春休み最終日

『明日から新学期だね』
ふと夕飯を食べながら話を振る。
気が付けば4月も半ばに差し掛かる。
長いようで短かった春休みも今日で終わり。
この春休みは引越しやら、同居やら、バタバタしていて、明日から学校が始まる実感なんて湧かない。
「音楽学科も明日からなのか」
「オイラ達も明日からだな」
入学式は二日前に行われたらしく、私の通う音楽学科も、サソリさん達の通う芸術学科も明日から通常授業だ。
音楽学科のキャンパスが新しくなって初めての登校。
数週間前の不安はどこへやら、今じゃ少し楽しみでもある。
『あ、2人ともお昼ご飯はどうしてたの?学食?』
空になったデイダラさんのお茶碗にご飯を盛り、手渡しながらそう聞いてみる。
「ああ、いつも学食で適当に済ませてるな」
「なまえはどうしてたんだ?うん」
『私はお弁当作っていってたよー』
ついでに冷蔵庫から麦茶を取り出し、二人のコップに継ぎ足す。
そっか、学食ならお弁当は一人分でいいか、そう思いながらも、やはり学校が始まるとこの二人にはなかなか会えないんだなあと少しの寂しさを感じる。
「おい、デイダラ、俺らの学科は4限まであるの何曜日だったか?」
「あん?確か火曜と木曜じゃなかったか?うん」
「お前は?」
『え、あ、確か月曜と木曜は午後まであったはず』
通知で来ていた日程を思い返しながらサソリさんに答える。
毎週月曜と木曜は4限まであったはず。他の曜日はあったりなかったり。
ピアノを教えてくれる担当の先生の都合で変動が結構あるのだ。
「じゃあ木曜だな」
『「?」』
なんのことかわからない私とデイダラさんは顔を見合わせ首を傾げた。
「あ?弁当だよ弁当。木曜は弁当の日だ。三人で食おうぜ」
「お!いいじゃねーか、うん!」
その言葉にぱぁっと自分の表情が明るくなるのがわかった。
『い、いいの!?』
そうサソリさん達に尋ねると、二人は一瞬きょとんとした後笑って頷いてくれた。

夕飯を片付けて各々自室へと向かった。
明日は始まる時間が学科で違う。
私の方が早く始まるのだが、二人共ちゃんと起きれるだろうか。
眠そうなサソリさんをデイダラさんが慌てて起こす姿を想像して小さく笑う。
とりあえず明日必要な物を準備してしまおう、と学校用の鞄に教本やノート、五線紙を詰めていく。
音楽学科の友達に合うのも久々だなあ、サイにも会えるかな、再度忘れ物はないかチェックして、明日の着替えも出しておこうと、廊下の共用のウォークインクローゼットに行こうと部屋のドアを開けた。
「お?」
『あ、デイダラさん』
部屋を出ると目の前のドアが開き、見慣れた金髪が視界に入った。
いつも高い位置で結わいている髪は全て下ろされている。
「明日の準備は終わったのか?うん」
『ばっちりだよ、デイダラさんは?』
「一応な、ちょっと喉乾いてよ」
『あ、コーヒー淹れようか?』
「お、助かるぜ」
その返事を聞いて、ウォークインクローゼットを素通りしてキッチンに向かう。
『ホットでいいかな』
「ああ」
私も飲みたくなってきて、二人分のお水をヤカンに入れてふと尋ねる。
『サソリさんはまだ起きてるかな?』
リビングのソファに腰掛けているデイダラさんの背中にそう問いかけると、首だけこちらに振り向いて少し考える素振りを浮かべた。
「旦那は結構夜型だからなぁ、多分起きてるぜ」
『そっか』
そう返事をして、もう一人分のお水をヤカンに足して火にかける。
ふと時計を見るとまだ22時。
流石に起きてるか、と心の中で苦笑いをして食器棚からマグカップを三つ取り出した。
『デイダラさん部屋で飲む?』
「あーどうすっかなー、なまえは?」
『外の風気持ちいいからバルコニーで飲もうかなーって』
「ならオイラもそこで飲むわ」
予想外の返答に目を丸くするが、何故だか少し嬉しくて口元がにやけた。
三つのマグカップをトレイに乗せて、こぼさない様に階段を登る。
サソリさんの部屋の前で控えめにノックすると、暫くして部屋の主が顔を出した。
「なんだ?」
『あ、コーヒー飲むかなって思って』
私の手元を見て、ひょいっと一つ取り上げたサソリさんを目で追う。
「ん、もらうわ、サンキュ」
その言葉に笑顔を返す。
「旦那何かやってんのか?」
「あ?ああ、画材の整理してんだ」
「俺らバルコニーでコーヒー飲むから手が空いたらこいよ、うん」
わかった、と短い返事と共にドアがしまり、隣の私の部屋の前に来た。私はトレイで手が塞がっているので、デイダラさんが開けてくれた。
「片付いてんなー」
『デイダラさんの部屋が汚いんだって』
うるせーと笑いながらデイダラさんはバルコニーがある所の窓を開けた。少し肌寒い風が心地よい。
バルコニーは結構広く、いのがくれたお花の苗や、ハーブ類の種を植えたプランターの他に小さな木製のベンチとテーブルが置かれている。
私の好きな空間だ。
テーブルの上にトレイを置き、肩を並べてベンチに腰掛ける。
少し冷えた指先を温める様にマグカップを両手に持つ。
暫くの間無言が続いたが、不思議と居心地が良い。
いつも賑やかなデイダラさんはたまにコーヒーを啜りながら空を眺めていた。
それにつられるように私も空を仰ぐ。
きっと明日は晴れだろう、月が明るく、星も見える。
「ここの生活は慣れたか?うん」
ふと横から聞こえた声に振り返ると、いつもの悪戯っ子の様な笑顔じゃなく、大人っぽく優しく笑うデイダラさんと目が合った。
その表情にドキリとして、慌てて目を逸らす。
『なっ慣れたよ!』
早口になってしまったが、デイダラさんは特に気にする様子もなく、そうか、と小さく肩を揺らした。
「俺らもうまい飯が食える様になってよかったぜ、うん」
『それくらいしか私にはできないから』
「いーや、料理だけじゃなくてよ、掃除や洗濯だって率先してやってくれてるだろ?旦那も掃除する頻度が減って楽になったって言ってたぜ、うん」
『サソリさんが…』
別に無理してやっているわけじゃない、お世話になってる身だからという前提ももちろんあるのだが、私自身家事は好きな方なのだ。
でもそう言ってくれて嫌な気はしない。
「そういや旦那、見た目に反して優しいだろ?」
『あ、うん!口数が多いわけじゃないから最初は怖かったけどすごく優しい人だと思う』
そう笑顔で答えると、デイダラさんは今度はいつもの悪戯っ子の様な笑顔で私髪をくしゃっと撫でた。
『デイダラさんはそのまんまだね!』
「おい!どういうことだ、うん?」
わしゃわしゃとされて笑いが零れる。
デイダラさんは歳が近いお兄ちゃんみたい、と付け足せば、二人で顔を見合わせて笑った。
「よう…」
その声に振り返れば、マグカップを手にしたサソリさんが立っていた。
「お?旦那終わったのか?うん」
「まあな…」
そういってバルコニーの地べたに胡座をかいた。
『お疲れ様です』
「ああ…コーヒーありがとな」
やっぱりサソリさんは優しいんだな、紳士というか、律儀なところもある。
「月明るいな…」
『明日も晴れますねー』
暫く新学期の話をしていると、ふとデイダラさんが立ち上がった。
『?』
首を傾げていると、デイダラさんはにんまり笑って親指で部屋の中のグランドピアノを指差した。
「なんか弾いてくれよ、月夜に相応しい感じのをよ、うん!」
『え、えええ!無茶振りだよお…』
「いいなそれ」
『サソリさんまで…』
立ち上がり、お尻をパンパンと手で叩いたサソリさんは部屋に入ってしまい、それに続いてデイダラさんも部屋に入った。
『んもう…』
半ば諦めた様に、仕方なく私も部屋に入り、二枚重ねの窓ガラスをしっかり締めた。
デイダラさんはベッドの上で、サソリさんはベッドの下の床にそれぞれ胡座をかいて、二人してニヤニヤしている。
小さく溜め息を吐いて、椅子に腰掛ける。
月夜に相応しい感じの曲、か。
首だけ振り返り、窓の外の月をチラリと見た。
夜なのに辺りを明るく照らす月。
途方に暮れていた私を招き入れてくれた二人の様に感じた。
ああ、指がすごく動きそうだ。
最初は気が引けていたが、今すごく弾きたいメロディが頭の中に降ってくる。
『ちょ、ちょっとレコーダーつけていいかな?いい曲できそう』
二人は頷いてくれて、ピアノの横にある簡易的な机の上にあった小さなレコーダーのスイッチを、押す。
そして小さく短く息を吸い、あとはほとんど覚えていない。
指が勝手に動いて、すごく楽しく、すごく幸せで、気が付いたら曲は終わってしまった。
レコーダーをオフにする。
後で楽譜を書こう。思わず笑みが浮かぶ。
チラッと二人を見ると、デイダラさんはベッドの上に横になって寝てしまっていた。
『あれ、デイダラさん寝ちゃったの?』
「ああ、こうなったら朝まで起きねえぞ」
サソリさんは呆れた様に溜め息を吐いた。
「いい曲じゃねーか」
『!ほんと?!』
その言葉に胸がほっこりした。自分の作った曲が褒められるのは純粋に嬉しくて、顔が緩む。
サソリさんがデイダラさんを蹴飛ばしたりしているが、彼は全く起きる素振りを見せない。
『あ、いいよ私リビングで寝るから』
せっかく気持ち良さそうに寝ているのに叩き起こすのも申し訳ない。
「あ?女にそんなとこで寝かせられねーよ。ならお前は俺の部屋のベッド使え」
『え!?サソリさんはどうするの?』
「俺はこのバカの部屋で寝る」
デイダラさんの背中を蹴飛ばしながらサソリさんはさも当然かの様にサラッと答えた。
『だったら私がデイダラさんの部屋で』
「こいつの部屋の汚さ知ってんだろ」
『う…』
そう言われて言葉を詰まらせる。確かにあのデイダラさんの部屋は汚い。そりゃあもう汚い。
でもそんな事言ったらサソリさんも同じだろう。この短期間一緒に暮らしてわかったのは、彼も結構な綺麗好きだ。
それなのにあの部屋で寝させるなんて申し訳ない。
何かいい案はないだろうか、と考えていると、ふとサソリさんに腕を引かれた。
『わっ』
連れて来られたのはサソリさんの部屋で、ベッドの上に放り投げられる。
「いいから使え」
『え、え、あ!じゃあサソリさんもここで寝ようよ』
咄嗟に出た言葉にサソリさんは目を丸くして固まった。
私はなにか間違えただろうか。
「お、お前はバカか、さっさと寝ろ」
そう言うと、サソリさんは部屋から出て行ってしまった。
静かになった部屋に取り残され、なんとなく辺りを見渡す。
綺麗に整頓された部屋に無駄な物などなくて、すごく落ち着く。
お言葉に甘えることにしよう、サソリさんはやっぱり紳士だなあ。
そんな事を考えていると、急に瞼が重くなってきて、電気を消しベッドに潜る。

明日から新学期。
目を閉じると、サソリさんの匂いがして、不思議と落ち着いた。

ドアの向こうで、赤くなった顔を手で覆うサソリさんに気付かないで、夜は更けて行った。


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