり、キッと睨んで中指を立てた。
そして急いでビルの中に逃げ込む。
誰にも知られたくない秘密が一番嫌いな人間にバレてしまえば、ショックが大きいのは当たり前だった。
(あーあ、見つかっちゃった)
蹲踞の状態で望遠鏡を覗いていた臨也が、苦笑いを零した。
(でも遅いよ、何年経ったと思ってるんだろうね)
フフ、としゃがんだまま太股に肘を立てて頬杖をする。
(俺の大事な日課が壊れちゃ叶わないなァ)
折原臨也、趣味は人間観察。
そして、平和島静雄の痴態を唯一知る人間。
静かに眺め、視姦して愉しむ。
毎日繰り返される、言わばこれは食事を摂るのと同じ事である。
さっきまでの休憩時間とほぼ同時刻、臨也の様子といえば…
― 静雄が目を閉じて煙草を深く吸う時、それは…
(ああ、今まさに入れられた瞬間だね)
望遠鏡を両手で持ちながらほくそ笑んでいた。
(次にシズちゃんが同じ事をしたら、終わりの合図…イく瞬間だ)
そして、蛻の殻になった屋上を眺めている今現在、見つかったのは意図的であるのか否か、この数年間の傍観に幕を閉じる事になった。
「ああ、なんて楽しいんだろう」
臨也は望遠鏡を手に持ったまま立ち上がり、空に両手を仰いだ。
「イく瞬間を想像している君の顔、本当、クセになる」
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