小さな彼(上)

「伝令!伝令!至急、蝶屋敷ニ向カエ!」

鴉が知らせた指令に思わず首を傾げた。今日の任務である鬼の討伐は何の問題もなく、今先程終わらせた所である。目の前の鬼が塵になり跡形もなく逝く。人をまだ二桁も食べていないような弱い鬼だったので怪我どころか擦り傷一つしていない。

「どういう事?」
「胡蝶カラノ伝令!至急、蝶屋敷ニ向カエ!」

胡蝶様からの?
疑問は消えぬままである。胡蝶様とは私用で会ったりするような間柄ではない。一体何があったというのだろう。尚更今の状況が掴めなくなってきた。しかし至急と言う事であちらも急いだ用らしい。何の事かよく分からないが鴉の言う通りに蝶屋敷へと踵を返した。

完全に日が沈みきり、静寂の暗闇が支配した閑静な町を颯爽と駆け抜ける。

「藤井沙月です。胡蝶様はいらっしゃいますか。」

馴染みのある玄関を開け、出迎えてくれた小さな子達に声をかけた。似たようなつくりの顔をした3人の女の子達は顔を見合わせ頷く。

「お待ちしていました!こちらへどうぞ!」

小さく柔らかな手に惹かれて早足で廊下を歩く。
辿り着いた部屋の戸を開けられ、中に通された。その時の衝撃はきっと私は一生忘れる事がないだろう。今まで多くの鬼と対峙し、死線もいくつも乗り越えてきた。どんな時でも冷静でいる事には自信があった筈なのだがこの時ばかりはそうはいかなかった。

「…お師匠の…子供…?」

私の師範である炎柱 煉獄杏寿郎様にそっくりの小さな男の子がちょんとベットの縁に座っていたのだ。多分4歳くらいの年齢だ。枝分かれした特徴的な凛々しい眉に見開かれた大きな瞳、そして炎を連想させるかのような色の髪の毛。

思考回路が一時停止する。数少ない情報量の中、必死に答えを探るが全くというほど検討がつかない。どういう事だ。子供?と思ったがそんなはずはない。彼に恋仲である女性がいるなんて聞いた事がないし、そんな影すら見た事がない。そしてこの子供の年齢を考えると、お師匠が16の子になる。そんな馬鹿な。あり得ない。

「胡蝶様…これは…一体、?」

唖然とするまま、隣に立っていた胡蝶様に問いかけた。

「鬼の血鬼術です。」
「血鬼術…?」
「はい。任務の最中、一般人の方を庇った際にかかってしまったみたいですね。年齢が逆行する術のようで記憶も全て見た目の通り4歳に戻ってしまっています。」

あんぐり開いた口は閉じそうにない。淡々と話す胡蝶様に助けを求めるように見た。

「そ、そんな事が…。」

どうするのだろう。お師匠がこんな事になってしまうなんて誰が予想出来ただろうか。この事をまず千寿郎くんに伝えて、ああ、彼の父上にはなんて説明したら良いのか。いや、これから煉獄様をどうしたら良いのか。同じように1年に1歳ずつ歳ををとっていくのだろうか。もし、命の危険があったらどうしよう。
あらゆる事を想定して考えていくうちに、収集がつかなくなる。

どうしよう…。


「検査の結果、明日の朝日が昇るの同時に元に戻る筈です。」
「え、あっ、そうなんですね…。」

思ったより深刻ではなかった。
ほっと息を吐く。余計な心配だったみたいだ。

「そこで、煉獄さんの継子である藤井さんを呼んだのです。」
「え、と…?」
「いくつになっても煉獄さん流石ですね。今の状況を説明しましたらある程度の事を理解してくれました。明日の朝までここにいて貰っても良いのですけれど、今日は急患が多く忙しいんですよ。ずっと面倒を見れる者がいなく、放っておく訳には行きませんし、藤井さんにお願いしたいのです。」

成る程、と頷いた。私が呼ばれた理由が理解できた。確かに、4歳という年齢の子を放っておくのはちょっと避けたい所である。いくら煉獄さんとは言え、小さな子供だ。弱く小さく脆い。何かあっては困る。

「分かりました。私にお任せください。」
「よろしくお願いしますね。煉獄家の方にお戻りになられますか?」
「そうですね。そうします。」

胡蝶様の言葉に頷き、お礼を言ってから頭を下げた。部屋を出て行かれた胡蝶様の背中を見送り、未だに大人しく静かに座っている小さなお師匠に向き直る。同じ目線になるようにしゃがんだ。

「え、と…お話に聞いているかもしれませんが、貴方の継子、藤井沙月と言います。」
「はい!煉獄杏寿郎と申します!よろしくお願いします!」

とても礼儀正しく自己紹介をして、ペコリと頭を下げられた。
な、なんて…可愛いらしいのだろう。
尊敬し敬愛するお師匠の子供時代。こんなに愛くるしかったのか。ぎゅーと抱きしめたい衝動を必死に抑え、こちらもよろしくお願いします、と頭を下げた。

もう完全に日が暮れて外は真っ暗である。鬼の行動が活発になる時間帯。こんな時間に小さなお師匠の手を引いて歩いて帰るのは危険過ぎる。

「すいません。失礼します。」

脇に手を差し入れゆっくりとお師匠を持ち上げ抱え上げた。
自然と視線が同じになり近くなるお師匠の顔を少し覗き込むように見て笑いかけた。

「急ぎますので、抱えさせてもらいます。」
「だ、大丈夫です!」

照れたのか、顔と耳が少し赤い。そして遠慮しながらも、私の隊服をキュッと小さな手で握りしめている。
あぁ可愛い可愛い可愛い可愛い。
頬擦りをしてしまいそうになるのを理性で押しとどめる。だめだ。可愛いすぎる。くりくりと大きな瞳にぴょんぴょんと跳ねている短めの髪の毛。そして幼子特有の少しもっちりとした体格。全てが母性本能をくすぐった。
いつも守られている側だか、今日は私がお師匠を守らねば。

大切に抱え、胡蝶様のお屋敷を出て再び暗闇を駆けた。

「沙月さんお帰りなさい。任務お疲れ様です。ご飯の用意は出来て…。」

私達を出迎えてくれた千寿郎くんは、ピシリと固まった。分かる。分かるよ、その気持ち。視線は私が抱え上げている小さなお師匠。

「あ、兄上…?」
「そう。血鬼術で年齢が逆行してしまってるみたい。その、体だけじゃなくて記憶とかも全部。」
「だ、大丈夫なんですか?」
「朝日が昇るの同時に元に戻るから大丈夫。」
「そうなんですね。大事なくて良かったです。」

少しだけほっとしたように笑った千寿郎くんに私も笑みがこぼれる。

「それにしても、小さな兄上は何だか新鮮ですね…。僕は弟なので大きな兄上しか知りませんでしたし。」
「…弟…?」
「は、はい!そうなんです。ああ、そっか今の兄上の歳じゃまだ僕は生まれていませんからね。」
「そうか!そうか!弟ができるのか!それはうれしい!」

私の腕の中で喜ぶお師匠。
それを見た千寿郎くんが今にも泣き出してしまいそうな顔をしながら、嬉しそうに笑っていた。

「いくつになっても兄上は変わりませんね。」
「ええ。本当に。」

顔を見合わせ、ふふと2人して笑った。


prevnext


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -