秘めた思い

自白剤に近いものですね。
先程、胡蝶様から言われた言葉がぐるぐると頭の中で何度も巡っていた。これは困った。子供を庇った際にかかった血鬼術がこれまた厄介であったのだ。私にとって。
体には何も別状はないのだけれど、思った事が全て口に出てしまう類いのものだった。そう、何一つ包み隠さずそのまま。症状を見て貰う為に胡蝶様と会った時もそれは大変だった。
今日も可愛い。美しい。本当に綺麗な人。是非、お友達になりたい。と常日頃から思っていた事を、ものの見事に暴露してしまったのだ。顔から火が出そうな程恥ずかしくて堪らなかった。師範の言葉を借りるなら穴があったら入りたい、である。真っ赤になりながらワタワタしていると、胡蝶様はクスリ、と女の私でも見惚れるような笑みを溢し、私で良ければ是非、と言ってくれた。

体に異常がないので、居候させて貰っている煉獄家の屋敷へと戻らねばならない。私はそれが嫌でしょうがなかった。
煉獄さんに、会う事を1番危惧していたのだ。
胡蝶様に会って、本当にべらべらと勝手に口から出てしまう言葉達にどれだけ焦った事か。思った事、感じた事が、私の意思関係なく他者に発信されてしまう。羞恥心もあるが、それよりも恐ろしった。誰にでも言いたくない事、一つや二つあるに決まっている。その一つが煉獄さんに関する事なのだ。

師範に劣る事のないような爆音を辺りに轟かせ、地面の砂を巻き上げながら急いで屋敷へと向かった。自室に入るまで、誰にも会いませんように、と願いながら。

しかし、その願いは屋敷に着くや否や見事に打ち砕かれる。門の前に、見慣れた彼の姿を視界に捉えていた。

「沙月!息災か!」

2週間程前から長期任務に行っていた煉獄さんと丁度帰宅の時間がばっちり合ってしまったみたいだ。偶然にも程がある。いつもなら、笑顔で煉獄さんに駆け寄るが今はそんな事を出来る余裕がなかった。今日だけはそんな偶然を素直に喜べない。
様子がおかしい私を少し心配するように顔を覗き込んでくる煉獄さんにキュと口に力を入れる。まさか、こんな早くに会うと思っていなかったのだ。心の準備が出来ていない。は、と開いた口を塞ごうとしたが既に遅かった。

「お久しぶりです!煉獄さん。長期任務お疲れ様でした。お怪我はないですか?私は毎日、煉獄さんの事を考えていました。力が足らないばかりなご一緒に任務に行けない事が悔しいです。久しぶりに会えて本当に嬉しいです。ずっとずっと会いたかったです。やっぱり煉獄さんはいつ見ても格好良いです。特に刀を振るっている時は見惚れてしまいます。その真っ直ぐに力強い美しい琥珀色の瞳も、陽だまりのように暖かく優しいその心も、鍛え抜かれた体も、全部全部、好きです。煉獄さんが好きです。大好きです」

顔が真っ赤になった。流れるようにスラスラと溢れた言葉はずっと我慢していた彼への思いだった。何一つ隠す事なく曝け出された自分の気持ち。真正面からそれをぶつけられた煉獄さんは少し驚いたように目をぱちくりさせていた。自分の意思をまるっきり無視をした大告白。この気持ちを伝える事はないと思っていた。彼の継子である以上、下心しかない邪な気持ちを持ってはいけないと思っていたし、必要ないと思っていた。絶対に煉獄さんの重荷になると。今の関係が崩れ、弟子として隣に居る事さえ許されなくなったら私はきっと耐えられない。
決して誰にも言う筈のない秘めた思いだったのだ。
それをこんな形で本人にぶち撒ける事になるとは思っていなかった。恥ずかしさと、惨めさで目に涙が浮かぶ。

「す、すいません、忘れてください、」

耐えられなくなってポロポロと溢れた涙にギョッとした煉獄さんが伸ばした手が、私に届く前にその場を駆け出した。

最悪だ。最悪だ。だから会いたくなかった。言いたくなかった。伝えるつもりもなかったのに。どうしよう。どうしよう。そればかり考えてしまう。もう言ってしまったものは取り消せない。あそこで、上手くはぐらかす事が出来たら良かっただろうに泣いてしまい煉獄さんから逃げてしまった。きっと驚いたに違いない。私が全てを吐き出した後の煉獄さんの顔は呆気にとられていた。
そんな気持ちを持っている君をこのまま継子として置いておけない、なんて言われたらどうしよう。辛くて、しょうがない。最悪の未来を想像して、再び目頭が熱くなった時だ。

「沙月!待つんだ!」

必死に走っていた所為で後ろから追いかけて来ていた煉獄さんに気がつかなかった。腕を掴まれ、体を反転させられ勢い良く引っ張られた。もう逃げ出さないようにとぎゅと抱きしめられ、目を白黒させる。何が起きているのか分からなかった。
君のそれは鬼術だろうか、耳元で聞こえたその言葉にこくこくと頷く。

「自白剤に近いものだそうです。あ、あの、恥ずかしいです。嬉しいんですけど、」

ああぁあああ。また余計な事を。ジタバタとしていると腰に回された腕はそのままで、体を少し離され真正面から鷲のような瞳にじっと見つめられる。

「あの言葉は君の本心なのだな」

少しかさついた硬い手の平が私の頬に触れた。

「すいません。言うつもりはなかったのです。嫌いにならないで下さい。恋人になりたいなんて言いません。どんな形でも構いません。煉獄さんの隣に居たいです」

震える唇で必死に紡いだ、嫌いにならないで、そう言いかけた言葉は途中で途切れた。
唇に、少しかさついていて柔らかいものが押し付けられる。抵抗しようとした腕を掴まれ、頭の後ろに回された手が強く引き寄せられた。

「んっ、」

ゆっくりと離れていった煉獄さんの顔を見て、真っ赤になりながら恥ずかしさのあまり震えていると、驚く程爽快な笑みを浮かべて煉獄さんは笑った。

「嫌いになる筈がない!俺も君の事が好きだからな!」

よもや、先に言われてしまった!と言う煉獄さんの言葉に、へ?と情けない言葉が口から溢れる。

「ほ、本当、ですか」
「ああ!君の事が一等好きだ!」

きっと、通常の私なら顔を真っ赤にしながら何も言えずに悶えているだけだろうに、今回ばかりは違った。血鬼術の所為で、心の声が筒抜けである。

「嬉しい、嬉しいです。こんな事ってあるのでしょうか。本当に嬉しい。幸せです。私も大好きです。煉獄さん好きです。ずっと前から好きでした」

好きです、好きです、と何度も繰り返しては言って、接吻を、もう一回して欲しい、です、なんて最後に言ってしまった言葉に、私自身も驚きで体が飛び跳ねた。ひやぁぁと、変な声を上げて両手で顔を覆うと、煉獄さんが嬉しそうな声を上げて笑っていた。

「いつもの君も可愛いが、随分と素直な今も愛らしいな」

恥ずかしさで真っ赤になった顔を隠すように覆っていた手を剥がされ、少し強引に再び唇を奪われた。

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