小さな彼(下)

ご飯も食べ終わり、さあお風呂に入ろうかな、と思った時、ピタと沙月は動きを止めた。小さな煉獄をどうするのか考えたのだ。4歳という年齢は1人でお風呂に入る事が出来るのだろうかと頭を捻る。沙月は自分よりも幾分小さな煉獄を見やり、眉を寄せた。不安でしかない。もし湯船で溺れたりでもしたら大変だ。どうするのが良いのだろうと思った時に、ポンと閃く。
一緒に入ったら良いのだ、その結論に至り小さな手を引いた。

「お風呂入りましょうか。」
「はい!え、…と一緒にですか?」
「嫌…でした?」
「い、いえ!」

ぶんぶんと横に顔を振る小さな煉獄に沙月は頬を緩めた。
とにかく愛らしい。
脱衣所に向かっている途中、沙月は千寿郎とバッタリ出会った。千寿郎は沙月が手に持っているタオルと衣類で今からお風呂に入る事を察するのだが反対の手で繋いで共にいる自分の兄である杏寿郎を見て思わず目を見開いた。

「沙月さん?お風呂…ですか?」
「うん。そうそう。」
「ご一緒に?」
「1人は心配で…。」

沙月の返事にぐっと詰まる。確かに今の兄上の年齢でお一人でお風呂に入って貰うには些か心配事が多すぎた。しかし、沙月と一緒に入るのはそれはそれでどうなのだろう。

「で、でしたら僕が兄上と入りますよ。」
「でも千寿郎くん忙しいでしょう?」

再びぐっとつまった。
夕飯の後片付けに洗濯物。やる事は山積みである。しかし沙月は本当に良いのだろうかと、千寿郎は思った。幾ら小さくても兄上である事は変わりないのだ。それを分かっているのだろうか。
それを小さな煉獄がいる前で強く言う事を千寿郎は出来なかった。彼は心優しい少年なのである。

「大丈夫だよ。心配してくれてありがとう。ちゃんとお師匠は無事にお風呂に入れるよ。」

心配しているのはそっちの方ではないのだとは言えなかった。
仲睦まじく手を繋ぎながら歩いていく2人の背中を少し困ったような何とも言えないような顔をして千寿郎は見送った。






わしゃわしゃと自分の頭を洗われながら杏寿郎は目の前にふるふると揺れる二つのたわわなものに目が離せなかった。至る所に痛々しい薄い傷跡が残るものの、白く滑らかな肌に控えめに色づいた桃色の先端。無意識にこくりと喉がなる。

「お師匠…力加減は大丈夫ですか?」

そんな沙月の声にすぐ反応出来ない程には混乱していた。自分の母は病弱であった為、女性と風呂に入るという経験がなかったのだ。もっぱら父上と入るのが日常であった。筋骨たくましくゴツゴツとした父上の体に反して沙月の体は白く柔い。鬼殺隊に所属しているので弛んでいる訳では決してなかった。程よくついた筋肉、綺麗に引き締まった体。くびれた細い腰にそしてお椀型のたわわな胸。

沙月はそんな煉獄の混乱もいざ知らず、わしゃわしゃと小さな頭を嬉々と洗っていた。ぴょんぴょんと跳ねている髪の毛は見た目よりも柔らかい。
沙月は煉獄から先程の返事がない事を心配して少しかがみ顔を覗いた。

「おし…。」

言葉を言いかけて声を失った。
小さくても変わらず目力があり大きなギョロとした瞳はどこを見ているのか分からずガン開きで鼻からはポタポタと鼻血が垂れていたのだ。

「えっ!えっ!だ、大丈夫!?」

杏寿郎の頭はぐわんぐわんと揺れていた。要するに刺激が強すぎたのである。

沙月は慌てて杏寿郎の頭からお湯をかけ、泡を流すと脇に腕を入れ抱えあげた。
杏寿郎は急に揺れ、視界が変わった事にハッと飛ばしていた意識を戻す。するとムニと頬に柔らかなものが押し付けられており、目の前は上気して少し赤くなっている白い肌。

「す、すぐ冷やさなきゃ。」

バタバタと慌てて己を抱えあげる沙月を見上げた。
そして再び視線を下ろせば自分はムッチリとした谷間に埋まっている。
グルンと目が裏に回った。杏寿郎の記憶はそこで途切れた。

沙月は自室でくったりと布団で伸びている煉獄にパタパタと団扇で扇いでいた。千寿郎に大丈夫だと伝えた手前、こんな事になってしまうなんて、と気を落としていた。しかし千寿郎は大丈夫だと言いながら少し困ったように笑っていた。沙月は気づいていないが、千寿郎には分かっていた。自分の兄が只の逆上せで鼻血を出した事ではないという事を。やはりあの時ちゃんと止めていれば良かったのかもしれないと千寿郎も反省していた。

パチリと目が覚めた杏寿郎は心配そうにこちらを見ている沙月に気づく。
ぶわりと先程の沙月を思い出し、再びツンと鼻の奥が痛んだ。流石に2度も同じ事を繰り返すまいと、耐えるがやはりあの風呂場での沙月が頭から離れる事はなかった。

「すいません。」
「大丈夫ですよ。私こそすいませんでした。」

ゆるりと笑いながら自身の頭を優しく撫でる沙月。杏寿郎はその笑顔にどきりと胸が熱くなった。未来の自分の継子だと言う彼女は優しく強く美しい人だ。
沙月も沙月で自分の手に撫でられながら気持ち良さそうに目を細める杏寿郎に愛おしさを感じていた。
沙月には年の離れた弟がいた。甘えん坊で好奇心旺盛で自身の後ろを鳥の雛のようについて回る可愛い弟だった。しかし、鬼に喰われ短い生涯を閉じた。
もし生きていたら、こんな感じだったのだろうかと目頭が熱くなる。

杏寿郎は暖かな手に頭を撫でられる感覚に瞼が重くなってくる。

きっと疲れたのだろう。ウトウトとし始めた杏寿郎に布団をかけ沙月自身もその中に体を滑り込ませ小さく暖かな身体を抱き寄せた。
杏寿郎はその温もりに母を思い出し無意識に口元に笑みを浮かべる。
沙月の胸に甘えるように擦り寄ってきた杏寿郎。沙月は大人であったら決して見られないであろう師範の姿に胸を打たれる。彼は長男であると言う責任が強い人であった。幼い頃に母上が亡くなられ、父上である元柱の慎寿郎様は昔の姿が嘘だったかのように堕落してしまわれ、そしてまだ自分よりも小さな弟がいるという状況。
甘える、頼る、と言うことを知らないような方。
そして今では鬼殺隊の柱。沢山の命を責務を背負い弱き人の為と己の心を燃やし続け刀を振るう師範を見ていると時々沙月は心が締め付けられるような思いをした。彼の心休まる時はあるのだろうか。
継子である自身はまだまだ守られる側。もどかしい、もどかしい。己の未熟さが歯痒かった。

沙月は杏寿郎の小さな背中を安心させるかのようにゆっくりと撫でた。

「おやすみなさい。お師匠。」

今、この時、小さな時だけでも貴方の心が休まりますように。







煉獄はチュンチュンと小鳥がさえずる声にフワリと意識が浮上した。身体を起こそうと身じろぎをした時に暖かな何かに包まれている事に気がつく。
うっすら目を開ければ、目の前にはスヤスヤと気持ち良さそうに口を微かに開けながら寝ている己の継子である沙月の顔。体は煉獄に抱きつくように腕を足を絡めている。少し視線を下にずらせば着崩れた浴衣から覗く白い谷間。

「よもや…。」

ピッタリと隙間なく体を寄せられている為、柔らかな胸の感触が意識せずとも伝わってくる。
何故こんな状況に、と寝起きの頭で必死に働かせた。

「ん…。」

沙月は薄っすらと目を開けると、びっくりして固まった。
昨日は小さく可愛いらしかったお師匠が元に戻っていたのだ。しかもこちらをジッと見ている。驚きで眠気も全て飛んでいく。

「お、お師匠。おはよう…ございます。」

がっつり抱きついていたので、ススと素早く離れる。体を起こして、落ち着きなくソワソワと体を揺らした。

沙月は忘れていたのだ。朝には戻ると言う事を。当たり前のように一緒の布団で寝たのだが、こうなる事を考えていなかった。恥ずかしさと申し訳なささで無意識に正座をする。

「す、すまない。昨日は世話になった。」

煉獄は耳所か顔まで赤くしながら布団から出ると沙月に向き直った。

「い、いえ!そんな大丈…。」

そこまで言いかけて沙月は言葉をつぐむ。煉獄は世話になった、と言ったのだ。この状況の説明を求めるのではなく。こちらに謝罪をして世話になった、と。ヒヤ、と背中に嫌な汗が流れた。まさか、まさか、まさか。

「あ、あの、もしかして…お師匠…。昨日の事を…。」

煉獄も大いに混乱していた。起きた直後は訳の分からなかった状況も頭が覚醒していくうちにしっかり昨日の事を思い出し、理解する。
小さな自分に視線を合わせてこちらを見て優しく笑う沙月。温かく柔らかな体で包むように抱きしめられた感触も勇ましく刀を振るうその身体が白く細い事も全て、記憶に残っている。


「う、うむ。」

煉獄の返事に沙月は声にならない悲鳴を出し、両手で己の頬を挟んだ。一緒に風呂に入った事も覚えているという事だろう。首まで真っ赤になった師範を見て察する。
何故、戻った時に記憶が残ると言う可能性を考えなかったのだろう。多分、小さくなって記憶がなくなっていたので戻った時に覚えているという結論に至らなかった。

「わ、わすれて、忘れてください!私、走ってきます!」

あまりの恥ずかしさと混乱のあまり沙月は部屋を飛び出しいってしまった。

残された煉獄は未だに鮮明に残る記憶に再び顔を赤らめた。

「よもや。」

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