おあいこ

ちょっとした出来心だった。

空は快晴で雲一つない。温かな風が緩やかに吹いており気持ちの良い穏やかな昼下がり。
物干し竿にかかりゆらゆらと風に煽られ揺れている煉獄さんの羽織がふと目に止まった。素振りをしていた木刀を置いて、少し周りを確認してから物干し竿の方へと足を伸ばす。
常に師範である彼が身につけている筈のものがここに干してあるのが珍しい。そういえば、羽織を先日の任務で酷く汚されたみたいで、千寿郎くんが汚れを落とす為にせかせか洗っていたのを思い出した。

ゆっくりと手を伸ばし、指先でそろりと触れる。
泥と血で汚れていた生地は跡形もなく真っ白で綺麗だ。羽織の下に向かうほど、燃える炎のように鮮やかな赤に染め上げてあり、いかにも煉獄さんらしい。
いつもこの背中を追っている。強く優しく、率直で懐が深く太陽のように温かい人。常に前しか見ずにひたすらに真っ直ぐ進んで行く彼を。

緩やかな温かい風にあおられていた羽織はもう既に乾いており軽やかだ。物干し竿からとり、自分の手元に抱え込む。

本当に出来心だった。深い意味はなかった。

ぎゅっと羽織を抱きしめて顔を埋めた。
スンと匂いを嗅げば温かなお日様の香りがして、思わず顔が緩む。こんな事を本人に決して出来る訳がないけれど羽織なら許してくれるだろう。と訳の分からない理論を立てて好きなようにしていた。
汚さぬように丁寧に扱い、腕を通す。かなり大きくダボダボしているが煉獄さんと同じものを着ているという高揚感でその場でクルリと回ったり自分の姿を見て楽しんでいた。

いつか同じものを着れる日が来るだろうか。
2人揃って同じ羽織を着ている後ろ姿を想像してクスリと笑みをこぼした。
そんな風に幸せな自分の世界に浸っていると、とても熱い視線に気がつく。
ハッとなり縁側の方へ顔を向ければ、案の定1番見られたくなかった煉獄さんが立っていた。
ひぇと情けない悲鳴が口から溢れる。
いつから、いつから、見られていたんだ。
というより、何故気づかなかった、自分。

「あ、ああ、あの!す、す、すいません!」

大混乱を起こしている頭で何とか謝罪をしてながら羽織を脱ごうとすると、煉獄さんは驚く程笑顔を浮かべていた。

「いやいや!随分と可愛いらしい事をしているな!別にそんな急いで脱がなくても大丈夫だ!」

顔が茹でダコのように真っ赤になる。
煉獄さんの言葉にもうどう反応して良いのか分からず、羽織を脱がずに裾をギュと握りながら突っ立っているとズカズカとこちらに近づいてくる煉獄さん。
私はあ、う、と言葉にならない音を発しながら体は緊張と恥ずかしさでガチガチである。

「うむ!似合っているぞ!」

わしゃわしゃと力強くなでられ、頭がぐわんぐわん揺れた。
気を悪くされた訳ではなかったので良かったのだが、見られた相手が悪かった。羽織を抱きしめて顔を埋めて匂いまで嗅いでいた所をもし見られていたら恥ずかしくて堪らない。側から見たら変態ではないか。
煉獄さんの言葉を借りるとしたら、穴があったら入りたい、である。

するといきなり腕を引かれ、ぽすりと煉獄さんの腕の中に引き込まれた。
ひぇと再び変な声が喉から飛び出る。
ばっちり開いた瞳、時々どこをみている分からない瞳は今回ばかりは真っ直ぐにこちらを見ていた。ぐいと煉獄さんの顔が近づきいつもと違う低い声が鼓膜を揺らした。

「羽織だけで満足か?」

ぞわぞわと耳から腰にかけて変な感覚が駆け巡った。あまりの恥ずかしさで居た堪れなくなり彼の腕から逃げようと足掻くが、がっちり抱きしめられていて抜け出せない。逃げれそうにもなく観念して煉獄さんをそろりと見上げれば、いつもの快活とした笑みではなく少し大人の艶を含んだ笑みを浮かべていた。
ぐいと腰を引き寄せられ、ぴったりと密着する。首元に顔を埋められ、スン、と匂いを嗅がれる音が聞こえた。
に、匂い、匂いを嗅がれた。
先程まで鍛錬をして木刀を振っていたので汗臭いに違いない。ジタバタ暴れ、非難の目を向ければキュと鼻先を摘まれる。

「な、な、なにを!」
「これでおあいこだな。」

ひぇと本日3回目である変な声が喉から上がった。

最初から全て、見られていたじゃないか。

何か言おうにも金魚のように口をぱくぱくするしかなく、言葉にならない叫び声を心の中で上げた。大絶叫である。同期である善逸の汚い高音が頭の中で聞こえた気がした。


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