爛れた貴方
今回の任務は女性ばかりが失踪する町に赴く事だった。女性ばかり、と言う事は鬼が狙って襲っているのは間違いない。男の隊員が行ってもきっと鬼は尻尾を出さないので炎柱の区域であるこの町に継子である私が派遣されたのだが最悪の状況だった。
鬼の気配がして同時に漂ってくる血の匂いを追えば、意識が朦朧としている女性が倒れていた。一足遅かった。どうしてもっと早く気がつけなかったのだと自分の不甲斐なさに唇を噛み締める。私の存在を認識して襲ってくる鬼を真っ向から切りつけ倒れている女性を抱え距離を取り、安全な所に寝かせて抜刀した。
「おい!その女を返せ!」
目を血走らせながら先程の女性を返せと叫ぶ鬼に向かって刀を持つ手に力を入れ構えた。やけに甘ったるい匂いがしており、こいつの血鬼術に関係しているのかもしれないと思い警戒する。
「くそ、お前も喰ってやる!」
何も答えない私に苛立ちながらも鬼はニンマリと瞳も口も三日月のように歪ませ笑った。
「炎の呼吸 壱ノ型 不知火。」
一気に間合いを詰めて相手を切りつける。鬼の片腕が吹っ飛んだ。
「っ!くそが!」
再生する間を与えず、すぐに次の型を構える。
「弐ノ型 昇り炎天。」
首を狙ったつもりが僅かに避けられ、鬼の肩先から上半身に深くを刀を食い込ませた。
「くそ!こんな筈じゃ!お前、柱か!」
今度こそ首を刈り取る為に間合いを詰め技を繰り出そうとしたその瞬間。
鬼は突然駆け出した。
「なっ!」
逃げたのか。
違う。あちら側には先程助けた女性が居る。
あいつ。まさか、体力回復の為に食べるつもりか。
そんなことさせない。させてたまるものか。
今にも襲いかかろうとしていた鬼と無防備に意識を飛ばしている女性の前に体を滑り込ませた。
肩に鋭い痛みが走る。ギリギリと鬼の牙が食い込み肉だけでなく骨まで砕かれる勢いで噛まれていた。
強烈な痛みに耐えながら至近距離で技を出す。
吹っ飛んだ鬼の首。その瞬間、目が合った。
「精々足掻けば良い。」
ドクリ
全集中の呼吸とはまた違う速さで心臓がうるさく動き出す。全身の血液が物凄い速さで巡る。体はだんだん熱くなっていき息も荒くなり、ついには自分の体を足で支えきれなくなりその場に崩れた。
迂闊だった。
ハアハアと息が切れ、まともに回らなくなってくる思考回路の中考えた。
あの鬼の血鬼術だろうか、きっと噛んだ時に傷口から己の牙から何か催淫剤に近いものを体の中に入れたのだろう。
あつい。体がとにかくあつかった。素肌が隊服に擦れるたびに上擦った声が出る。
「くっ、ふっんっ」
最悪だ。本当に最悪だ。
噛まれた肩もジクジクと痛み、額に脂汗が吹き出る。
「か、らす…。胡蝶、様を…。」
最後の力を振り絞ってカラスに命令を出して私の意識はそこで暗転した。
・
ひんやりと額に冷たい物が乗せられる感覚で一気に意識が浮上する。
ぼんやりと目を開ければ、見慣れた顔が映った。
「胡蝶様…。」
「よかった。目が覚めたんですね。大丈夫ですよ。ここは蝶屋敷ですから。」
カラスは無事に胡蝶様を呼んで来てくれたみたいだ。
身体を起こそうと上半身に力を入れれば肩に走った鋭い痛みに思わず唸った。それ共に未だにドクリドクリと心臓が嫌な音を立て、高い体温を持っている自分の体。
ハアハアと息が荒い。
「ああ。動いちゃダメですよ。肩の傷口が開いてしまいます。しっかり消毒もしましたし傷の方は大丈夫ですが…。」
未だに熱をもつ自分の体に嫌気がさす。どうにかしたい。どうにかなりそうだ。
何も知らない生娘だというに何かを求めてズクリと疼く子宮に吐き気がした。
「助けた…女性は。」
「私達が到着した時にはもう既に息をしていませんでした。」
「ど、うして…。」
「よく聞いてくださいね。沙月さんの体は今、命を落とされた女性と同じ状況になっています。ご自身の体です。沙月さんが1番分かっているでしょう。」
熱に侵された頭で必死に胡蝶様の言葉を耳で拾う。
「恐らくですが、その症状の原因は鬼の血鬼術に間違いありません。そして鬼が死んでもなお沙月さんの体を蝕んでいます。治す方法は2つあります。男性の体液を体の中に入れるか、朝日が登るのを待つか。ですが、朝日が登るのを待つのは危険です。高い確率で朝を迎える前に沙月さんの命が保たないでしょう。女性が亡くなった理由が時間です。鬼から血鬼術を受けてどれだけの時間が経てば死に至るのかまだはっきり分かりませんが沙月さんの残された時間は長くはないでしょう。」
そんな事ってあるのだろうか。
なんて卑劣で最低な血鬼術だ。私達人間を何だと思っているのだ。怒りと自分に受けた辱めに涙が浮かぶ。
どうしたら良いのだろう。
通常より高く上がった体温、火照った体。
疼く下半身。
「ですから煉獄さんを呼びました。至急で伝えたのでもうすぐこちらに到着される筈です。」
「!どう…して。」
「貴方は彼の継子でしょう。全く知らない人間より適任だと思ったのです。今の状況も全て分かった上で彼はこちらに向かっていますよ。」
いやだいやだ。いやだ。
尊敬してやまない彼にこんな事をさせるなんて。自分が許せない。
「ダメ…です。煉獄様だけ、には…。」
「では他の方に頼むのですか?」
ぐっと唇を噛んだ。それも嫌だ。想像しただけでも気持ちが悪くてたまらない。
じゃあ死ぬを待つの?
こんな所で死ぬのか。私は。
「だめだ!それは俺が許さない!」
私ではない声が胡蝶様の提案をきっぱりと否定した。
「…!煉獄…さま。」
「沙月が死ぬのも俺以外の選択肢を選ぶのも許さないぞ!」
「いや…です。こんな…こと。こんな事を、貴方に…させるくらいなら…。」
ふるふると顔を横に降るように言えば隣に座っている胡蝶様が困ったように煉獄様を見た。
「すまない!胡蝶、少し遅くなった。」
「いえ、大丈夫ですよ。沙月さんをよろしくお願いしますね。」
そんな。胡蝶様を引き止めようと上げた手は煉獄様にパシリと掴まれる。
「っ!」
ただ、それだけなのに上擦った声が出そうになった。はしたない声が漏れないよう抑え込むようにして口を手で押さえる。
「苦しいのだろう。もう限界に近いのではないか?なぜ俺に頼らない!」
「こんな…こと。貴方様に…させられません。継子の身で…自分の力不足で、こんな状況になったのに。」
恥ずかしい。情けない。
ポロリと流れた涙。煉獄様は頬を伝う雫を親指で拭いとると、その手を私の後頭部に回し優しく顎を上げるように力を入れ自分の方に引き寄せた。
拒む余裕もなかった。
「んっ。」
重なる唇。
もうそこから理性がバラバラと崩れていく音が自分の中で聞こえた。
先程まで張り詰めていた糸がプツリと切れる。
「はっ。んっんっ。」
こじ開けられるように入ってきた舌。絡められ余すことなく蹂躙される口内。どうしようもなく下半身が濡れるのが分かった。ズクズクと疼く子宮。ほしいほしいとねだる。
はしたない。はしたない。
恥ずかしくて、情けなくて。ボロボロと溢れる涙。
「そんなに嫌なのか?」
違う違うのです。
嫌なわけないじゃないですか。
上がった息で絶え絶えに言葉を繋ぐ。
「恥ずかしい…のです。情けなく…いくら血鬼術とは言え…はしたない。こんなの…。」
そう言えば、快活に笑ういつもの顔ではなく私の知らない煉獄様の顔がそこにあった。熱の篭った瞳には欲に濡れた自分の顔が映っている。
ああ。ダメだ。のまれる。
漠然と感じた。
「かわいらしいな。沙月は。俺は君を死なす事も他の男に任せる事も耐えられない。」
そう言って近づいてきた唇にもう拒否する事はなかった。自分からも強請るように煉獄様の首に腕を回す。
驚くほどに熱い。口内も体も。どこもかしかも性感帯になってしまったかのように煉獄様が触れる度に上がる嬌声。
自分の声じゃないみたいに甘い声。それを恥ずかしがる余裕もなかった。
ただただ自分より広く逞しい身体に縋りついた。
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