唇にのせて、愛を乞う

現パロ



可愛らしく包装された箱の端があちこちから飛び出ている紙袋を4つ手に持って、我が家に帰宅して来た彼に困ったように笑いかけた。

「今年も凄いチョコの量だね」
「うむ!沙月も沢山食べると良い!」

千寿郎にもやろう、と大きな瞳をギョロギョロさせながら言っている煉獄さん。そう言う意味で言ったんじゃないんだけどなぁ、と少し不服そうに口を尖らせて、紙袋に入っているチョコをじとりと見つめた。
彼がモテるのは今に始まった事じゃない。全てが本命じゃないとしても、これだけの量を貰うのだから彼に好意を寄せている人間は沢山いるというのは事実だ。キメツ学園の教師をしている杏寿郎さんが毎年、多くの女子生徒に囲まれチョコを渡されている所を遠巻きに見ていた私は、それはそれはいつも苦い思いをしていた。年の離れた幼馴染として、昔からの仲であった。小さな頃は、よく杏兄、杏兄、と幼子特有の鈴が転がるような高い声で彼を呼び、後ろをアヒルの雛のように着いて回ったものだ。私にとって杏寿郎は小さな頃ずっと、大好きなお兄さんで憧れの人で、初恋の人だった。もどかしかった。好きなのに。触れそうで、触れられない距離。教師である彼に、未成年の私が言い寄る浅はかな行為はしたくなかった。大好きだからこそ、迷惑になるような彼の人生に傷をつけるような事は決してしたくなかったのだ。
けれども、自分の目の見える範囲でベタベタと彼に触り綺麗にカールされたバサバサの睫毛を瞬かせ大きな瞳を潤ませる女の子に向けて、醜い感情がマグマのようにふつふつと湧き上がった。触らないで。そんな近くで話さないで。いやだ。いやだ。
こんな事を言う資格なんて何一つ持っていない私だったけれど嫉妬だけは一丁前。

しかし、近いようで遠い距離だった私達2人の関係は、ごく最近私が高校を卒業してから変わった。

当たって砕けろ、の気持ちで卒業したのと同時に自分の想いを杏寿郎さんにぶつけた。ずっと、小さな頃から好きだった事を。
それからは早かった。清々しい程に綺麗に笑った杏寿郎さんは、俺も君の事が好きだ。付き合おう、と言ってくれ、結婚を前提にと、私の親に挨拶まで済ませてあれよ、あれよと言う間に同棲が決まり今の状況に落ち着いている。
あまりの準備の良さと、物事の進む速さがスムーズ過ぎて驚いているのだけれど。私の薬指には既に婚約指輪がおさまっている。いつサイズをはかったのだろうかか、とか、いつ買ってくれていたのだろうかと、疑問は絶えないが、今の状況が夢のように幸せなのであまり気にしていない。

後ろに隠し持っていた彼へのバレンタインチョコの紙袋を、ギュと握った。いつ渡そうか。本命チョコとしてあげるのは初めてなのだ。色々、考えて買ったのだけれど。
もじもじ、していると嬉しそうに私を見つめる杏寿郎さんと目が合った。

「もちろん、君からもあるのだろう」

う、うん、と赤くなった頬を隠すように俯きながら杏寿郎さんへ後ろに持っていた紙袋を渡した。すると、あまりにも嬉しそうに笑うものだから思わず頬が緩んだ。そんなに喜んでもらえるとは。

「ありがとう。沙月から貰うのは久しぶりだな!」

ああ。そうだ。引っ込み思案で恥ずかしがりやで、思春期だった私は中学生の頃から杏寿郎さんにバレンタインを渡せなくなったのだ。一番の理由は、とても可愛い女の子と杏寿郎さんが一緒に歩いている所を見てしまったからなんだけれど。

「開けても良いだろうか」

彼にプレゼントしたのは、チョコクリーム。パンやクッキーなどに塗って食べるものだ。スーパーやコンビニに売っているようなものではなく、チョコの専門店で購入した一つ三千円程する高級品だ。透明のお洒落な模様が入ったガラスに詰められている艶々のチョコクリーム。

あのね、と切り出し、付属に付いている華奢な銀スプーンを手に取った。

「蓋、開けてくれる?」

何をするのだろう、と不思議そうに見てくる杏寿郎さんは首を傾げながらも、ガラス瓶を持って力を入れた。軽やかな音を立てて蓋が開く。とろりと甘い香りが鼻をくすぐった。小さなスプーンで掬ったチョコクリーム。

ゆっくり、自分の口元に持っていき、口紅を塗るように滑らかな甘いクリームを下唇に滑らせた。

驚きで、大きく目を見開く杏寿郎さんの琥珀色の瞳が首まで真っ赤にした私を映し出す。そ、と彼の裾を引っ張り顎を上げ彼を見上げる。

すると、強く、引き寄せられ噛み付くようにキスをされた。自分よりも大きな体に包み込まれるように抱きしめられ顔と腰をがっちり固定される。下唇につけたチョコクリームを舐めとるように舌が這う。そのまま口の中に滑り込んだ舌が私の舌を絡みとった。ひどく、口の中が甘い。何度も角度を変えながら、深いキスを繰り返し、鼻から抜けるような甘い声が溢れる。

「んっ、」

は、と離れたお互いの舌先から銀の糸が垂れた。

「甘いな」

頬に触れていた杏寿郎さんの手が優しく頬を撫でるので、スリと擦り寄る。

「まだ、沢山ありますよ、」
「君は…」

本当に悪い子だな、なんて楽しげに笑いながら言った杏寿郎さんは、再び私の唇にキスをした。

チョコ、塗ってない、と言えば、君が先だ、と低い声で耳元で言われぞくりと背中が震える。服の下に潜り込んで来た手の平が私の腹をするりと撫でた。

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