震える唇で

炎を纏ったような美しい髪を靡かせながら、赫き炎刀を振り抜き爆音を轟かせ、目に追えぬ速さで斬撃が繰り出される。悲鳴も戯言も言えぬまま、動体から切り離された鬼の首が放物線を描いて地面に落ちた。
恐ろしい程、硬い首だった。私が握っている折れた刀がそれを物語っているのにも関わらず、目の前の獅子のような男はそれを豆腐を切ったかのように易々と首を落としてしまった。

「大丈夫か?」

よく持ち堪えた。そう言いながら、私の顔を覗き込んでくるこの人は、炎柱の煉獄杏寿郎。私の師範だ。
死ぬかと、思いました。とポロリと言葉を溢せば、目をパチクリとさせてから破顔したように師範は笑った。温かく大きな手が頭の上に乗せられ、優しく撫でられる。

「頑張ったな!君が逃した隊士達も誰一人怪我がない!立派な事だ!」

どこを見ているのか分からないギョロとした大きな目が優しく私を見下ろしていた。ほ、と安心したように息をつきゆるりと笑う。鬼は下弦の壱だった。早々に折れた自身の刀。敵わない事を瞬時に察し、自分より下の階級の隊士を逃した。早くから鴉に柱を呼んで来るように飛ばしていたので、鬼の首を切るのではなく持ち堪える事に目的を切り替える。ここで自分が死んだら、逃した隊士達も殺され、下弦の鬼を逃す事になる。それだけは避けたかった。首を落とす事が出来ないのなら、自分に出来る最善の事をするべきだ。

ガクリと、力が抜けた体は目の前の師範である煉獄さんに支えられた。膝が笑って、力が入らない。煉獄さんの服に縋るように掴んだ手も微かに震えていた。
確かに、死を覚悟した。圧倒的な力の差。血反吐吐くまで鍛錬したにも関わらず、届く事のなかった刃。絶望などしなかった。幼き頃、全てを失った時に私は覚悟した筈だった。深い怒りと憎悪を抱いた鬼を倒すまでは折れない。屈しない。己が死んでも、相討ちになったとしても倒すと、決めた筈だった。恐ろしくなかった。恐ろしくは、なかった筈なのだ。
しかし、震える体。

「大丈夫だ。」

背中に回された腕がきつく私を抱きしめた。嗅ぎ慣れた彼の匂いで一杯になる。ああ。安心する。そう感じたのと同時に、理解した。
私は、怖かったのだと。己に迫りくる死に、恐怖を抱いていたのだと。

「煉獄さん、煉獄さん。」

煉獄さん。震える唇で何度も彼の名前を呼んだ。


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