懐かしい夢を、見ていました

低くそれでいてよく通る快活とした声が私の名前を呼んだ。炎の呼吸の型を壱から確認するかのように一心に振っていた木刀を下ろして片手に持ち、任務からお戻りになられた琥珀色の瞳を優しげに緩めている金髪の彼へと駆け寄った。
煉獄さん、お帰りなさい。広いその胸に飛び込めば難なく受け止められる。顔を上げると、お日様のような笑みを浮かべた煉獄さんが優しげに私を見下ろしていた。
ただいま、私を呼んだ声とは正反対で、ゆっくりと吐き出された落ち着いた声が鼓膜を揺らす。頬に添えられた大きく固い手の平に擦り寄り、ゆるりと笑った。
鬼が蔓延る夜が終わり、太陽が昇り始めた空。朝日に照らされて輝く、琥珀色の瞳。その奥に秘められた燃え上がるような赤。その瞳は私を捉え、愛しむ色を含んでる。ああ。愛おしい。この人が好きだ。湧き上がる感情を隠しもせず、衝動のまま彼の胸に顔を押し付け抱きつく。丁寧に壊れ物を触れるかのように頭を撫でられ、額に柔らかな唇が落とされた。

私に触れる彼の指はいつでも優しくて慈愛に満ちていた。心から私の事を好きだと、大切だと、言葉で、態度で、伝えてくれる。

確認するかのように、するりと唇を指でなぞられ思わず顔が赤くなる。伺うように煉獄さんを見上げれば、熱の篭った視線が真っ直ぐに私を見ていた。自然と、私の視線も彼の唇に移り、薄く形の整ったそれに目が離せなくなる。
きゅ、と羽織を握り、爪先に力を入れて背伸びをした。
羽のような軽さだったけれど、掠めるように一瞬触れた唇。

好きです。溢れるように口から転げたその言葉を聞いた煉獄さんがあまりにも嬉しそうに、破顔したように笑うものだから私も釣られて、少し気恥ずかしげに笑った。

朝ご飯にしましょう、私達を見下ろす空は青く、1日の始まりを伝えるかのように小鳥が囀り、温かな日差しを感じながら煉獄さんの手を取った。
煉獄さんの好きなさつまいもご飯を用意していますよ。そう言えば、わっしょい、と声を上げた煉獄さんとお互い声を上げて笑い合う。





「藤井」
「藤井!」

パチン、と視界が変わった。
聞き慣れた声が私の名前を呼び、見慣れた彼が私の名前を呼んでいる。

「藤井、授業中に居眠りとは関心しないな!」

懐かしい、夢を見た。
変わらず、良く通る声で大きくハキハキと喋る彼。ただ違うのは、滅を背負っている隊服ではなく、彼の瞳の奥ように赤く美しい炎刀は持たず、パリとしっかりとアイロンされているワイシャツを着て歴史の教科書を持って私の前に立っていた。

「集中」

トン、と額を人差し指で押される。
鷹のように鋭く猛禽類を思わせる、少し釣り上がり見開いた大きな瞳が、力強く私を見据えた。

変わらない。何一つ変わらない。その声も。その体も。性格も。
私の遠い遠い記憶に残る、彼と全く一緒なのに。

開けた窓から風が吹き抜ける。カーテンが揺れて、窓際に座っている私は髪の毛が強く靡いた。
外のグラウンドで体育をしているクラスの子達の声が遠くで、聞こえた。
目の前に立っている煉獄さんの髪の毛も乱れ、風に流される。揺れた、獅子のような金色の髪。そして、真っ直ぐに私を捉える琥珀色の瞳が窓から溢れた太陽の光に照らされ、奥に秘めた赤色が美しく輝いた。

ああ。変わらない。何一つ変わらないのに。

私を映すその瞳には、慈愛も、愛情も、籠もっていなかった。

ひどい。本当に、ひどい人。私を置いて死んだあげく、何もかも忘れてしまうなんて。

でも、彼は今、生きている。

ただ、それだけで、私は良かった。以前のように、彼の隣に居る事は許されない。先生と生徒。大人と未成年。決して踏み込む事の許されないその境界線。平行線のように決して交わる事のない関係。

ひどく悲しく、寂しかった。泣き出してしまいそうな感情が、時々湧き上がるけれど、それでも、良かった。彼が、生きているならば。


締め付けるように胸が痛む。ギシギシと悲鳴を上げている心に気付かぬ振りをして、昔と変わらず、日輪のように笑う彼に向かってゆるりと笑みを溢した。

「すいません。煉獄先生」

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