失ったもの

ざんばらに切られていた無造作な髪の毛が本来の艶やかさを取り戻し、肌も年相応のもっちりとした白い柔いもの変わりはじめた頃。体も棒切れのように細かったものが程良く肉がつき少女らしい体付きになった。

彼に拾われてから、数年の月日が流れていた。そして今日は、夜になると度々姿を消す黒死牟をいつものように1人寂しく布団に包り体を縮こませながら彼の帰りを待っていた。1人きりの夜は、苦手だった。寒いし、怖いし、寂しい。

中々やってこない眠気、そして積もる不安。会いたい。早く帰って来て欲しい。寝付けが悪くもぞもぞと布団の中で何度も寝返りをしていると、カタン、と家の戸が開く音が聞こえた。
黒死牟が帰ってきたのだ。飛び起きるように布団から出て裸足でヒタヒタと廊下を歩き玄関の方へと向かう。

黒死牟、そう言いかけた私の口は空気を求めるようにはくはくと動くだけだった。
目と鼻の先に映る、異形の者。真っ赤な真紅の瞳を爛々と輝かせながら私の首を締め、鋭く伸びた爪が皮膚に食い込み、柔い肌を破く。痺れるような痛みに顔が歪んだ。
久しぶりに感じた、体の底から湧き上がる恐怖。

「何故、あのお方の側にこんな醜い小娘が、」

大きく釣り上がった瞳に真っ赤な口をした女の姿をしたそれは、低く唸るように言葉を紡いだ。何を言っているのか理解が出来なかったけれど、私に殺意を向けている事は分かった。ギリギリと締め上げられる首、つま先が地面から離れ体が持ち上げられる。
あまりの苦しくさに目に涙が浮かび、目の前の化け物の腕を必死に引っ掻くが何の意味もなかった。

「ただ殺すだけでは足りぬ。」

嬲り殺してやろう、その後生きながら食べてやる。うっそりと笑みを浮かべた女の化け物は、私の首から手を離した。
突然解放され、地面に叩きつけられるように落ちた体。喘ぐように息をすれば、大量に入ってきた酸素に咽せた。キーンと酷い耳鳴りがして、頭は大きく揺れておりまともな呼吸が出来ず地面に這いつくばる。

「ああ。醜い、汚らしい人間。」

小石を蹴るような程度の仕草だったけれど、私の体は軽く吹き飛んだ。蹴り上げられた腹の強烈な痛みに呻き、脂汗が身体中から吹き出る。一体自分の身に何が起きているのか分からなかった。この化け物は何なのか。何故、私は殺されかけているのか。痛い。辛い。怖い。

「黒、死牟…。」

助けて。
その言葉は口にする事なく、私を甚振る化け物に頭を掴まれ痛みに喘いだ。

「お前のような人間が呼んでも良い名前ではない。」

鎖骨程まで伸びていた髪の毛が、恐ろしい程鋭利何かでで切り落とされた。ばらばらと地面に散らばった己の髪の毛を見て、涙が溢れる。
黒死牟の無骨な手が私の髪の毛を梳くように撫でる行為が好きだった。
自分の頬を滑る真っ黒な髪の毛は顎先程度しかない。ポロポロと溢れ出す涙。

すると、私を押さえつけていた筈の化け物が急に目の前から居なくなる。顔を上げて、痛む体を起こせば見慣れた後ろ姿が立っていた。
先程、私を痛めつけていた女の首と体は別々になっており、黒死牟の手にはその頭部が持たれていた。普通の人間なら死んでいる筈が、何故かその女は死なずして何か喚いている。

「どうしてですか!私は何も間違った事をしてません!何故!何故貴方のような方があのようや汚い小娘と!」

最後まで言い終える事なく、ぐしゃりと鈍い音を立てて潰された頭部はやっと静かになった。黒死牟は私の近くに倒れている体と潰した頭を持って一旦外に出ると、すぐさま私の所に戻ってきてそっと抱き上げられる。しかし、それだけでも体が酷く痛み顔を歪めくぐもった声を漏らせば、ゆっくりと落ち着かせるように優しく私の頭を撫でた。

「遅くなって…すまなかった。」

ふるふると首を横に降り、黒死牟の襟元をぎゅと握り身を寄せた。

「黒死…牟。」

来てくれただけで十分だった。

こわかった、息絶え絶えの小さな声で呟いたのを最後に私の意識はプツリと途切れた。

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