求める温もり

体中の毛穴が開ききり鳥肌が立つ程の悪寒、そして鉛のように重く怠い手足と熱の所為で酷く痛む頭痛に唸りながら私は今、布団の中で寝込んでいた。
昨日の夜からである。
先日の任務の帰り道に川に落ちた子供を助けて、ずぶ濡れのまま次の任務に行き一晩中森を駆け抜けたからだ。まさか風邪を引くとは思わなかった。今まで何度も無理をしてきたが、こんなにも体調を崩した事がなかった。医者が言うには、睡眠不足の所為でもあるらしい。
確かにここ最近ゆっくりと布団の中で寝る事が少なかった日々を振り返り、深く溜息をついた。
今から後悔しても遅く、体の怠さはなくならない。
かなりの高熱が続いている所為で体力的にきつく、そして何よりも誰もいない部屋に一人きりでずっと寝ている事が辛かった。

師範である煉獄さんの屋敷に用意してもらっている自室に引きこもっており、時々私の様子を見に来てくれる千寿郎くんだが、風邪を移してしまったら大変なのであまりこの部屋に近づかないようにお願いした為、部屋にはずっと1人きりだ。

静かな部屋に響くのは自分の荒い息遣い。どれ程の熱があるのか分からないが布団の上から起き上がれない程には頭も体も重く辛い。ゆらゆらと焦点が揺れる瞳で天井をぼんやりと見上げる。そして、もう既に日が落ち暗闇に染まっている窓の外を見てぶるりと体を震わせた。
私は夜が恐ろしかった。母を父を妹を。家族を鬼に喰われたからである。今でも鮮明に残る記憶の中に、口元を真っ赤に濡らし私の大切な人達を貪り喰う鬼の顔が頭から離れないのだ。いつも手元にある筈の日輪刀はなく、ただひたすらに不安と恐怖が、どっと押し寄せる。

体が弱ると心も弱る。

いつもはこんな事で泣いたりしない筈が、何故だかひどく悲しくて怖くて、孤独で寂しくて、辛かった。はらはらと溢れる涙は枕を濡らす。体を小さく縮こませ丸まるように自分の体を抱きしめた。
一度決壊した涙腺は止まることなく涙が流れ続け。嗚咽をもらす。情けない、と思うも弱ってしまった心では立ち直る事も出来ず、ぐずぐずと鼻水をすすり泣いた。
寂しい、寂しい、寂しい、とぽっかりと空いた胸の穴。今までずっと、家族を失ってから一度も立ち止まらず我武者羅に生きてきた。必死に修行し体を鍛え技術を磨き鬼殺隊に入り鬼を滅殺してきた。
そんな中、今、ぷつりと緊張の糸が切れたかのように私の心は何故かぼろぼろになってしまっていた。

辛い、悲しい、しんどい、痛い、寂しい、怖い、そんな感情が入り乱れ、涙がとまらない。

「沙月!」

スパンッと勢いよく襖を開けた師範に驚いて、涙が引っ込む。ぱちくりとそちらの方を見れば任務終わりなのか隊服をきっちりと着込んだままの師範が立っていた。

「し、はん、」

ガスガスになっている声で名前を呼べば、寂しげな、そして少しだけ困ったように笑った師範が私の枕元まで来て頬をゆっくりと撫でた。再び、泣いてしまいそうになる程優しい手つきだった。

「泣くほど辛いのか?外からすすり泣く声が聞こえたのでな」

心配になって断りもなく部屋に入ってしまった。すまない。

そう言って、頬についている涙の跡を撫でる煉獄さんの手に擦り寄る。
熱がある所為かぼんやりとする頭、あまり深く考えずに反射的に体が動いていた。師範の温かい手の平の温もりが心地よかったのだ。先程まで荒れ狂っていた感情の波が収まってゆく。ゆっくりゆっくり、細波のように落ち着いていき、ほ、と息を吐いた。

泣いた所為か、先程より頭も瞼も重い。

落ち着いた私を見て師範も少し安心したように頬を緩め私の頭を優しく撫でると、前髪を上げておでこに掌をぺたりと置く。

「かなり熱が高いな」

水に濡らした布を持ってこよう、と言って腰を上げ、自分の額から離れていった師範手を思わず掴んだ。驚いたように目を見開いた師範に、私も驚きで目を瞬かせる。完全に無意識だった。
けれど、離すの嫌で、小さな子供のように、嫌々と首を振った。

「やだ。いかないで、下さい」

完全なる甘えだった。
いつもなら決して言わないような事だけれど、熱に浮かされた頭では理性というものが全く働いて居いない。

「大丈夫だ。すぐに戻ってくる」

私が掴んでいた手をやんわりと離され、急いだように部屋を出て行った師範は言葉通りすぐに私の部屋に戻ってきてくれた。
ひんやりと冷たい水で濡らしたタオルが額に置かれ、少しだけ頭の怠さがマシになったような気がした。枕の横に胡座をかいて座っている師範を見上げる。そして、布団の中から腕を出して、師範の手を握った。

「側に、いてください、」

任務帰りで疲れていらっしゃるかもしれない、風邪を移してしまうかもしれない、いつもなら考えられている事がこの時ばかりは何一つ考えられず自分の事しか考えていなかった。
わがままで自己中心的な願いにも関わらず、師範は何一つ嫌な顔せず目を細め優しげに笑い、握っている私の手を握り返してくれた。

「大丈夫だ。君が寝るまで側にいる」
「ありがとう、ございます、」

あまりの安堵と安心感、一筋の涙がゆっくりと頬を伝った。

気が抜けた所為だろうか。先程よりも悪寒が酷くなりあまりの寒さでガチガチと奥歯が鳴る。それに気づいた師範が心配気に私の顔を覗き込む。

「寒いのか?」

こくこくと頷くと、師範は少し考える素振りをした後、私の被っている布団を捲ると己の体をするりと滑り込ませた。驚きで目をぱちくりとさせている間に腰を引き寄せられ、大きな体に抱き込まれる。

「嫌だったか?」

ゆっくりと首を横に振った。むしろ、どうしようもないくらいに安心して居心地よくて、目の前にある師範の隊服をキュと握り胸元に擦り寄れば、あやす様に後頭部を撫でられる。
師範と触れ合っている場所が温かく、寒さで強張っていた体に力が抜けていくのが分かった。奥歯がガチガチと鳴っていた音はなくなり、変わりに規則正しい呼吸が繰り返される。乱れていた全集中の呼吸常中も通常通り戻ってきていた。

抱きしめられるように体に回されている腕が私を優しく包み込み、頬をゆっくりと撫でられる。
いつもは力強い見開かれ射抜くようにこちらを見つめる瞳は、今回ばかりは優しく慈愛に満ち私を見下ろしていた。発熱からか、もしくは違う理由でかは分からないが早くなる鼓動と上がる体温に紅色に染まった頬。きゅ、と口を横に結び恥ずかしさとあまりのむず痒さに、照れを隠すかのように師範の胸元に顔を押し付ければ押し殺したような笑いが上から聞こえてきた。
何か言おうかと思ったが、師範の胸から聞こえてくる心音に瞼が重くなってくる。とくり、とくり、と心臓がゆっくり脈動する音が私の鼓膜を揺らす。
ああ。ひどく、安心する。

私を苦しめる惨劇が脳裏に戻ってくる事はなく、恐怖も綺麗に消え去っていた。

師範が私の頭を撫でている手の温もりと、人肌に触れている居心地良さに身を委ね、じわじわと侵食してくる眠気に、ことり、と意識が落ちた。





煉獄は自分の腕の中に、意識を失うようにして眠った継子の沙月を見下ろした。泣き腫らした頬には幾つもの涙の跡が痛々しく残っており、瞼も赤くなっている。

彼女はいつもピンと糸が張り詰めていた。決して愛想がなかったり態度が冷たかった訳ではない。良く笑い、優しい子だ。
そして、弱音を吐かない子だった。これまで何人もの継子が煉獄の厳しい鍛錬について行けず挫折していった人間が居る中、彼女は弱音や文句を何一つ溢さず耐え切ったのだ。

強い子だと、思っていた。しかし、違った。
風邪を引き、かなりの高熱で寝込んだ彼女は体が弱りつられて心も弱くなったのだろう。ギリギリの瀬戸際で立ち、倒れないよう折れないように踏ん張っていた彼女の心が、僅かに揺らいでしまった。
捨てられた子供のような顔で己に縋る沙月を見て、煉獄は言いようもない感情が湧き上がる。弱味を見せず、人を頼る事を知らなかった彼女が煉獄を求めたのだ。行かないでほしい、側にいて欲しい、と。

布団の中に潜り込み自分よりも小さな体を抱きしめ、自分の方へと引き寄せた。彼女は少し驚きながらも、煉獄に身を寄せ縋り付くように隊服を握るその仕草に、心臓を鷲掴みされたかのように胸がぎゅうとなる。

愛おしげに目を細めた煉獄は、大切な壊れ物を扱うかのように優しく、腕の中にいる沙月を抱きしめた。

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