思い出すのは

「こくしぼう。」

舌足らずの辿々しい言葉で己の名を呼ぶ小さな生き物に目を向ければ重たげな目を擦りながらこちらに向かって歩いて来ており、訝しげに目を細めた。
外は日が完全に沈み闇に包まれている。行動が出来る時間帯になったので花純が寝たのを確認して外に出たのだが、気配で自分が居ない事に気がつきついて来たのだろう。

「中に…戻れ。」
「…やだ。」

裾をギュと握りしめジとこちらを見上げてくる。死にかけていたこの人間の子供を拾ってから数ヶ月経つが、しつこいくらいに己の側を離れない。何がそこまで自分に執着してくるのかが理解できなかった。

「…遠いところに、行っちゃう気がした…。」

大きな瞳が月明かりに照らされながらゆらりと揺らぎポロリと涙が溢れる。ハラハラと次から次へと流れるそれを不思議な気持ちで見ていた。
グジュと鼻を啜りながら、足下にへばり付く花純を引き剥がし片手で抱き上げれば今度は首元に抱きついてくる。
出会った時、この子供の目は半分死んでいた。感情の欠片も見えず全てを諦め自分の行く末を死を抗う事なく受け入れていた。
それなのに今では驚く程の喜怒哀楽を隠す事なくぶつけてくる。側を離れればすぐ泣く、正直面倒臭いと感じた。しかしだからと言って食べる気にもわざわざ殺す気にもならない。好きなようにさせていた。死ぬ時は死ぬだろうと。人間は脆い。

そして無条件でひたすらに真っ直ぐ己に好意を向けてくる花純が酷く懐かしい人間と重なった。
唯一無二の己の双子の弟。何百年と生きて決して忘れる事が出来なかったあいつに。憎くて憎くてしょうがなかった。神々の寵愛を一身に受け、生きていた縁壱。どれだけ努力をしても一生届かなかった己の剣技。
縁壱を見る度に腹が煮えくり返りそうな程の激しい嫉妬心、憎悪が湧き上がった。
嫌いだった。大嫌いだった。
なのにどうしてお前は私を慕うのか。いっその事蔑み見下された方がどれ程良かっただろう。
自分よりも遥か上の実力を持つ縁壱から向けられる揺るぎない忠誠とただただ純粋たる好意はひたすらに己を惨めにさせた。

縁壱を連想させる花純だが、憎しみも怒りも沸かなかった。きっと花純が自分より弱いからだろう。縁壱と決定的に違う。
弱く脆い、人間の子供。
細く頼りない首に少しでも力を加えれば、ポキリと簡単に折れてその命を奪える。

「こくしぼう…。ずっとそばにいてね。」

無防備に自分の身を全て預けてくる温かく小さな体を抱え、踵を返した。


prevnext


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -