恐れ

自分の腕の中で力なく気を失っている少女。いつも血色の良い頬は血の気を失い、淡く鮮やかに色づいていた唇はひび割れ血がこびり付き紫色に染まっていた。大きな黒曜石なような瞳は硬く閉じられている。
鬼になってからあれ程までの激情が湧き上がったのは初めてだった。
血みどろになり横たわっている花純を見た瞬間、目の前が真っ赤に染まった。

外に出ていた黒死牟は突然香った、馴染みのある血の匂いに表情を変えた。
いつもなら静かに寝ている筈の彼女から血の匂いがするなどあり得ないからである。それも微量のものではない。黒死牟の鼻を刺激する香りは濃厚なものだった。

無造作に開け放たれている戸と、花純ではない一つの鬼の気配を察知する。
すぐさま中に入り、玄関で彼女を押し倒し、痛ぶり煩く喚いてる鬼を怒りのまま首を容赦なく刈り取った。

ぐったりと倒れている花純を抱き上げる為に小さな体を持ち上げる。しかし、それだけの動きだけでも痛みに顔を歪めた花純に眉を寄せた。もしかしたら、骨だけでなく内臓まで傷ついているかもしれない。

ぼんやりと虚な瞳で己を見上げる花純の頭をするりと撫でた。

「遅くなって…すまなかった」

ふるふると首を横に降り、襟元をぎゅと握り身を寄せてきた彼女の体を傷に触らぬようにと抱きしめる。
こわかった、小さく呟いた声が黒死牟の耳に届いた。

黒死牟自身、己から湧き上がる感情に戸惑っていた。ただ気紛れに拾ってきた娘。勝手に着いて来ただけの小さく脆い生き物。初めは、子供がどこで野垂れ死のうがどうでも良かった。
しかし、どうだろうか。この儚い生き物と共に過ごしていくうちに、とうに忘れていた筈の、失った筈のものが自分に戻ってきている事に気がついていた。

今腕の中で、苦しげにか細い呼吸をしている花純。気を失い力なく投げ出されている細い手足に、閉じられた瞳。
するりと、陶器のように滑らかな頬を撫でる。指先から伝わる彼女の体温は自分と同じくらい冷たかった。

死ぬのか。この少女は。

そう思った瞬間、脳裏に小さな体で必死に黒死牟の後ろを着いて周り、己に向ける屈託なに笑う無邪気な笑顔が脳裏に浮かんだ。救えぬのか。
このままこの少女の命の灯火が消えてしまえば、もう二度とその笑顔を見る事ができなくなる。舌ったらずで辿々しくも必死に自分の名前を呼ぶ花純の声が聞こえた気がした。
ざわり、と黒死牟の周りの空気が揺らいだ。

ああ。私は、この娘を失う事に恐怖しているのか。

ずっと、掴めそうで掴めない、理解出来ず不可解なものだったものが、ストン、と己の中に落ちてくる。
自分はこの小さな温もりを手放したくないのだ。

細く脆い小さな体がこれ以上冷えぬように自身の着物を巻き付け、大切な少女を腕に抱え黒死牟は夜の森を駆け抜けた。

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