齧られる

目の前に広がるのは美味しそうな匂いを漂わせる彩りの良い沢山の料理。決して素人が作れるような物ではなく、目も舌も楽しませてくれるようなものばかり。和、洋、が混じっており師範の煉獄家ではもっぱら和食を食す沙月にとって洋食は物珍しくあった。
おむらいす、と言うなる物を皿に取り分け口一杯に頬張る。

「んん〜!」

もぐもぐとしっかり咀嚼してからごっくんと飲み込み満面の笑みを浮かべた。

「美味しい!美味しいです!師範!」
「うむ。うまい!うまい!」

隣の煉獄もうまい、と連呼しながら物凄い速さで料理を平らげている。その目の前に座っている音柱である宇随が少しげんなりした顔で、「お前ら子弟そろって騒がしいな。」とぼやいていた。

外は雪が降り凍てついた空気が吹いている今日は産屋敷で忘年会が行われている。柱合会議などではなく単なる忘年会なので柱が全員集まる中でも継子の参加は認められていた。そして炎柱の継子である沙月もまたこの食事会に参加していたのである。

沙月の隣に座っている冨岡はいつもと変わらず表情一つ変えずもくもくと食べていた。その様子をちらりと伺いながら、何とか声をかけたいとソワソワしている沙月だったが中々タイミングを見つけられず、とりあえず美味しい料理を次から次へと口に運ぶ。

先日の水柱との合同任務で利き腕を怪我した時に助けて貰ったお礼を言いたかったのだ。文通する仲でもないのにいきなり文を送りつけるより直接言いたいと思っていのたが、上手く話を切り出せない。

ああ。まどろこっしい。と思い、覚悟を決めて側にあった水を口に入れていた食べ物と共にごっくんと喉に流し込んだ。

「あ、!」

焦るような、それでいて困惑の声が隣で上がったの同時に沙月の視界がぐらりと揺らいだ。

「はれ?」

何かおかしい、カアと顔から体から熱くなるのが分かった。

「沙月大丈夫か?」

口にもごもごと食べ物を頬張りながら継子である沙月の心配をする煉獄だが、料理を口に運ぶ手は止まらない。
沙月が一気に飲み干したのは水ではなく酒だったのだ。顔は真っ赤になっており目は心なしか潤んでいるように見える。

「おいおい。沙月に酒飲ましたのは誰だ。こいつまだ未成年だろ。慣れない所為で派手に酔ってやがるぞ。」
「俺のを間違えて飲んでしまったみたいだ!」
「あらあら。誰かお冷やを渡してあげましょう。」

大丈夫か?と水を沙月に渡したのは隣に座っている冨岡だった。少し気遣うように沙月の顔を見る冨岡を少し蕩けたような目でぼんやりと見上げる。

「とみ、おかしゃん。」

がし、とお冷やを持っている冨岡の手を遠慮なく掴んだ沙月の奇行に流石の冨岡も狼狽た。

「俺の腕ではなくこれを持て。」

ふーと酒に酔った熱い呼吸を吐き出し、沙月は冨岡の言葉など一つも聞いておらずそのままぐいと顔を近づける。

「とみおか、さんに言いたい事がある、んです。」
「?」
「お、なんだなんだ。派手に面白そうじゃねえか。」

酔っていた沙月を心配していた宇随だが、ベロンベロンになり冨岡に絡んでいる沙月を見て今は楽しんで様子を眺めていた。
一応沙月の保護者である筈の煉獄は、うまい!うまい!と連呼しながら料理をかき込んでおり冨岡の困惑に気づいていない。冨岡は、どうするべきかと顔には出さないが困り果てていた。目の前にいる沙月は完璧に酔っておりいつもの様子とは全く違うのである。煉獄の継子でありその性格も師範によく似ており物事をハキハキ話す人間であったが、今では呂律が回っておらず拙い話し方で目の焦点も合わず少し据わっているように見える。

「その、先日は、助けて頂いてありがとうごじゃいますた。」

利き腕を負傷し、鬼による毒に倒れていた沙月を冨岡は背負って走り蝶屋敷へと運び込んだのだ。その時の事か、と思い「ああ。」と返事するが、話はまだ終わっていないのだと言う風に掴んまれた手は離されない。水が溢れたら大変なので取り敢えず反対の手でお冷やを机の上へと移動させる。

「とみおかしゃんは、言葉足らずで、鉄仮面ですが、やさしい人ですね。」
「鉄仮面!」

ブフッと吹き出すように宇随が笑い転げる。
冨岡もどう反応して良いか分からず、じ、沙月の様子を伺っていた。

「一部の人からは、嫌われているかも、しれましぇんが、わたしはすきですよ、」

酒に酔い上気し赤くなった顔で二へと笑う沙月。
冨岡の隣に座っていた胡蝶が「良かったですね、冨岡さん。嫌われていなくて。」クスクスと楽しそうに笑い冨岡をつつく。
甘露寺は自分の隣に座っている伊黒の腕をひっぱり、きゃーきゃーと騒いでいた。
冨岡は変わらず「ああ。」と気のない返事をしながらも心なしか嬉しそうである。

「あと、わたし、ずっと気になってた事があって、」

沙月は掴んでいた冨岡の手を離すと正座をしている冨岡の膝に手置き、身を乗りだした。

「いつも、無表情でいる人は、頬の筋肉を使わにゃいので、ほっぺが人より柔かいらしいんです、よ、」

だから、何だ、と困惑しながら沙月を見ればこちらに身を乗りだし頬に手を寄せられお互いの顔が目の鼻の先である。潤んだ大きな目が冨岡の顔を映している。

「あらあら。」
「やだ!伊黒さん!沙月ちゃん大胆だわ!」

恥ずかしい、なんて言いながらも顔を赤くし興奮した甘露寺は2人をガン見である。宇随も止める気はないみたいで面白そうに2人を見守っていた。ド派手に面白い事になりそうだ。と隠し切れていない人の悪い笑みを浮かべている。
冨岡は大変混乱していた。どうするべきなのか。ここは力強くで引き離して良いものなのか。しかし相手は酒に酔っている。
誰か助けてくれ、と思うも周りは面白そうに眺めているだけであった。

沙月の行動は一瞬であった。
まさか、そんな行動に出るとは誰も思っていなかった。

がぶり

中々な勢いで、冨岡の頬に齧り付いたのだ。
あむあむと噛み、少し血の滲んだ頬をぺろりと舐め、うっそりと微笑んだ。

「ふふ、やっぱり、やわらかかったです」

冨岡は唖然である。ジンジンと痛む頬。
宇随はとんなでもなく間抜けな表情の冨岡を見て大爆笑していた。
固まった冨岡は暫く動きそうにない。初めは驚いていた胡蝶だが、今は面白そうにクスクスと笑っている。

「沙月!」

一通り満足に料理を食べ終わった煉獄がすかさず沙月を回収する。
もっと早めに気づいてくれ、と冨岡は内心ポツリと呟いた。ヒリヒリと痛む頬を抑えれば、「大丈夫ですか。」と堪え切れていない笑みを浮かべながらこちらを見る胡蝶をじろりと見返しす。その目には、何故助けなかった。と非難の色が浮かんでいる。
「すいません。面白そうだったので。」と詫びれもなく言う胡蝶に冨岡が静かに息を吐いた。

「沙月駄目だろう。冨岡すまん!大丈夫だろうか!」
「ああ。」

大丈夫もなにも、既に齧られた後である。

冨岡の頬にはくっきりと綺麗な歯形が付いていた。

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