団子屋

つい先日、町に下りた時にあと数日で新しい団子屋が開店するのだと言う噂を耳にしていた。確かにチラシがあちこちに貼られていたのを思い出す。美味しそうに描かれたみたらし団子。とろりと垂れたタレにじかびで焼いた外はこんがり中はもっちりとした団子を想像し涎が溢れそうになる。
生まれ育った環境からあまり食に対する関心はない方だ。食べれたら良い、と思う感覚なのだが、甘味になると話が別である。初めて黒死牟が買ってきてくれたものもみたらし団子であった。あんなにも甘くて美味しいものがこの世にあるなんて、と感動したのを覚えている。そこから私の大好物がみたらし団子になったのだけれど。

洗濯した衣服を干し終えて、居間へと戻り日の当たらないように少し影の所になっている薄暗い場所に座っている黒死牟の元へと腰を下ろした。

「みたらし団子を買いに行きたいんだけれど。」

そう言って彼を見上げれば、口は一文字に閉じられ静かな目で私を見下ろしていた。

「この間の事を…忘れたのか。」

童磨と言う鬼に食われかけた時以来、前に増して黒死牟は私に対して過保護になった。必要最低限の用事でしか町に下りる許可は出ないし、常に隣に居る事を望んでいた。

コロンと彼の膝の上に頭を乗せ、寝転ぶ。仰向けになり黒いけれど毛先が赤くなっている髪の毛を手で弄んだ。くるくると指に絡ませてはほどき、を繰り返す。

「お願い。食べたいの。まだ今日はお昼にもなってないし日が暮れる前には必ず帰れるよ。」

ジーと見上げる。

「…。日が沈んでも帰ってこなかったら…迎えに行く。」

黒死牟の言葉にパァと表情が明るくなるのが分かった。ガバッと起き上がり彼に抱きつく。

「ありがとう。」

フゥと耳元で軽いため息が聞こえ、少し笑ってしまう。黒死牟は本当に私に対して甘い。それを分かりながら甘えてしまっているのだけれど。

この時はまだ、自分が再び門限を破る事になり一瞬間程度軟禁される羽目になる事を知らない。






新しく出来た団子屋には行列が出来ていた。並んでいる人がみな心なしかソワソワしながら明るい表情を浮かべているように見えて、きっと私も同じ表情を浮かべているのだろうと思い笑みが溢れた。

待ちに待った順番がやって来て、今食べる自分の分と黒死牟にお土産にと合わせて4本を購入する。その場で直焼きされた少し焦げ目のついた団子が鍋に入ったみたらしのタレをたっぷりにつけて、手渡されたそれに満面の笑みでお勘定をしお礼を言って受け取った。
お店の前にその場で食べられるようにと設置された椅子がいくつか並べられており、今日は天気も良いので沢山の人で賑わっていた。ホクホクとまだ温かい団子を抱えながら食べれる所がないかと周りを見て探す。

「うまい!うまい!うまい!」

派手な髪色をした後ろ姿の男の人が目に入った。周りの人が若干引き気味で声の発信源であるその人を遠巻きにしているのに気付いて、私も思わず苦笑い。人目はばからず、うまいを連呼している。気持ちは分かるけれども。何とも珍妙な人だな、なんて思っていると何の予告もなしにぐるんと、勢いよく首が後ろに回り強気そうな猛禽類を連想させる大きな瞳が私を真っ直ぐに捉えた。

びっくりである。本当にびっくりして手に持っていた団子を落としかけた程だ。

「な、何でしょうか…?」
「いや、すまない!馴染み深い気配がしたものでな!」

よく分からなかったのではあ、と気の抜けた返事をしながら彼の横に腰を下ろした。
彼の左右だけ席が空いていたのだ。
まあみんなの気持ちは分からんでもない。だかしかし背は腹に変えられない。どうせ食べたらすぐ戻るのだからと思い何も考えず横に座ったのだが、やはり座らなければ良かったかもしれない。
もぐもぐと団子を頬張っていると、ジと遠慮のない視線が横から突き刺さっている。

「あ、の…何か?」

顔に何かついているのだろうか、と思い横をみて私も彼の顔をジッと見つめて返す。
そしてよく見てから気づいた。
彼が真っ黒な隊服に身を包み、帯刀していることに。
あら、あらあら。
これは…。
鬼殺隊…ではないだろうか。
何度か会った事がある。黒死牟と共にいるとどうしても会う運命にあるのだけれど。その見慣れた隊服には見覚えがあり過ぎるものだった。
どうして気がつかなかったのだろう。タラリと変な汗が背中を伝った。

きっと彼が私に反応して振り向いたのは、鬼の気配を感知したからだろう。
昨日、私は黒死牟と同衾しているのでそりゃあもう濃いくらいに気配が残っている筈だ。これは大変だ。すぐにこの場を立ち去りたくなったが、それでは不自然過ぎる。尚更怪しまれるに決まっている。

「うむ!君と話がしたいな!この後何か予定でもあるだろうか。」
「いえ…ありません。」

ああ。これは…。大変なことになった。
迂闊だった。黒死牟は私達が生活する範囲で鬼としての行動を基本行わない。私の生活に支障をきたすからだ。こんな風に。
鬼が人を食えば、鬼殺隊がやってくる。今、目の前の彼が居ると言う事はそういう事だろう。この町に別の鬼がいる。
これは何としてでも尚更早く帰りたい。
ああ、でもこの人といたら安全と言えば安全なのか。
まず無事に何もなかったかのように帰してくれるのだろうか、と軽くため息をついた。

私の前をスタスタと歩く青年の背中を見つめる。金髪に毛先に近づく程赤くなっている髪の毛と同じ色をした羽織りが歩く度にゆらりと靡いていた。


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