もう何も奪わないで

神さまどうかどうか。
もうこれ以上何も奪わないでください。
家族も帰る場所も生きる意味さえも失ったのです。

家に帰り玄関を開けたらそこには人を貪り食う化け物がいた。あれは何だ。なぜ、なぜ人を食べている。恐怖でガタガタと体が震えだす。
化け物の向こう側に既に肉片となった家族。もう誰のものかも分からない眼球が一つ。何も写していない濁った目と目があった。
その瞬間に家から背を向け駆け出していた。

あれが人の死に方なのかと思うほど悲惨な光景だった。ついさっきまで共に生きていた人間だったもの。散らばる肉片に鼻をつくような刺激臭。鉄臭い匂いが鼻から離れない。
ただただ走った。走って走って。
雪が降っていた。凍てつくような空気で呼吸をする度に胸が痛い。それでも走り続けた。どこに行けば良い。どこに向かったらいい。そんな所ない。でも、とにかくあの場から離れたかった。受け入れたくなかった。
痛かっただろう。辛かっただろう。自分に懐いてくれていた弟や妹が脳裏に浮かぶ。溢れ出る涙。ごめんよ。ごめんよ。助けてあげられなかった。私には助ける力がなかった。







声にならない断末魔をあげながら、塵のように消え行く鬼の首。
血のついた刃を一振りしてから鞘に戻した。

鬼殺隊。

あの後気絶して倒れていた私を保護してくれたのは鬼殺隊の剣士の方だった。私の家族を殺した鬼を討伐する為に来ていたらしく、家に行けば人は喰われ絶命しており鬼はもうすでにそこには居なかったらしい。まだ近くにいるかもしれないと外に出てみれば薄っすらと積もった雪の上に不自然に真新しい小さな足跡が点々と続いているのに気づいて鬼から逃れた生存者がいるのではないかと追って来てくれたのだ。そのおかげで私は凍死せずに済んだ。

私を助けてくれた人は身寄りのない帰る場所もない私を自分の家へと招いてくれた。とても暖かくどこまででも優しい人。

ハッと息を吐けば真っ白に染まった。今年もまた一段と冷え込みそうだ。寒さでかじかむ手をさする。任務も終わった事だし早く帰ろうと踵を返した。あの人も今日は家にいらっしゃるだろうか。会いたいな。
そんな気持ちを抱え帰路を急いだ。

有り難い事にお風呂を沸かしといてくれたみたいで帰ってそうそうに体を温める事が出来た。
ホカホカと温まった髪の毛を拭きながら、廊下を歩いていると千寿郎くんに出会う。

「お風呂ありがとう。とても寒かったから助かったよ。」
「いえ。姉上も任務お疲れ様です。兄上も帰って来ていますよ。」

血が繋がっていなくても姉上と呼んでくれる千寿郎くんにもう居ない弟が重ねて見えた。嬉しいような寂しいような、そんな、気持ちが渦巻く。

杏寿郎様ととても似てるけれど幾分か優しげな面立ち。
ポンポンと優しく頭を撫でた。

「ありがとう。」

もう一度お礼を言って杏寿郎様の部屋へ向かった。

渡り廊下を歩いている途中、ふと外を見れば空からはちらほらと雪が降っていた。ピタリと足が止まる。

蘇る記憶はあの光景。
家族を失ってから何度も巡ってきたこの季節。それでも慣れない。いつでもあの光景を忘れた事はないけれど、特にこの季節はダメだ。嫌でも思い出してしまう。過ぎた事だ。死んだ者は還ってこない。
前を向かなければならない。分かっていて理解が出来ても心は追いつかないのだ。

瞼を閉じれば思い出す。あの濁った、何も写していない空っぽの瞳を。

「沙月!」

声の聞こえた方に振り向けば杏寿郎様がこちらに向かって来ていた。

「久しいな!元気にしていたか?」
「はい。杏寿郎様もおかわりがないようで良かったです。」

柱である杏寿郎様は忙しい方だ。継子である私も実力があるわけでお互い任務で家を空ける事の方が多い。
こうやって合うの二週間ぶりだろうか。
杏寿郎様が柱になり私も階級が上がるにつれ顔を合わす機会が減っていく一方。
寂しいな。
漠然とそう感じた。

「ちゃんと髪の毛を乾かさないと風邪をひくぞ!そうだ!久しぶりに俺が拭いてやろう。」
「わっ。」

私の手首を掴むとグイグイと引っ張るように前を歩いて行く杏寿郎様。
相変わらずだ。
クスリと笑みをこぼした。

わしゃわしゃと若干荒い気もするが後ろで楽しそうに私の髪の毛を拭いている杏寿郎様の胸に頭を預けた。

「昔の事思い出していたのか?」

ピクリと肩が揺れた。動揺したのがバレただろう。そもそもこの方に隠し事が出来るとは思っていないけれど。

「どうして。」
「外を見ていただろう?君を助けた時も今日みたいに雪が降っていたな。」

ゆっくりゆっくり息を吐く。
私は弱い。まだ全然過去を清算できない。もう何年も経っているのに。死ぬほど修行をして鍛錬を積んで力をつけて階級を上げて、どれだけ鬼を殺しても心の奥底にあるあの恐怖を拭い去る事が出来ないのだ。

「大丈夫だ。君は強い。」

後ろから回された腕に力がこもる。胡座をかいた足の上に体を乗せられスッポリと抱きしめられた。
心地の良い人の温度に心底、安心する。
杏寿郎様の胸に擦り寄るように甘えれば優しく頭を撫でられた。

「失う事が怖いのです。死ぬ事は怖くありません。でも貴方を杏寿郎様をこの家族を失う事がなによりも恐ろしい。」

失う時は一瞬だ。恐ろしい程にこの世界は残酷だ。身をもって知っている。絶望も悲しみも。

「約束しよう。俺は君より先に死なないと。」

何て根拠のない話だろう。鬼殺隊にいる以上常に死と隣り合わせだというのに。生き抜くという事がとても難しいというのに。
杏寿郎様は柱だ。強い。誰よりも強い。だからこそ危険な任務も多い。
なのに貴方は私より先に死なないと約束するのですね。

「本当ですか?」
「ああ!もちろんだ!」

後ろを振り向き泣きそうな困ったように笑えば、貴方は太陽のように明るい笑顔で言うものだから思わず私も笑みが浮かんだ。

大切で大好きな杏寿郎様。

神さまどうかどうか。
もう私の大切なものを奪わないでください。

自分よりも広い背中に手を回し首元に縋るように抱きついた。

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