童磨と出会う

町を抜け鬱蒼と生える森林の道なき道を速足に歩いていた。完全に日は沈み、辺りは恐ろしい程の静寂に包まれている。自分が呼吸する音と早鐘に鳴る心臓がうるさいほど鼓膜を揺らした。嫌な汗がタラリと背中を伝う。
日中外に出れない黒死牟を家に置いて食材や日用品などの買い物の為1人で町に下りていた。こんな遅くに帰る予定ではなかった。日が沈む前に帰る事、黒死牟と約束していたのに。あれやこれやと必要な物を色々買った後、少し面倒な人間に引っかかったのが悪かった。1人なのかと聞かれ、そうだと返すとこれから一緒にお茶しないか、だとか良い甘味屋があるのだとか、しまいには自分の家へ連れ込もうとするのだから参ったものだった。執拗に迫る男を何とか巻いて、急いで家に向かったが途中で日が落ちてしまったのだ。日が沈むと鬼が出る。
最悪だ。私1人で対処出来る筈がない。
家に着くまでに遭遇しない事を願うばかりである。

「あれれー?こんな時間に可愛い娘さん1人で歩いているなんて感心しないなー。」

突然後ろか聞こえた陽気な声にピタリと体が止まった。冷や汗が止まらない。最悪だ。
黒死牟と同じ、冷んやりとした手が私の首を掴んでいた。

「黒死牟殿がさ、人間を飼っているって噂を聞いたんだけど本当みたいだね〜。君から黒死牟殿の匂いがプンプンするよ。」

耳元でペラペラとよく喋る鬼だ。こっちは不愉快極まりないというのに。首にかけられている手の平一つで自分の命を握られているのだ。ほんの少し力を入れられただけで私の首はポキリと折れてしまうだろう。

「離してもらえない。」
「うーん。殺すつもりはないんだよ。そんな事したらきっと俺が黒死牟に殺されちゃうから。でもね、味見くらいはしたいな〜。」

君、とても良い匂いがするね
そう言ってレロリと頸を舐められる。

「っ!」

ゾゾゾと悪寒が駆け巡った。悲鳴こそ出なかったものの顔は嫌悪感で酷く歪んでいるに違い。気持ち悪くてしょうがなかった。

「ちょっとくらい味見…しても良いかな〜?」

その言葉にピクリと体が反射的に動いた。髪を纏めていた簪を抜き、押さえられている首の所為で後ろを向けない為、がむしゃらに鬼に向かってぶっ刺した。

「…!危ないなぁ。」

筈だったのだが、何の攻撃にもなっていなかった。ギリギリと腕を掴まれ、首を軽く締められている。簪を抜いた所為で纏めていた髪は背中にサラリと落ちていた。

「うーん、髪の毛も綺麗だね〜。大切にされているんだね。ますます君に興味が湧いちゃった。」

何一つ抵抗出来ないまま、ドサっと地面に押し倒され両手を頭の上にまとめ上げられる。無遠慮に倒された為、強かに打ち付けた背中がズキズキと痛んだ。顔を歪めながら上にのしかかっている鬼を見れば、派手な髪色に多彩な色を綯い交ぜになっている瞳をした男が楽しそうに口角を上げて笑っていた。

「離して。貴方に食わせるものなんて一つもない。私の全ては黒死牟のものよ。」
「えー。そんな事言わずにさ、血くらい良いでしょう。血だけで我慢出来るか分からないけど。」

屈託に笑い、不穏に光る鋭い牙が見えた。
力では何一つ敵わない。今でさえ精一杯の力を入れて抵抗しているのにピクリとも動かなかった。最悪だ。本当に最悪だ。

こいつに自分の血液一粒でも与えるのが嫌で嫌でしょうがなかった。いやだ。私は全て彼のもの。食べられるのら黒死牟が良い。むしろ本望だ。
なのに、よく分からない鬼になんて食べられるなんて。ギリと下唇を噛んだ。
自分に向かってくる鬼の牙。
やってくるであろう痛みと絶望に目を瞑って瞬間。
バキャと何かかが潰れる音と共に押さえつけられていた体が解放され何かに包まれる感覚がした。

ゆっくり目を開ければ目の前には見慣れた顔。体は抱き抱えられていた。

「黒死牟…!」

首に腕を回し抱き着く。嗅ぎ慣れた彼の匂いを吸い込み、体に力が抜けるのが分かった。酷く安心した。

「童磨…何をしている。」
「いやー!黒死牟殿久しぶりだね!噂がつい気になっちゃって。」

黒死牟に抱き抱えられながら、童磨という鬼を見れば先程吹き飛ばされて再生しかかっている顔で相変わらずヘラリと笑っていた。つい、じゃない。つい、じゃ。そのつい、で私は殺されるかけたのだと思うと腹ただしかった。

「次も同じ事をしてみろ。命はないと思え。」

童磨の返事も聞かずに黒死牟は私を抱え、物凄い速さで森を駆けた。その場を去る瞬間に童磨と目が合うと変わらずにこやな笑顔でヒラヒラとこちらに向かって手を振っていたので、思いっきりべぇと舌を出しておいた。もう2度と会いたくないものである。

最近の住処になっている家に入り、居間に降ろされたのと同時に着物の帯を抜かれた。

「え、え…?こ、黒死牟…?」

私が混乱している間に手際よく脱がされ、背中をさらけ出される。黒死牟は私の背後に座っており、その上に私を乗せ背中から抱えていた。
ツゥと指で肩甲骨のあたりをなぞられる。

「んっ。」

思わず溢れる声に慌てて口を噤んだ。

「…やはり痣になっている。」

そりゃあそうだろう。結構な勢いで地面に押し倒された。未だに背中が痛む。
黒死牟は人の脆さを知っている。だからこそ、私に触れる時は細心の注意を払っている事を知っている。彼ら鬼は、ほんの少しの力で人を殺める事が出来るからだ。

「腹ただしい。」

そう言いながら優しく私の背中を撫でながら、冷たい唇が頸に押し付けられた。
ピクと体が震える。

「怒って…る?」

少し首を捻り後ろを振り返れば、首裏を支えられながら唇に口付けを落とされた。

「んっ。」

柔く下唇を噛まれ、薄く口を開けば舌が潜り込んでくる。余す事なく口内を蹂躙し深く深く口付けられた。
ゆっくりと唇を離され、ハッと短く息を吐く。
覗き込むように下から黒死牟を見上げた。

「お前に怒ってなどいない…だが、次からは必ず日が落ちる前に帰ってこい。分かったな。」

コクリと頷いた。
黒死牟のちょっとした独占欲が垣間見え、頬が緩んだ。

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