君は覚えているだろうか

現パロ



胸にぽっかり穴が空いているようだった。何か足らないのだ。とても大切なものを大切な人を忘れている気がする。でも、何も分からないのだ。ずっと誰かを何かを探し続けているような感覚。
そして物心ついた時から同じ夢を何度も何度も繰り返し見ていた。 今よりも幼ない顔立ちをした私と炎を連想させるような輝く髪色をした男の人が出て来るのだ。そして場面はいつも同じ。

『師範!師範!いやだ!いかないで!』

くしゃくしゃに顔を歪めながら泣きじゃくり男性に縋り付く私。男性の方は片目が潰れて血だらけで満身創痍である。地面にはおびただしい程の血液が流れており、素人目からでももう命が保たないのが分かった。

『嫌です!私、私まだ貴方に沢山教えて貰いたい事があるんです!伝えたい事も…。だから、だから逝かないで、逝かないでください…。』

目は真っ赤に充血し溢れんばかりに次から次へと大粒の涙が頬を伝う。
反して男性の方は穏やに笑っていた。

『すまない。君を置いていってしまう事を申し訳なく思う。だが、大丈夫だ!君は強い。何たって俺の継子だからな。俺の代わりに竃門少年達を君が導いてやってくれ。時間は寄り添ってくれない。前に進むしかないんだ。君なら出来る。心を燃やし続けろ。』

悲しい悲しい。
胸が張り裂けそうな程心が痛い。息が苦しい。

ハッと目が覚めた。見慣れた天井が目に移り、頬は濡れていた。泣いていたのだ。
夢なのにいつもはっきりと覚えている。
誰の記憶なのか。それともただの夢なのか。でもこう何年も同じ夢を見続けるとただの夢ではないように思えた。しかし、夢に出てくる2人は現実味のない格好をしている。帯刀しており真っ黒な学ランのような服を着ていた。
いつの時代だろう。帯刀していると言うことは江戸時代だろうか。たしか明治から廃刀令が出ている筈なのでそれ以降の時代に帯刀は出来ない筈だ。しかし格好から見ると大正時代に近い気もする。
フゥと息を吐いて体を起こし、ベットから出た。
いくら考えても答えはわからないし、誰も教えてくれない。

頬は涙に濡れ、目は充血している自分の酷い顔を鏡で見て蛇口を捻る。冷たい水でバシャバシャと顔を洗った。
いつもと変わらない日常。大学生になってから1人暮らしを始め、慣れない静かな部屋で軽く朝食を食べた。
今日は一限がないので比較的ゆっくり出来る。そして2週間前から友達がセッティングしてくれた合コンがある。初めての経験だ。今まで誰ともお付き合いした事がなかったし、むしろしたいと感じなかった。
ずっと、ずっと、誰かを探しているのだ。
でも分からない。どこの誰なのか。生きているのかさえも。

全くと言って良い程、どれだけ相手が格好良くても良い人でも心が動かなかった。そんな私を見兼ねて、友達が合コンを企画してくれた。あまり乗り気ではないが、折角の気遣いを無駄にはしたくない。
自分では可愛いと思う服に着替え、慣れた手つきで化粧をし髪の毛を整え家を出た。

玄関を出て、雲一つない青い空を見上げた。
私は一体、誰を探しているのだろう。
ただただ虚しかった。






「あ、沙月こっちこっち!」

待ち合わせしていたお店の前に見慣れた親しい友人が分かりやすく手を降っていた。少し講義が長引いてしまい遅れて到着する。

「遅くなってごめんね!」
「大丈夫よ!事前に連絡くれたしね!それより、聞いてよ!今回は社会人よ!みんな大人で格好良い!」

少しテンション高めに嬉しそうに話す友人に笑いかけながら、店に入り今日のお相手さんが待っている席へと向かった。

「遅れしまってすいませ…。」

全て言葉を言い切る前に男性と目が合った。言いかけていた言葉が途切れる。炎を連想させる髪の毛に大きなアーモンド型の瞳は力強く特徴的な枝分かれになった眉毛。いつも夢に出てくる男性にそっくりだったのだ。彼も私を見て固まっていた。

ああ。彼だ。
私は…彼を探していた。ぎゅうと胸が締め付けられるように痛んだ。

そう確信するのと共に、私の知らない記憶が濁流のようにして流れ込んで来た。
家族を鬼に殺され鬼殺隊に入った事。煉獄さんの継子になったこと。優しく笑いかけてくれた彼の笑顔。手のひらは豆だらけで大きく固くそして太陽のように暖かかったこと。毎日、毎日、共に刀を振り鍛錬したこと。彼がさつまいもを大好きな事。私をとても大切にしていてくれたこと。何度も命を助けてくれたこと。彼の背中を追い続けていたこと。溢れるばかりの大切な思い出たちが次から次へと私の中に戻ってくる。
そして、私が…彼を好きだったこと。

ほろり、と涙が一粒溢れた。

沙月!?と横で友人が慌てているのが分かった。
目の前にいる男性にむかってゆるりと笑った。
やっと会えましたね。ずっと、ずっと探していたんですよ。

「師範、お久しぶりです。」
「ああ。本当に…久しいな。」

昔と変わらぬ暖かな笑顔。
私の腕を引くと師範は力強く抱きしめた。
追い続けたその大きな背中に腕を回す。やっと、やっと追いついた。

周りがきゃあきゃあと騒いでいるのに気がつき、少し照れたように師範を見上げた。

「すまん!ついな!」

変わらない。本当に何も変わらない。

「悪いが今から俺達は抜ける!穴埋めは必ずする!冨岡と宇髄、後は頼んだ。」

聞きなれた名前に驚いて師範の背後を除いて見れば、これまた懐かしい顔ぶれが揃っていた。2人とも昔に比べると穏やかな笑みを浮かべこっちを見ていた。

「おお、行ってこい行ってこい。」

ひらひらとこちらに向かって手を振る宇髄さんに頭を下げ、その隣にいる冨岡さんにも軽く会釈する。
友人には、ごめんねっと言う風にジェスチャーすればグッと親呼びを立てられる。意味を理解してふは、と笑いながら手を振った。

師範に引っ張られるままに店を出て薄暗い商店街を歩く。

「しは…。」

師範、と言いかけて口を噤んだ。

「杏寿郎さん、とお呼びしても良いですか?」

そう言えば杏寿郎さんは少し驚いたように目を開いてから、嬉しそうに目を細めて笑った。

「かまわん!それに話し方もそんな固くなくて良い!」
「分かりました。あの、私沢山話したい事があります。伝えたい事も。」
「俺もだ!」

少し立ち止まり、2人してお互い見つめ合ってから声をだして笑い合った。繋がれた手は暖かい。

杏寿郎さん、沢山貴方に話したい事があるんです。私頑張ったんですよ。貴方が死んでから、本当に大変でした。悲しくて辛くて叫び出したい程の苦しみでした。立ち止まって蹲って泣きたかった。でも私、貴方の言葉通り前に前に進み続けました。後輩の背を押し、心を燃やし続けました。
心の痛みを耐えて歯をくいしばり、己を奮い立たせ刃を振るい続けたのですよ。

これから時間は無限にある。

鬼に殺される事も命を脅かせられる事もない。
私達が命をかけて切り拓いた、平和な世界。

変わらず太陽のように笑う彼の胸に、躊躇わず飛び込んだ。

今世こそ、貴方共に人生を歩んで行きたいと願った。


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