未熟者

胡蝶様から渡された塗り薬を手元に置き、自室にある鏡の前に座った。
肩先から背中の中央部分に向けて大きな傷がある。未だに肉が裂け、傷口が閉じ切っていない。先日の任務で鬼につけられたものだった。
毎日欠かさず、塗って下さいね、と渡され、隊服を脱ぎ、さあ塗ろうと思ったのだが手が届かない。まず腕を動かすと肩も動く訳でその度に痛みが走る。自分で塗るのは中々困難な事に気がついた。しかも鏡の前に座ったとしても傷が背中にある為、見辛くてしょうがない。これは無理だ、とそうそうに諦めもう一度隊服を着直して自室の襖を開け、千寿郎くんを探す事にした。

任務が終わり蝶屋敷へと足を運び、手当てをしてもらい煉獄家の屋敷へと戻って来たので丁度、今は明け方。朝日が昇り空も白けて来た。多分千寿郎くんは起き出した頃だろう。朝餉の支度をする為に台所にいる可能性が高いので向かうとしよう。
廊下を歩いていると見知った気配が背後からしたのと同時に見慣れた声が鼓膜を揺らした。

「沙月!」
「師範。おはようこざいます。任務終わりですか?」

まっすぐにこちらを射抜く瞳はいつも通り力強く疲労されいる用には見えず少しだけほっとした。柱である彼は本当に忙しい方だ。

「ああ!君もか。ご苦労だったな!にしても血の匂いがする!怪我をしたのか?」

鋭い方だ。隠せないなあ、と少し困ったように笑う。

「はい…。情けない事に背中をざっくりと。」
「よもや。大事はないか?」
「大丈夫です。ちゃんと治るものではあるのですが…胡蝶様に渡された塗り薬を塗るのが大変で。今、丁度千寿郎くんを探していたのです。」
「なら、俺が塗ってやろう!」

え?と言う言葉は口に出す前に腕をとられ、スタスタと歩き出した師範に引き摺られるように先ほど歩いた道を引き戻す羽目になった。
師範が…薬を塗る…。
それをどう言う事になるのか目の前を歩いている彼は分かっているのだろうか。肩先から背中を出すと言う事は上の服を全て脱がなければならない事を。だからこそ千寿郎くんを探していたのに。
ズンズンと何も気にせず歩いている師範を後ろ姿を困惑しながら見た。

あれやこれやと言っている間に師範の自室まで連れて行かれ、中に入っていた。

「沙月薬は持っているか。」
「う、あ、これで、す…。」

意識しているのは私だけか。
戦闘に置いては的確な判断に状況判断も速い彼だがこういう気遣いに関してはめっぽう疎かった。
お、女は度胸だ。師範が気にしていないなら、私も気にするな!

師範が座っている目の前に同じく腰を下ろし、背を向けた。黒い隊服のボタンを上から順に外していき、全て外し終え脱ぐと畳んで隣に置く。ついにシャツにも手をかけ、プチプチとボタンを外し、肌が外気に触れ少し身震いをした。顔は羞恥心で赤くなり、師範にバレませんように、と思いながら勢いでシャツも脱ぎ切る。

スースーとする胸元をシャツで隠しながら、背中を師範にさらけ出した。

すると後ろで少し息を飲む音が微かに聞こえた。

煉獄は己の呼吸が浅くなるのが分かった。
目の前には窓から溢れる朝日に照らされた華奢な白い背中。視線が外れない。きっと薬を塗るのに邪魔だと思ったのだろう。髪の毛がいつもより高い位置で結ばれており普段目にしないほっそりとした頸が露わにっている。
失念していた。何故気付かなかったのだろう。背中に薬を塗ると言う事は目の前の彼女が上半身を己に曝け出さなければならないと言う事に。申し訳ない事をしたと、今更ながらに思った。しかし脱ぐ時はやけに思い切りが良かったな。
ふと、よく見れば彼女の耳が真っ赤になっているのに気がつき己も同じように顔が熱くなる。
よもや…。
いつも襟の詰まった隊服を着て隠されている彼女の体は想像以上に細かった。自分と同じ呼吸を使い重く強い斬撃を繰り出すその体は白く華奢でほっそりとくびれた腰を見て驚かざるおえなかった。こんなにも頼りなく細い体で刀を振るっていたのかと。
そしてその背中には生々しい深い傷跡があり眉をひそめた。

「あ、の…。」
「む、?」
「は、恥ずかしい…ので、早めにお願い…します。」

シャツを胸元に抱え込みながら、こちらを振り返り頬を赤く染めながら見上げて来た沙月。
ギュンと急速に下半身に熱が集まるのが分かり、これはいけない。これは、だめだ。と理性を総動員させた。

「すまん!すぐ塗る。痛かった言ってくれ!」

スと薬を指先ですくい、痛々しいその傷をなぞった。
ピクンと微かに揺れた肩。痛かっただろうか、と心配したが何も言われないのでそのまま塗っていく。

「ん、…。」

思わず、と溢れた声に、沙月はパンと手のひらで口を塞いだ。煉獄は目を見開き、固まる。

2人の間にとてつもなく気まずい雰囲気が流れた。

「す、すいません!そ、その…。い、痛むのではなくて…、少し、こそばかった…のです。変な声を、出してしまいすいません…。」

耳所か、首まで赤くして項垂れる沙月にどう声をかけたら良いのか。
煉獄も煉獄で、先程の声で色々と限界に来ていた。落ち着け。落ち着け。耐えろ、耐えろ。鉄壁の理性で熱を持ちそうになる下半身を押さえつけた。

背中をなぞる師範の指先が神経が研ぎ澄まされたかのように過敏に感じる。元々背中が弱いのもあり必死に我慢していたのたが、我慢していた所為で何だか変な声が出てしまったのは失敗だった。なによりも恥ずかしい。とても気まずい空気にもなってしまい居た堪れない。

全て塗り終えると、師範はすぐさまスクと立ち上がった。

「し、師範。あの、ありがとうございました。」
「うむ!大丈夫だ。」

こちらを見ずに少し急いだように部屋を出て行った師範の耳は真っ赤であった。






「兄上!おはようございます!任務から帰られていたのですね、ってお顔が真っ赤ですがどうなさったのですか?」
「う…む、いや、己の未熟さに恥じいていた…所だ。」

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