選んだ道

ひんやり、とおでこに何か冷たいものが置かれる感覚で意識が浮上した。重い瞼を上げれば、見覚えのない天井が視界に入る。ここは、どこだろうか。黒死牟と共に過ごしている納屋ではない事は確かだ。眼球を動かすのでさえ億劫な程体が怠く、寝返りを打つだけでさえ痛みが走り思わず呻き声が出る。

「い…た、い」
「起きたか…」

どれ程眠っていたのかは分からないが、喉がカラカラに乾いており口から溢れた声は掠れていた。声を出した所為でゲホゲホと咽せていると、優しく体を抱き起こされ柔らかく冷たいものが唇に押し当てられた。すると、口の中に水が流れ込んでくる。こくりこくりと、何度かに分けて口に流された水を飲み込むと、私の頬を優しく撫でる黒死牟を見上げた。月明かりにぼんやりと照らされて淡く発光するように美しい顔が真っ暗な部屋の中に浮かび上がっていた。
は、と吐いた息は熱く体は怠い。発熱している事に気がつき、黒死牟の腕の中でぐったりと体を預けた。

「こ、くし、ぼう」
「どうした…。体が辛いか」

ゆるゆると、首を横に振る。自分の体じゃないみたいに鉛のように重い腕をゆっくりと上げて、薄くそれでいて形の整った黒死牟の唇を指先の腹でするりと撫でた。静かに私を見下ろす二つの瞳。

「みず、ちょうだい」

顎先をすくわれ、先程と同じように優しく重なった唇。

気を失う前に自身に起きた事柄は良く覚えていた。きっと私を襲ったものは黒死牟と同じ鬼という生き物だという事と。私が彼と共に過ごしている事が気に食わない為に私を襲った事を。首を締められた衝撃で咄嗟に理解出来なかった言葉が、今では呪いのように頭から離れない。
私のような人間が彼の側に居てはいけないのだろうか。黒死牟の為を思うなら、距離を取るべきなのかもしれない。共に生きていく事が難しい事も、私が人間で彼が鬼であり種族が違う事も分かっている。分かっているけれど。

鬼に痛めつけられ、傷ついた体。きっと熱が上がってきているのだろう。悪寒がして先程よりも意識が混濁してくる。ぐにゃりと視界が歪み、とっさに黒死牟の襟元をギュと握り目を強く瞑った。

「医者を…呼んでくる」

私の状態を見て、部屋を出て行こうとする黒死牟の裾を咄嗟に握った。行かないで。行かないで。ぐらぐらと揺れる頭の中、必死に言葉を探す。こんなに体が弱く脆い私は彼のお荷物でしかないのは事実であり、あの鬼が喚いていた言葉は決して間違っていない事は分かっていた。私は彼と共に居れるような器ではない事も。
それでも、それでも。

「いかな、いで。こくし、ぼう」

側にいて。ずっと側にいて。お願い。置いていかないで。

黒死牟は、裾を掴んでいた私の手をそっと握った。その大きな手の平をぎゅと握り返す。
決して、離さぬようにと。

「行かぬ。どこにも…」

大丈夫だと、言う風に優しく頭を撫でられる。

本当に?いかない、?どこにも。ずっと、ずっと、私の側に居てくれる?

ああ。お前が望む限り…共にいよう。

どこからが、現実か夢か分からなかった。熱に浮かされぼんやりと遠のいていく意識の中、優しく触れた冷たく柔らかな唇の感触だけは鮮明だった。







べべべん、と琵琶の音が黒死牟の鼓膜を揺らし、彼の目の前の景色、視界が一瞬で切り替わる。先程まで腕に抱いていた小さな温もりはなく、目の前に広がるのは無限城。

「黒死牟」

低く、硬く強張りそれでいて少しの苛立ちと怒気を含んだ声が、彼の名前を呼んだ。

prev


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -