共に行く

本誌ネタバレあり
捏造ございます。




ぶぴー、と音階など全てを無視した破壊的な音が鳴る薄汚れた笛を飽きずに鳴らす縁壱に、沙月は呆れたようにその姿を眺めていた。
誰がどう見ても、ガラクタに過ぎないそれは縁壱にとって何よりも大事な物だと言う事は良く知っている。彼の唯一無二である半身の兄から貰った物であるからだ。
その兄が鬼となり失踪して早くも2年の月日が流れていた。

ゆらりと空を仰げば、どこまでも青く続いている。

隣に座っている縁壱を見やり、軽く息を吐いた。きっと、巖勝も縁壱もお互いの考えを気持ちをちゃんと言葉に出して話していたら何か違っていたのかもしれないと沙月は思わずにはいられなかった。側から見ても、彼ら2人の関係性は不思議なものだった。兄に絶対信頼と忠誠心、純粋なまでの好意を向け、そして巖勝は縁壱に羨望の眼差しを送るのと共に激しい劣等感、嫉妬を綯交ぜたような複雑な心境を抱いているのが嫌でも分かった。
縁壱はひたすらに真っ直ぐ、巖勝を思い、彼の隣に立ちたかっただけだ。
そして、巖勝は縁壱が羨ましくてしょうがなかった。神々の寵愛を一身に受けて生きる縁壱に。彼の剣技に。

少しでも、ほんの少しでもお互いを知ろうと、分かり合おうと、歩み寄る事さえできたなら、こんな事にはならなかったのではないか。

しかし全てが遅かった。
巖勝が鬼になり、無惨を逃した。
今さら何を嘆こうと、後悔しようと何も変わらない。

「縁壱。」

お前には、この先の未来がどういう風に見えているのだろう、沙月はその言葉を飲み込み縁壱の頬に指をブスリと刺した。すると、笛に空気を送る為に膨らんでいた頬が萎んだ為、口から溢れた空気が笛に入りブビと何とも間抜けな音が鳴り沙月思わず笑ってしまった。

「何をする。」

巖勝が鬼になり、無惨と対峙した時に縁壱が初めて見せた激昂以来、普段通り表情があまり変わらない縁壱に沙月は面白くなさげに再び頬を突こうとすると、その指が縁壱に届く前にパシリと腕を掴まれた。自分よりも大きく、何度も刀を振り固くなった掌が沙月の細い手首をぐるりと一周する。また、細くなったか。そう言って沙月を見る縁壱に少し儚げに笑った。
そんな事ない。そう言って、沙月は膝の上に置いていた残りの団子を口に放り込む。痣が出て、もう数年になる。
彼より年上の沙月の寿命は刻一刻と迫っていた。それも縁壱は良く分かっているだろう。
縁壱が巖勝の首を落とす為に全国を旅しているのに着いていったのは沙月の独断だ。彼等、2人の師として友として、何も止められなかった。歪になって行く2人の関係を1番近くで見ていながら、変える事が正しい方へと導く事が出来なかったのだ。

鬼となった実の兄の引導を渡すと覚悟を決めた縁壱。首を落とした後、この男は迷う事なく己の腹を切るのだろうと容易に想像出来た。その時まで自分が生きているかは分からないが、この命あるかぎり縁壱と共に居ようと沙月は思った。
不器用で、口下手で言葉足らずで、愛おしいこの男の隣に。

縁壱がずっと兄である彼を見ていたのと同時に、また沙月も縁壱を見ていた。きっと一生伝える事も伝わる事のないこの気持ちにそっと蓋をする。

「そろそろ行こう。」

幼い頃、1人森を彷徨っていた縁壱の手を引いた時と同じように、あの頃より随分と大きくなった彼の手を握りながら、優しく眩しい程の笑顔を浮かべ縁壱を見る沙月の耳には太陽を催した花札の耳飾りがカラリと軽やかな音を立てて、揺れていた。

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