夢心地

夜中に尿意でパチリと目が覚める。寒くて、暖かい布団から出たくないのだけれどこればかりはどうしようもないので、仕方なく重い体を起こして布団から這い出て部屋を出た。

用を済まし、氷のように冷たい廊下をペタペタと歩く。このまま部屋に戻って冷えた布団に入るのは辛いな、なんて思っていたら、そういえば自分の部屋に辿り着く前に錆兎の部屋の前を通るではないか、と気付く。

良い事を思いついた。我ながら名案である。
カラ、と静かに彼の自室の戸を開けるとこんもりと盛り上がった布団がある。そろりと近くに忍びより寝ている錆兎に近寄っても起きる気配がない。これ幸いとばかり布団の中へと潜り込んだ。それでも、深く寝入っているみたいで錆兎は起きない。先程の所為で冷えた体を彼に寄せ、抱きついた。やはり人が寝ている布団の中は暖かい。ぬくぬくと暖を取りながら頬を緩ませる。
キンキンに冷えた足をピタリと彼のふくらはぎに触れさせれば、突然の冷たさに錆兎の体が揺れた。起きてしまっただろうか、と思ったが大丈夫みたいだ。錆兎の足の間に自分の足を太腿から割り込ませ、しがみつくように両足を絡ませれば足全体が暖かい。
もぞもぞと動き彼の懐に潜り込み、胸元にぴったりと寄り添う。顔を上げればすぐそこに錆兎の顔があり、スヤスヤと気持ち良さそうに寝ていた。
切れ長の深い藍色の美しい瞳は閉じており形の整った薄い唇は小さく開いている。この人は寝顔も綺麗だな、なんて思いながら、するり、と傷のある頬を撫でた。すると、薄らと目を開けた錆兎。ひぇ、と喉から出かかった悲鳴を抑え、とろんと微睡んでいる目でジとこちらを見てくる視線に耐えた。

「さ、錆兎。おはよ。」
「…沙月。」

寝起きの掠れた低い声。普段耳にしている彼の声よりと少し幼げで色気があり思わず頬が熱くなった。まだ焦点の合ってないぼんやりとした目で私を見る錆兎は、それは驚く程、柔らかく微笑んだ。常に涼しげな瞳をキリとさせ、雰囲気も凛としているのに、その笑顔はずるい。胸がドキドキとした。これは心臓に悪い。悪すぎる。

「さ、錆兎…?」

スリと私に擦り寄り胸元に顔を埋め、そこの柔らかさを堪能するかのように頬を押し付けながら腰に腕を回しぎゅうと抱きしめられる。
ひぇ、と今度は悲鳴が上がる。

彼は私の兄弟子であり、師範でもある。4つ年上で頼りになるお兄ちゃんみたいで、いつも厳しくそれでいて優しくて強くて尊敬している。私の前では決して弱みなんて見せない彼が寝ぼけているからってこんな甘えるような仕草をしてくるなんて思いもしなかった。
戸惑いもあるけれど、何だかちょっと嬉しくて胸元に埋まっている錆兎の頭を優しく撫でた。綺麗な獅子色の髪の毛は、思ったよりも柔らかくてさらさらしている。

「沙月。」

ひどく甘く、そして優しげな声色。そんな風に呼ばれたら勘違いしてしまいそうになる。

「さ、さびと…?」

顔を上げた錆兎の唇が、ちゅと私の唇を軽く吸った。掠めるような速さだったけれど、しっかりその柔かさも、熱も、私の唇に残っている。

「え、、え?」

私の初めての接吻。りんごのように真っ赤になればへにゃりと眉を下げながら錆兎は破顔したように笑った。

「可愛いな、お前は。」

今度は首元に唇を寄せられ、強く吸われる。ジュッと音が聞こえ、舌が這う感覚がした。
もう何が起きているのか分からない。これは完全に寝ぼけているのだろうけど、普段との差が激しすぎる。こんな、こんな甘い言葉を言う人だっただろうか。幼い頃から鱗滝さんの所で一緒に暮らしていたので、ずっと見てきたけれど、こんな錆兎知らない。知らないのだ。こんな、甘い声で自分の名前を呼ぶ事も、知らない。
ちゅ、ちゅ、と首筋から胸の所まで唇が下りてきて、寝巻きの合わせ目がはだけ、すでに谷間が見ていた。その間にも口付けられ、赤い花を咲かせられる。

「さ、さびと、さびと、」

だめだ。これ以上は駄目だ。彼の肩をペシペシと叩き、寝ぼけている錆兎を起こすがまだ夢だと思っているのだろう。
フニフニと胸を揉まれ、自分の視界に錆兎の大きな手によって形を変える胸が入り、恥ずかしさのあまり憤死するかと思った。

「…柔らかいな。」
「ひゃ、ちょ、ちょっと、錆兎!錆兎!」

助平だ。むっつりだ。
いつもは、そんなの興味ありません、みたいな顔しといて全然そうじゃないじゃん。

「や、さびと!お願い、おきてよぉ。」

自分の容量を超える羞恥心で、半泣きである。
すると、ピタ、と錆兎の手が止まり、私の顔を見て、パチクリと目を瞬く。

「沙月?」
「…う、うん。」
「…は?」

ば、といきなり体を離され飛び起きた錆兎。私も体を起こし錆兎の方に向いて座る。

「ゆ、めじゃないのか…?」

勢いで布団が剥がされ、ひんやりとした冷気が素肌に刺さり体がぶるりと震えた。目の前の錆兎は驚いた顔で私を見ている。完全に目は覚めたみたいだ。

「ご、ごめんなさい。寒くて、錆兎の布団に潜り込んだの…。」
「!…お前、何してるんだ!」

錆兎の顔も真っ赤になり私の胸を凝視した後、ばっと視線を逸らしそっぽを向いた。

「…悪かった。」

気を悪くしただろう、と謝る錆兎にぶんぶんと首を横に振った。むしろ、勝手に布団に入った私が悪い。

「え、あ、その!嫌じゃなかったよ!び、びっくりしただけで!」

ワタワタと慌てて説明をすれば、何を言ってるんだ、と言う風に見られ、自ら墓穴を掘り再び真っ赤になった。でも、本当に嫌じゃなかったのだ。
まだ、私の名前を優しく甘く呼んだ錆兎の声が頭から離れない。
もじもじしながら錆兎の方を見た時に、とんでもないものが視界に入り思わず変な声が出た。

「ぴゃっ!」

ぐるん、と横を向き、錆兎の方を見ないようにする。

「どうした…、!」

錆兎も自分の状況に気づいたのだろう。慌てて布団を自分の方に引き寄せたのが分かった。
きっと私は顔どころか耳も首も真っ赤だろう。首から上が熱くてしょうがない。見てしまった。本当に不可抗力だったのだけれど、男の人のああ言う現象を初めて見てしまった。
ふー、と深く息を吐いた錆兎はスク、立ち上がりスタスタと部屋を出て行く。

「俺が戻って来くるまで待っててくれ。ちゃんと話そう。」

その言葉にコクコクと頷き、部屋を出て行った錆兎の背中を見送りパタリと布団の上に倒れ込みジタバタと悶えた。
ああ。彼が帰って来たらどんな顔をしたら良いのだろう。
恥ずかしさで枕に顔を埋めれば、錆兎の匂いで一杯になり再び真っ赤になった。

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