私だけを見て

お隣のお屋敷には5つ上の男の子が居た。大きな目が明一杯開いており時折どこを見ていふのか分からないけれど、まっすぐで凛とした瞳の子だった。
親同士の仲が良いのもあり日常的に遊びに行ったのを覚えている。
男の子は面倒見がよく何も嫌がらずに5つも下の私を可愛がり遊んでくれた。

「きょうじゅろうさま!きょうじゅろうさま!」

雛鳥のように後ろをついて回り彼の後ろをぴったりくっついていたのも覚えている。ちょっぴり恥ずかしい記憶だ。
私はその男の子が大好きだった。

しかし平穏は突如として失われた。私の父と母が鬼に襲われたのだ。旅先での事だった。幼い私は連れて行けないから、という理由で煉獄家に預かられていた私はまだ4つであった。

「とおさまは?かあさまは?まだ帰ってこないの?」

そう聞けば、苦しいほどに杏寿郎様に抱きしめられた。

「もう…帰ってこないんだ。でも、大丈夫だ!その代わり沙月の側に俺がずっといる!君を守ろう!だから泣かないでくれ。」

私は幼すぎて、父と母が死んだのだと言う事実を正しくは理解できなかった。だがもう二度と会えないのだという事は分かったのだ。ただただ辛くて悲しくて寂しくてわんわん泣いている私を泣き止むまでずっと杏寿郎様は抱きしめてくれていた。

あの日親を失った私は煉獄家に引き取られた。






目の前に立っているのは幼い頃から大好きな杏寿郎様と、美しい女性だった。私よりも年上で品がよく良い所のお嬢様であるように見受けられる。
本当にたまたまであった。今日の夕飯の買い出しに町に出てくれば、ばったり出会ったのだ。
今日任務でもないのに家に居ないのでどこに行っているのかと思えば、こんな綺麗な女性と出かけていたなんて誰が予想できようか。
私にないものを全てもっている女性だった。年上で落ち着きがあり、重いものを持った事がないような滑らかで柔らかそうな綺麗で白い手。華奢で儚げで手入れのされた髪は指通りが良さそうに艶やかだ。
反して私は鬼を狩る為に鍛えた手足は目の前の女性に比べたら決して華奢とは言えなかった。手のひらは豆が何度も潰れ皮は厚く硬い。刀を振るう為の手だ。裁縫や手芸をする手とは全く違う。

側から見ればお似合いの2人だった。
ツンと鼻の奥が痛くなり涙が溢れてしまうのを我慢した。
くるりと方向転換をしその場を駆け出した。失礼なのも分かっていた。ちゃんと挨拶をしなければならないと分かっていた。でもあそこで一言でも言葉を発してしまえば、きっと流れる涙を止めることが出来なかった。
後ろで杏寿郎様が私の名前を呼んだ気がした。

駆け込むようにして屋敷に戻れば千寿郎くんが驚いたように目を見開いている。そりゃそうだろう。
ぼたぼたと流れる涙は止まりそうにない。

「ど、どうなさったのですか!?どこか怪我でも?」

あわあわと面白いくらいに慌て出す千寿郎に申し訳なくなった。ひっくひっくとしゃくりあげながら事情を説明する。

とても綺麗な女性と杏寿郎様が仲良さげに歩いていたのだと、言えば目を真ん丸にしたと思えば困ったように笑った。

「ああ。先日、兄上が鬼から助けた女性ですね。その時に一目惚れをされたそうで…。」

ぐわんぐわんと頭が揺れるのが分かった。千寿郎くんの話も途中から頭に入ってこない。
私は、私は何を思い違いをしていたのだろう。ずっと側にいてくれると、杏寿郎様が言って下さってから私は当たり前のようにずっと一緒に居られると思っていた。隣に立っていられるのだと。
だけどそれは家族として妹としてだったのだという事に気がついてしまった。
では伴侶として隣に立つのは、となった時に考えたら先程の女性が思い浮かんだ。あぁ。だめだ。これはだめだ。

「ご、ごめんなさい。今日夕飯いらないです。ちょっとほっといて下さい。」
「ちょ!姉上!話は最後まで…!」

自室に足を踏み入れた瞬間、畳の上にうずくまった。青天の霹靂であった。
これからもずっと当たり前のように共に人生を歩んで行けるものだと思っていたのだ。なんて傲慢で自己中心的な考えだったかを思い知らされる。なぜこんな思い違いをしていたのだろう。
杏寿郎様に杏寿郎様の人生がある。いつまでも私の隣にはいてくれないのだ。
彼の1番になりたかった。彼の隣に立ちたかった。本当は継子になりたかったのだけれど、私の日輪刀の色は澄み渡るような空の色をした水色だった。炎の呼吸を使えなかったのだ。あの時の衝撃といったら言葉に表せないど落胆し、今日と同じように落ち込み塞ぎこんだのを思い出した。今では自分の日輪刀の色に誇りを持っているけれど。杏寿郎様も綺麗な色だと褒めてくださった。

私は、どうしたいのだろう。私はどうなりたいのだろうと、考えた時に今日出会った綺麗な女性が思い浮かんだ。
ああ。そうだ。私は杏寿郎様の隣に彼の愛する人として立ちたい。家族でも妹でもなく唯一として。
ぐすぐすと泣いて鼻をすすっていると予告もなくスパンと部屋の入り口である襖が勢いよく開かれた。

「沙月!千寿郎から話を聞いたぞ!勘違いしているみたいだな!」
「へっ?」

驚きのあまり涙も鼻水も引っ込んでしまった。

「ほら!こっちに来い!またこんなに泣いて!沙月の泣き虫は小さい頃から変わらんな!」

遠慮なしに腕を引かれ、すっぽりと杏寿郎様に抱きしめられポンポンと背中を撫でられる。

「あの女性とは何もない!なぜ沙月が泣いているのかは分からんが何も心配する事はない!だから泣きやんでくれ。」

杏寿郎様は私の泣き腫らした目元を見て困ったように笑った。

「君に泣かれるとつらいんだ。いつも笑っていて欲しい。」

ばかみたいに真っ直ぐで優しくて私の大好きな杏寿郎様。

「私、ずっと杏寿郎様の隣にいたいんです。他の誰かも分からない女性が貴方の隣に居るなんて嫌なんです。だから、だから、。」
「大丈夫だ。大丈夫だから。俺は…。」

杏寿郎様が何か言っている。けれど散々泣いたせいで頭が重い。その所為もあるのか暖かい人の温もりでうつらうつらと意識が揺らいでいく。あやす様に撫でられる背中と心地よく、襲い来る眠気に抗う事なく身を任せた。







昨日散々泣いた所為で未だに頭も瞼も思い。
しかしそんな事関係なく今日は任務に行かなければならない。先程鴉から伝言を聞いている。
隊服を着て日輪刀を持ち、屋敷を出れば杏寿郎様が立っていた。

「杏寿郎様…。」
「今から任務か!気をつけてな!」

わしゃわしゃと頭を撫でられる。
私よりも幾分も大きい杏寿郎様を見上げた。
やっぱり私の事はまだ妹扱い。
沢山泣いたおかけで、気持ちの方はスッキリしていた。私がこれから何をすべきか、分かっていた。

「杏寿郎様、少し屈んで貰えますか?」
「む?」

隊服の襟をぐいっと引っ張り自分の方に引き寄せた。目を閉じゆっくり重ねた唇。先程まで喋っていた煉獄様はピタリと黙る。
ハキハキといつも快活に話すのその唇は想像以上に柔らかく熱かった。

「私、もう子供じゃないです。」

ねぇ。杏寿郎様。だから私を意識して下さいな。他の女性なんて見ないで。
そんな事口では言えないけれど。
掴んでいた襟を話し、閉じていた目を開けゆるりと笑った。
耳まで真っ赤になった杏寿郎様を見て少しだけ満足する。

「むう!これは…参った!」

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