ご近所散策

『ふあぁ…』
カーテンの隙間から零れる朝日に目を覚ます。
枕元に置いた目覚まし時計を見ると、まだ朝の5時半だ。
昨日はあれから部屋に戻り、荷物の整理をしていて、結局床についたのは2時すぎ。
あまり寝れないのは昔から。
それよりもここの所バタバタしていて、なかなかピアノに触れていなかったことを思い出す。
部屋を出て、足音を立てない様に一階の洗面所に向かう。
廊下はまだ少し寒く、静まり返っていた。
まだこの時間なら二人とも寝ているだろう。
洗面所で顔を洗い、歯を磨く。
そういえば冷蔵庫の中身確認しなくては。
今日から私がご飯作らなくては。
キッチンに向かい、冷蔵庫をあける。
『……』
私は無言で冷蔵庫を閉じた。
なんてこった。冷蔵庫の中にあったのは、納豆と卵だけだ。
きっとサソリさんは買い物嫌いなのかもしれない。
冷蔵庫の隣の棚を見ると、大量のレトルトカレーの箱、カップラーメン。
うん、私料理係になって良かった。
あの2人、今までよく体調崩さなかったな。
苦笑いを浮かべて、再度洗面所に向かう。
洗濯物が溜まっていた。
流石にこの時間に洗濯機回したらうるさいかな、と思い部屋に戻り部屋着から私服に着替える。
髪をポニーテールに結び、部屋の隅に組み立てた棚を漁る。
『あ、あったあった』
そこから取り出したのは白紙の五線紙。
作曲をする時に必ず用意するものだ。
グランドピアノの蓋を開け、窓とドアがしっかり閉まっていることを確認する。
鍵盤を指で押すと、心地良い重みに頬が緩む。
新しいこの生活を、曲にしてみたくなった。
不安もあった、でも2人はそんな私のことを家族と言ってくれた。
私は本当にその事が嬉しくて仕方なかったんだ。
チラリと壁に掛けた時計を見ると、6時。
7時くらいまでピアノを弾こう。
そう心に決め、思いのまま鍵盤を弾く。
朝の空気が酷く心地良い。



「おい……おいっ!」
耳元で叫ばれた声にはっとする。
声の主を見ると怪訝そうな表情を浮かべた赤髪の彼が立っていた。
『あ、サソリさん!』
あれ、今何時だろう、と時計を見ると既に11時を過ぎていた。
『ぎゃ!もう5時間も経ってる!』
慌てて書き殴った五線紙を掻き集める。
「お前どんだけ集中してたんだよ…何回ノックして何回呼んだと思ってやがる」
『ご、ごめんなさい。軽く1時間弾こうと思って…』
そう言えば、サソリさんは呆れた様に盛大な溜め息を吐いた。
「デイダラが心配してたぞ、とりあえず降りて来い」
『は、はい』
慌ててピアノの蓋を閉じて、部屋を出る。
さっきまで薄暗かった廊下はすっかり明るくなっていた。
リビングのドアを開けると、ソファーでコーヒーを飲むデイダラさんがこっちを見た。
「お?やっと来たな、うん」
『す、すみません、ピアノ弾いてて…』
おずおずとソファーに腰掛けると、ほらよ、とサソリさんがコーヒーを渡してくれた。
お礼を伝えると、サソリさんもマグカップを手にソファーに腰掛け足を組んだ。
「課題でも出てんのか?」
『え、あ、いや、課題ではないんですけど、最近バタバタしてて弾けてなくて』
手の中のコーヒーの温度が心地良い。
視線をマグカップに落とすと、こつんとデイダラさんに小突かれた。
「まーだよそよそしいな、うん」
『あ…』
年上相手に敬語を使わないって難しいな。
でも、これから一緒に住むなら、早く慣れないと。
「飯どーする」
サソリさんの言葉にデイダラさんは顎に手を当て考える。
私は朝開けた冷蔵庫の中を思い出し、溜め息が零れた。
『買い物に、付き合って、くれる?あ、いや、予定がなければなんだ、けど』
たどたどしくなってしまったが、敬語は使ってない。
デイダラさんとサソリさんはきょとんと顔を見合わせて、その後笑ってくれた。
「よし、今日はなまえにこの辺を案内するか、うん!」
その言葉にほっとして、私からも笑顔が零れた。
「昼飯は外で食うか」
支度して、出掛けることになった。
部屋に戻り、必要な荷物を手に取り、再びリビングに戻る。
ふと庭を見ると、既に洗濯物は干されていて、申し訳ない気持ちになった。
食生活はあれにしても、部屋は綺麗にされてる。
デイダラさんの部屋を見た限り、彼は掃除があまり得意じゃないのかもしれない。
ということはサソリさんがリビングとか綺麗にしているのかも。
これからは私も掃除手伝おう。
そう思っていると、2人がリビングに入ってきた。
「なまえ、車がいいか?それなら俺の車出すが…」
サソリさんがそう言ってくれたが、やんわりと断った。
『歩いて道を覚えたいな…』
そういうと、納得した様に頷いてくれた。
「じゃあ、行くか、うん」

玄関の戸締りをして、2人と肩を並べてあるく。
「とりあえず腹減った…」
時刻はちょうどお昼くらい、そういえば私も程よい空腹感があり、家から徒歩3分くらいのファミレスに入った。
私パスタを注文し、他愛のない会話をする。
2人の大学の話、高校の話、話を聞いていてやっぱりこの2人はすごく仲が良いんだなあと思う。
性格は対照的だけど、きっとお互いが気を許せる相手なのかもしれない。
「作曲科っつーのはどんなことすんだ、うん?」
『んーと、曲作るのもそうだけど、バロックとか古典派、現代音楽とかも分析したり、色々な楽器に触れたり』
「さっぱりわかんねぇ…」
目の前に座るサソリさんは眉間に皺を寄せていて、思わず苦笑いが零れる。
「将来は作曲家か?うん?」
『そうなれればいいな、と思ってるけど、とりあえず音に携わる仕事がしたい、かな…』

なんだか口に出すのが照れ臭くて、出されたパスタを口に入れて誤魔化す。
隣に座るデイダラさんが、頬杖をつきながらニヤニヤと変な笑顔を浮かべていて、余計に恥ずかしくなった。
「同じ大学でも学部で全然違うんだな」
それは私も正直思った。
芸術学部のこと、何も知らなかったし、共通の科目もない。
「そういえば、サイの奴は美術学科だったな、あいつも芸術学部だが今まで二回くらいしか見かけてないぜ、うん」
『うちの大学、人数も学科数も多いからなぁ…』
そうなると、いくら同じキャンパスになったところで、サソリさんやデイダラさん、サイにも構内ではなかなか会えないんだろうな。
そう考えると少し寂しくなった。
「ところでこの後どこ行くんだ、うん?」
食事を済ませ、お店を後にする。
私の分のご飯代まで、サソリさんが出してくれて、お金を渡したが突っ返されたのでありがたくお礼を伝えた。
『出来ればスーパーの場所を…あとホームセンターがあれば』
「ホームセンター?」
「あぁ、こっから五分くらいの所にあるな。しかし、なんか買うのか?うん?」
その問いかけに私はバルコニーを思い出す。
『せっかく素敵なバルコニーがあるから、植物とか野菜を育てたくて』
そう伝えると2人は賛成してくれて、まずはホームセンターに向かった。
到着した場所は広くはないが、それでも必要なものは揃っていた。
『春植えできる野菜…ないかなあ……あれ』
色々な種や苗が売っていて、楽しくなってしまい、2人とはぐれてしまった。
やってしまった、せっかく連れて来てくれたのに迷惑をかけてしまった。
でも広い場所な訳でもないし、あの2人は髪色も目立つ。
きっとすぐ見つかるだろうと、思って探しに行こうと足を一歩踏み出した。
ピンポンパンポーン
『?』
「迷子のお知らせです。みょうじなまえさん、一階、上りエスカレーターの前でお連れ様がお待ちです。」
『んなっ!』
みるみる自分の顔に熱が集まるのがわかる。
この歳になって迷子のアナウンスなんて!
繰り返します、というアナウンスの声に聞こえないフリをして、私は走って一階のエスカレーターまで猛ダッシュした。
エスカレーターの前には、お腹を抱えてゲラゲラ笑うデイダラさんと、口元を抑えてしゃがみこんでるサソリさんの姿。
『ちょっと!2人とも!恥ずかしかったんだから!!』
とりあえず大声で笑うデイダラさんの背中をぽかぽかと殴る。
すると更にデイダラさんは笑い、周りの視線が私達に集まり、ますます私の顔は真っ赤に染まった。
するとプルプルとしゃがんで震えていたサソリさんが立ち上がる、が、彼はまだ笑いが収まらないのか、手の平で顔を覆っていた。
『この歳になって迷子アナウンスで名前呼ばれると思わなかった!』
涙目で肩を落とす。
「いやあ、悪い悪い、いや、旦那がおもしれーんじゃないかって」
「お前もノリノリだったじゃねえか!」
あまりにも楽しそうな2人に、ついに私まで笑えて来てしまい、今度は迷子にならないようにと、2人に挟まれて店内を歩く。
「お前チビだから見失うと厄介だ」
サソリさんにそう言われ、今度からヒールを履こうと小さく決心した。

「あとはスーパーか?」
ホームセンターを出た後、後はとりあえずスーパーを目指すだけ。
プランターと土を買いたかったが、サソリさんがそれなら今度車を出してやるといってくれたので甘えることにした。
結局ホームセンターで買ったのは、昔から使っているシャンプーとトリートメント。
それもデイダラさんが何も言わずに持ってくれて、この2人は意地悪な所もあるけどどこまでも紳士だなあと思った。
『夕飯なにがいい?』
今日一日で、大分敬語離れできた気がする。
それはこの2人が、気兼ねなく接してくれるからだと強く思う。
近寄り難いと思っていたサソリさんも割と話すと話しやすくて、デイダラさんは人懐っこくて、そして何より2人共優しい。
だから、自然と敬語は取れていったのかもしれない。
「なんでもいいぜ、うん」
「俺も」
『それが一番困るんだって…』
まあ好き嫌いはなさそうなので、私が食べたい物にしよう。
夕飯の献立を考えていると、スーパーがあっという間に見えてきた。
家とホームセンターの間に位置するそのスーパーは、立地も広さも申し分なくて、その事にほっとした。
必要な食材をカゴに入れて、会計を済ませる。
三人分の食材は結構重たいが、2人が持ってくれた。
『荷物…ありがとう…』
スーパーを出て、前を歩く2人の背中にそう言うと、何も言わずに袋を持つ手を上に挙げた。
その姿は気にするな、と言ってくれている様で、胸の奥があったかくなった。


夕陽の中、
並んだ三つの影は、
ゆっくりと家路を目指していた。


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