分かり合えぬ者

連れて来られたのは藤の家紋を大きく掲げたお屋敷だった。人の良ささそうなご婦人に案内されてひとつの部屋に招き入れられる。
タンと静かに襖を閉められ、目の前にこちらこを見据える彼との間に沈黙が降り立った。真っ直ぐに私を見る瞳の奥は一切の曇りなく澄んでおり決して揺らがない力強さを秘めていた。黒死牟が月のようだとしたらこの人は太陽のようだと感じた。

「俺は鬼を狩っている鬼殺隊だ。ここまで言えば君にも分かるだろう。何故、連れて来られたのか。人の命がかかっているんだ。包み隠さず話して欲しい。」

ああ。この人は全てを見抜いている。隠せない。これは。そして逃げる事も出来ない。
武道や剣術などからきしの私だが常に黒死牟といる為か相手の力量など少しだけなら感じる事ができる。この人は今まで会った中の鬼殺隊の中で1番強い。黒死牟と同じ雰囲気を纏っている。

ふう、息を吐いてと少し困ったように笑った。よっこいせと、腰をその場に下ろす。

「今回はどのような任務で?」

腕を組みこちらを見下ろしながらキュと眉が上に上がった。

「言う訳がないだろう。」
「残念だけど、私は何も知らない。」
「人間でありながらそれだけ鬼の気配を纏っているんだ。共に過ごしているか、匿っているのだろう。知らない訳がない。こちらも手荒な事はしたくないんだ。」

知らないものは知らないんだけれどな、とぽりぽりと頬をかいた。

「多分、貴方が追っている鬼と私と一緒にいる鬼は違うよ。」
「どういう事だ。」
「彼、この町では人を食べないから。だってこんな風に貴方達がやって来るでしょう?そしたら私が危険になる。」

こんな風にね?、と首を傾げて笑えばその瞳が少し怒りに揺らいだ気がした。

「君は…その鬼といつから共に居る。」
「いつだろう…。歳を数えてないから分からないけど物心つく頃からいるよ。」
「そんなに長く。食われないのか。」

心底驚いたという風に目を開き私を見返してくる。

「食べられないよ。お前は食べないって言われてるから。」

別の意味では貪り食べられてるけどね、と思いながら昨日の行為で少し痛む腰をさすった。
大きな目は変わらず私から目を逸らさず、探るようにこちらを見てくる。その視線からフイと顔を背けて窓の外へと意識を向けた。
穏やかな昼下がり、子供達が外で遊んでいるのか賑やか声が聞こえる。きっとこの日常を守る為に、彼は刃を振るうのだろう。人を喰う化け物に。
そしてその化け物と共にいる私を心底理解出来ないのだろう。

「彼に…拾われる前、死にかけていたの。私。」

再び、視線を戻し少し怒りに揺れる瞳を見返した。

「死ぬ寸前まで暴力を振るわれ続けて、息も絶え絶えだった。もう、死ぬんだって、悟った。そんな時に彼が助けてくれた。気まぐれだったのかも知れない。でも現にこの年まで育ててくれて温かいご飯を食べさせてくれて雨風を凌げる家に住まわせてくれてる。」
「それでも、人を食うのだろう。鬼なのだから。」
「うん。そうだね。」
「すまないが、だったら見逃せない。」

静かな落ち着いた声だった。
この話をして見逃して貰えるなんて思っていなかった。彼の言葉を聞き自嘲気味にに笑う。

「何故君は人を食べる鬼と共に居られる。罪のない人々が身内を食われ傷つけられ悲しみ嘆き絶望しているのに、何故…。」

その言葉に怒りがゆらりと己の中で立ち上がるのが分かった。ゆっくり立ち上がり彼の頬に手を寄せ顔を近づけた。黒死牟とはまた違った輝きを放つ金色の瞳を覗き込む。

「貴方は…食べるものに困った事はある?泥水を啜った事がある?地を這う虫を食べた事は?ボロ雑巾になるまで殴られた事は?」

なさそうよね。育ちが良いのが分かるもの。立ち振る舞い。歩き方。話し方。
きっと生まれた時から私にはないものを持っていのだろう。父がいて母がいて優しい暖かい家族。帰る場所があって己を抱きしめてくれる腕があって。
心底羨ましいと思った。
くしゃりと顔歪め笑った。

「私が、死にかけている時、餓死しそうになっていた時、殴れてていた時も、誰も…助けてくれなかった。皆が無関心だった。…だから、他の人が死のうが殺されようが、私には関係ない。」

彼の頬に触れていた手首を自分よりも一回りも二回りも大きな固く厚い手でガシリと握られた。触れた肌から彼の熱が伝わってくる。黒死牟とは全く違う温度。

「君とは…分かり合えないようだ。」

ええ、そうね。私も貴方の考えた方や気持ちは、分かる。理解は出来る。けれど、納得はできないのだ。

彼の瞳の中に泣き出しそうになっている女の顔が映り込んでいた。そしてその私を見る彼の瞳の中から怒りが消えているのに気がつく。
ああ。この人は優しい。そして眩しいと思った。私の価値観を受け入れる事も納得する事も出来ないけれど、否定はしなかった。否、出来ないのだろう。優しい人だからこそ。
きっと助けるべき人がいたら手を差し伸べ自分を顧みず助ける人なのだろうと容易に想像出来た。
鬼殺隊にいるという事は少なからず身内が鬼によって殺されているか、何らかの訳がある筈だ。憎いだろう。嫌いだろう。
なのに彼は鬼と共にいる私に対して怒りを鎮めてしまった。

「ごめんなさい。」

水と油のように、決して貴方とは相容れない。
けれど、貴方に少し惹かれてしまうわ。その眩しさに。

「緊急事態!緊急事態!ココカラ東に向カエ!鬼ガ出タ!至急、応援ニ向カエ!十二鬼月ノ可能性!」

カアカアと日が沈み、紅く染まり始めた空に1匹のカラスが飛んでいた。一直線にこちらの部屋に向かって来て、空いていた窓を潜り抜け目の前の彼の肩に止まる。

その言葉を聞いても私の腕は離されない。

「行かなければならないんじゃないの?」

鬼殺隊の彼等が鴉を使って情報伝達をしているのは知っていたので驚きはなかった。鴉が発した言葉を聞いて、真っ直ぐ目の前にいる彼を見る。
少し悩んだ後、ゆっくり手首を解放され名残り惜しむように、私を見てから彼は背を向けた。

「次会ったら時、君には悪いが拘束させて貰う。」

今回は、見逃してくれるのね。
本当に、優しい人。いつかその優しさで自分の首を締めなければ良いけれど。

「ありがとう。」

彼ともう会う事はないだろう。黒死牟とは違う、けれど同じ色をした瞳にさよならを告げて私もその場を後にした。






紅く染まり始めていた空はもう既に日が落ちてしまい、辺りは薄暗くなっていた。これは大変だ。黒死牟は町の近くまで迎えに来てくれているだろうけど、何て言われるだろうか。きっと怒られる事はないけれど、呆れられそうだ。そして今度こそ、本当にもう滅多な用事がない限り家から出させて貰えないかもしれない。
冷え切ってしまった団子を持って帰路を急いだ。

町を抜けた少し先に見慣れた姿を見つける。

「黒死牟!」

あちらも私の気配に気付いたみたいで、いつもとは違う2つのみの瞳が此方を向いた。擬態しているのだ。黒死牟は流石に町の近くまで来る時は姿を人にしている。誰かに見られたら、騒ぎ所の話ではないからだろう。
側に駆け寄り、ドンと突進するように彼に抱きつけば難無く受け止められる。

「日が…暮れている。約束と違うではないか。」

ムニ、両頬を指で摘まれ横に引っ張られた。

「ご、ごめんなひゃい。」

鬼殺隊に出会った事、今回は見逃してくれたけど今度はないと、脅された事。全てを話し終えると黒死牟は私を抱え上げた。

「この町から…離れる。帰ったら荷物をまとめろ。」

やっぱり。
そうなるだろうと、思っていた。私がヘマした所為で。

「ごめんなさい。」

項垂れるように謝れば、気にするな、と言われ縋り付くように黒死牟の首に腕を回し抱きついた。

「お前は…良いのか。」

住み慣れていただろう、と続けて言われ、思わずクスリと笑ってしまった。

黒死牟がいるなら、どこだって良い

貴方がいるなら、私はどこだって生きていける。


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