据え膳食わぬは男の恥

やっぱり夏には西瓜だな。なんて思いながらうだるような暑さの中廊下を歩いていた。 外では蝉が鳴いて、空は雲ひとつない快晴だ。
手には先程、近所の方から貰ったんです。良かったら兄上とご一緒に召し上がってください。と千寿郎くんに渡された綺麗に切り分けられている西瓜を手に持っていた。

縁側にかけられた風鈴がチリンチリンと涼しげな音を鳴らし揺れている。

殺伐としている鬼殺隊にいると今日みたいな当たり前の日常がどうしようもなく幸せに感じた。

にしても今年は本当に暑いな。
お師匠の自室に向かって歩いている途中でさえ首筋に汗が絶え間なく流れる。
この時ばかりは任務が夜間である事に感謝した。日中にあの隊服を着て動き回るなど地獄である。鬼を倒す前に暑さでこちらが先に倒れてしまうに違いない。

「お師匠。今よろしいですか?」

襖が開きっぱなしになっており暖簾がかかっている部屋に声をかける。しかし返事は一向に返ってこない。
ふむ。もしかしたら鍛錬場にでも行っているのだろうか。そんな事を思いながら、暖簾を退けて部屋を覗いてみればこちらに背を向け机に向かい座っているお師匠の背中が見えた。
なんだいらっしゃるじゃないか。

「お師匠。」

スタスタと近寄り、具合でも悪いのかと思い顔を覗いた。お師匠にとってそんな事ありえなさそうだ、と思いながらも。

なんとびっくり。思わず目を見開いた。

いつもこちらを射抜くように見据えるアーモンド型の力強い瞳は閉じられており長い睫毛が綺麗に縁取られている。凛々しい眉も心なしか下がっているように見えた。

スースーと規則正しい息。
なんと無防備な姿だろう。
この人も人の子だったのだ、と若干失礼な事を思った。
お師匠の修行はとにかく厳しかった。最近の頃はお師匠に剣技を教えて頂きたいと集まる沢山いた隊士も今では私1人だ。
他人にも厳しい方だが自分にはもっと厳しい方だった。
私が何人いても倒せるか分からないような十二鬼月をあっさりと倒してしまえる程の強さをもつ柱のお師匠。
師範のいない炎の呼吸をたった3冊の指南書だけで極めたその努力。きっと血も滲むような修行だったのだろう。柱に登りつめても胡座かく事なく毎日毎日鍛錬の日々である。
身体の屈強さだけでなく強靭な精神力にも驚くばかりであった。本当に同じ人間なのかと疑った程である。

ちょっとした出来心だった。
手に持っていた西瓜を机の上に置き、滑らかな頬に手を伸ばしゆっくり触れた。それでもお師匠が起きる気配はない。
少し輪郭をなぞるように触れ、次は髪の毛に手を伸ばした。癖毛なのかは分からないがあちこち左右に跳ねている毛先を指先で遊ぶ。おお。見た目よりも柔らかい。
いつも明瞭快活でハキハキと熱く物事を語るお師匠が静かなのは何とも変な感じた。ご飯を食べている時でさえ、うまい!うまいと!と騒がしいのに。思い出して、少しだけ笑ってしまった。
まあ静かなのは寝ているのだから当たり前なんだけれど。
どこを見ているのか時々分からない目とあの勢いに紛れて分からなかったが、なんとまあ整った顔立ちをされている。不細工だとは思った事なかったが。
綺麗に通った鼻筋に薄い唇。独特だが凛々しい眉に大きく切れ長な瞳。
うん。やっぱり格好良い。

吸い寄せられるように、少しだけ開いている唇に触れた。ふにふにと指の腹で軽く押し形に沿ってなぞった。薄いけど…柔らかい。
頬に手を置き、思わず顔を近づけた。
深い意味はなかった。ただただ無意識だった。
あと少しで触れる。その瞬間

パチリ
そんな効果音がつきそうなくらい勢いよく開かれた瞳と目があった。

「よもやよもやだな!そういうのは起きている時にして欲しいものだ!」

飛び跳ねるようにして離れた。

「な!な…!」

顔が真っ赤になり声にならない悲鳴が口からこぼれる。自分がしようとしていた行為にも驚きだ。わ、私は、何をしようとしていたのだろう。
というよりお師匠、絶対起きていたでしょ。

「お、起きていたのですか!」
「流石にな!」

いつから、なんて恥ずかしくて聞けたものじゃなかった。

「す、すいません。」

真っ赤になり中々熱の引かない顔を俯かせ、蚊の鳴くような声で謝罪した。

「こっちを向いてくれないか!沙月。」

一瞬だった。顔を上げ唖然としている間に腕を引き寄せられ重なった唇。
目を閉じる間もなく、至近距離にはお師匠の顔。

何をなさって…。
未遂だったが同じような事をしようとしていた自分が言える立場ではないのだけれど。真っ赤な顔で聞けばとんでもない回答が。

「据え膳食わぬは男の恥とな!宇髄が言っていた!」

なんて事をお師匠に吹き込んでいるんだ!あのあほ柱め!
と言うより意味を分かって言っているのですか、お師匠。
なんて事を聞けるはずもなくただただあまりの恥ずかしさに手で顔を覆った。

「沙月は可愛いな!」

ああ。もうこの人には敵わない。
ちらりと指の隙間からお師匠を覗けば満足そうに笑っていた。

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