可愛いらしい人

*本誌ネタバレありです。お気をつけ下さい。


バケツをひっくり返したかのような土砂降りの雨だった。視界も悪く足場も悪い。そんな悪天候の中で鬼と対峙する羽目になりとんだ災難であった。
共に任務であった水柱である冨岡様と私は川に落ちたのかと言うほどドボドボに濡れている。傘を差しながらなんて鬼と戦えない為濡れる他なかったのだけれど。
無事に大きな怪我もなく鬼を倒し、一刻でも早く帰宅しようと足を急かせた。冨岡様も同じらしく中々のスピードで前を歩いている。確かに、早く着替えないと風邪を引きそうだ。

少し小走りになり小さくなっている冨岡様の背中を追いかけた時だ。
雨でぬかるんだ地面に足を取られて見事に転んだ。鬼を倒して完璧に気を抜いていた。
ろくに受け身もとらなかった為、起き上がろうとした瞬間左足の鈍い痛みに顔を歪める。これは捻挫したかもしれない。自分の体重を支えて歩くのは無理そうだ。ほとほと自分の鈍臭さに溜息がでた。
脳裏にお師匠である彼の怒鳴り声が聞こえた気がした。こんな情けない事で怪我をしたなんてバレたら怒られるのは当然。地獄という名の鍛錬が待っているだろう。
気が遠くなった。

にしてもどうしよう。冨岡様はもう見えないし、置いていかれたのだろう。
自分のミスでこうなったのだけれど少し涙が出そうになった。

「いたい…。」

藤の家まで何とかするしかないか。
こんな所でいつまで座ってても何も解決しない。痛みに耐え立ち上がれば、ぐらついた身体。踏ん張ろうとしたが捻挫した足では耐えきれなかった。再び転ぶのかと思い今度こそ受け身をとらねばと衝撃に備えてれば、ぽすん、と誰かに受け止められた。

「冨岡…様。」
「後に居なかったから驚いた。」

わざわざ気づいて戻って来てくれたのだ。

「すいません。転んでしまって足を痛めました。」

なんと情けない。
風柱の継子であるというのに。お師匠に顔を向け出来ない。恥ずかしすぎて。

「そうか。なら蝶屋敷まで運ぼう。痛みは大丈夫か?」

そう言って私の目の前にしゃがむ冨岡様に思わず瞠目した。なんと、おぶされという事なのだろうか。

「その足では無理だろう。」
「…失礼いたします。」

拒否しても仕方がない。冨岡様の言う通りこの足では無理そうだ。嫌とかそんな問題ではなく、申し訳なさすぎた。こんな事を柱である冨岡様にさせてしまうなんて。
恐る恐る肩に手をかけて見た目よりもがっしりした背中に体重をかけた。

「重く、ないでしょうか。すいません。本当に。」
「問題ない。」

先程と変わらず私を抱えてスタスタと歩き出す冨岡さま。

なんというか…。沈黙がつらい。
今回の任務でもそうだったが冨岡様は口数が少ない。いや少なすぎる。必要最低限というか、きっと自分で必要と思った事以外口に出していない気がする。しかしとてもお優しい方だと思った。
先程の事でもそうだが嫌な顔せず私をおぶさってくれたし足の痛みの心配もしてくれていた。
何とかいうか…不器用な方。
表情があまり変わらないのと相まって冷たい方だと思っていたのだけれど全然違う。
お師匠とはとても相性が悪いみたいだけれど。この前の柱合会議でも一悶着あったらしい。
まあお師匠がせっかちという早とちりというか全体的に生き急いでいる方だからマイペースな冨岡様とあまり上手くいかないのだろう。ほぼほぼ冨岡様の言葉の足り無さが問題でもあるのだろうけど。

「…。」
「…。」

静かだ。お互いが何も喋らないからなんだけれど。

「と、冨岡様は何か好きな食べ物はありますか?」

と、とにかく沈黙がつらい。そう思い何か喋ろうと話しかけたのは良いが噛んでしまった。お恥ずかしい。

「鮭大根。」
「鮭大根ですか。私はですね、おはぎが好きなんです。ちなみにお師匠もですよ。」

お師匠は私よりもおはぎが好きだ。きっと。気がつけば食べている気がする。

「不死川は…おはぎが好きなのか。」
「ええ。よく食べているのを見かけますよ。」
「俺は上手く喋れないし、不死川はよく怒っているから。次会うときにおはぎをあげれば仲良く出来るだろうか。」
「えっ!」

え?今なんと?
冨岡様がお師匠におはぎを???
全く想像ができない。

「え、っと買ってきて下さるのですか?」
「いや、いつ会っても渡せるように懐に忍ばせておこうと思う。」

ブフッと思わず吹き出してしまった。おはぎを懐に忍ばせて…って。発想が。何故そこに行き着くのだろう。

「ふふっ。」

なんて不器用で優しく口下手で可愛らしい人なのだろう。自分よりも年上の方に可愛いらしいとは失礼かもしれないけれど。

「美味しいおはぎが売っているお店を知っています。そこにお師匠を誘いましょう。きっとそっちの方が上手くいきますよ。私もご一緒しますから。」
「それは名案だ。君がいるなら心強いな。」

まだお師匠と2人で行くには難しい。きっとまた喧嘩になってしまうだろう。喧嘩というよりお師匠が勝手に怒るだけなのだろうけど。何とかして私が間を取り持とうではないか。冨岡様の為に一肌脱ぎましょう。
まずお師匠がその誘いに乗ってくれるかどうかが問題だけど。

ふと空を見上げれば夜が明けて薄く白けていた。いつの間にか雨も止んでいた。








無事に蝶屋敷まで冨岡様に運んでもらい、胡蝶様に手当てをしてもらっていた。
やはりというか捻挫であった。まだ軽いものなので2週間程すれば普通に動けるとのこと。
氷でキンキンに冷えた水が入った桶に足をつける。

あの後冨岡様はそのまま帰ってしまわれたので後でちゃんとお礼の文を飛ばそう。

「今回は冨岡さんと一緒の任務だったんですね。あの人とても言葉が足らないでしょう。大丈夫でしたか。」

胡蝶様の問いかけに思わず先程の冨岡様との会話ん思い出しクスクスと笑ってしまった。

「いえ、全然大丈夫ですよ。文句1つ言わずに私をここまで運んで下さいましたし怪我の心配もしてくれました。とても口下手な方ですが優しくて、可愛いらしい人ですね。」

そう言えば驚いた様に目を真ん丸にされる胡蝶様。

「あっ。柱である冨岡様に可愛いらしいとは、失礼でしたかね。」
「いえいえ。全然大丈夫ですよ。」

ニッコリと美しく笑った胡蝶様は私の耳に顔を寄せた。

「沙月さん。良いこと教えてあげます。」
「え?」
「男性に可愛らしいと思う事は愛おしいと思う事と同じなんですよ。」

えっ!
耳どころか顔が真っ赤になるのが分かった。
そんな事ないとはっきりすぐに否定出来ない自分がいるのにも驚きだ。

「ふふ。」

胡蝶様は楽しそうに笑った。
私は顔の熱が当分引かなさそうだ。



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