君を攫いにいく

どこかの部屋からか、三味線を軽やかに激しくそして美しく音色をかき鳴らす音が響いている。そして廊下と隔てた一枚の襖の向こう側から上機嫌に笑う男の声や、女の艶やかな甘い声があちらかちらから聞こえていた。

周りに自分以外の気配がない事を確認して、はあ、と重い溜息を吐いた。いくら客を取らなくても良いからと言っても、この場所に居る事は苦痛でしょうがなかった。誰もが寝静まり静寂な夜とは正反対の花街。男が一夜の夢を見て女を買いに来る場所。唇の上に乗せた真っ赤な紅色の口紅は、慣れない為か重く感じる。

廊下の端にポツポツと申し訳程度に置かれている灯がゆらりと揺らいだ。隊服ではなく動きづらい着物を着込んでいた私は裾を踏まないように気をつけ、早足に歩いていた。

西の遊郭に鬼が潜んでいると言う情報が鬼殺隊に入ってきて、早急に何人か隊士を送り込んだものの誰一人として帰って来なかった。夜を好む鬼にとって遊郭は絶好の場所に違いない。常に人がおり、場所が場所なだけにあって人間が1人2人消えても誰も不思議がらない。しかし、その行方不明者の数が無視出来ない数になっていると言う。

その遊郭に潜入捜査をする為に階級が高く女である隊士を派遣する事になったのだが、そのお鉢が私に回ってきた。柱である甘露寺さんや胡蝶さんは受け持っている区域がある為、長期間の潜入捜査は出来ない為である。

鬼殺隊の伝手がある店に遊女として潜入して早3日。怪しまれない程度に人が失踪している事を客や遊女に聞いて周り、時には気配を消して目星をつけた怪しい人間の部屋に聞き耳を立てたりと丸々3日奔走したおかげで、鬼の足取りを掴む。
早々に鴉で文を飛ばして親方様に報告。私が鬼殺をしても良いのだけれど、今回の任務は潜入調査のみ。鬼を見つけ次第、私は早々に撤退して入れ替わりに柱がこちらに乗り込んでくる。何故なら、今回の鬼が十二鬼月の可能性が高いからであった。

与えられた自室に戻り、いつでも出発出来るようなや荷物を纏めている時だ。
カタン、と外へと通じる窓が開かれる音がした。気配を感じなかった事に焦りながらも、すぐさま日輪刀を手に取り振り向き様に等身を抜いて斬りかかろうとした瞬間。
聞き慣れた声が耳元で鼓膜を揺らした。

「久しぶりだな、沙月」

いつも快活とした大きな声で話す煉獄さんの声は今回ばかりは音量を抑えた静かなものだった。ゆっくりと体の力が抜けていく。強張った体が弛緩し、は、と息を短く吐いてから後ろを振り向いた。
僅かに開け放たれた窓から月明かりが差し込み、部屋の中を僅かに灯している明かりに照らされて、鮮やかな金髪が緩やかに靡いていた。そして爛々と輝く琥珀色の瞳がしっかりと私を捉えている。

「驚かさないで下さい」

どうして貴方がこんな所にいるのですか、と言う言葉は言わなくても目の前の彼は私の表情を察したみたいで苦笑いを浮かべていた。

「君を攫いにきた」

思わず目が点になる。この人は何を言っているのだろうか。

「宇随がもうすぐこちらに到着する。君の任務は今日で終わりだ」

宇随さんが来るなら、何故貴方が、と聞けば、ついさっき自分の任務を片付けて私の所に来たらしい。答えになっていない返答に首を傾げると、足音も立てずに私の目の前までやってきた煉獄さんはするり、と私の頬を指先の腹で撫でる。

「着飾って美しくなった君を一目見に。ついでに連れて帰る」

出来るなら、他の男が見る前に一番最初に見たかったものだ、と恥ずかしげもなく言い切った煉獄さんを目をぱちくりと瞬かせて見上げた。
クスリ、と眉を下げて笑う煉獄さん。
体温が急激に上がる。体が熱い。
きっと、茹で上がったように顔が真っ赤になっているに違いない。

「な、な、な、なに、なに、を、!」

言っているのですか、と言う言葉は軽く押し付けられた煉獄さんの唇に飲み込まれる。
驚きで大きく開いた瞳。離れていった煉獄さんの唇には私の紅が薄らと移っていた。その紅を親指で拭いながら琥珀色の瞳を細めて笑うものだから、その光景があまりにも生々しくて、頭の情報処理が追いついていかない。パクパクと、金魚のように口を開けたり閉めたりしていると、悪戯が成功した子供のように煉獄さんは笑った。

「は、え、え、ぇ」

断じて、私は煉獄さんと男女の仲ではない。師弟関係である。私は煉獄さんの継子である。
なのに、どうして、。

我慢ならなかった。と呆気らかんとカラカラと笑うものだから、何故か私も気が抜けてしまう。何をしているのですか、と困ったように笑った。

君の荷物はこれだけか、と先程纏めていた荷物をひょいと持ち上げた煉獄さん。
あ、はい、と流されるように返事をすると、先程の荷物と同じように、私もひょいと抱えられる。

「え、」

攫う、と言っただろう。膝裏に腕を回され腰をしっかりと抱かれて横抱きにされている。
そう言った煉獄さんは音もなく二階の窓から苦もなく屋根に登り足音を立てず、私を抱えながら軽やかに走っていた。
驚きに慌てながら、日輪刀を片手で握り締めもう一つの腕で煉獄さんの首に腕を回してしがみつく。

「ひぁぁぁ!な、な、な、なに、して!」

自分が走るより幾分も速い。風を切る音が耳元で聞こえ、綺麗に結い上げられた髪の毛が乱れていく。

はっはっ、と楽しげに笑い私を抱え疾走している煉獄さんを見上げれば、真っ暗闇な空にぼんやりと浮かぶ三日月に照らされ透けて輝く奥にある赤色の瞳が私を優しく見下ろしていた。

帰ろう、そう静かに動いた口を見て、ゆるりと笑い。首に回している腕にぎゅと力を入れた。

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