疑心暗鬼



 あれからベッドの上でひとしきり泣いた私は、頬に残った涙を拭き取った。

(少し、スッキリしたかも……)

 でも目は赤くなって腫れているだろうから、冷やさないといけない。明日が休暇で心底良かった。部屋に籠っていても、不審に思う人はいないだろう。
 部屋に備え付けのバスルームに行こうとした瞬間、部屋の扉を小さくノックする音が聞こえた。

(……こんな夜中に誰?)

 その場を動かずに、扉の方をじーっと見つめた。

「……ビアンカ? もう寝てる?」

 扉の向こうから聞こえてきた声に、ビクッと体を震わせた。

(なっ、なんでこんな時間に来るの! 仮にも恋人同士だから部屋に来るのには何の問題もないけど、だからってこんな時間に来るのはどう考えても非常識であって……!)

 ベットの上で軽いパニックを起こしていた私に、容赦なく二度目のノック音が聞こえた。

(第一に、こんな顔で会えるわけない!)

 先程まで泣いていた私の目や鼻は赤くなって腫れているはず。そんな顔を見られるのは誰だって抵抗があると思う。
 私はすぐさまベッドに潜り込むと、布団を頭の半分まで被せて、狸寝入りをすることに決めた。

(こんな時間だし、返事が無ければいなくなるはず……えっ!?)

 私の思いもむなしく、部屋の扉を開ける音が聞こえた。返事がなく、眠っていると思った私に配慮したのか、その音はとても小さかった。
 コツコツと足音がベットに近付くにつれ、私の心臓は爆発しそうなほどに激しく脈打つ。そんなことを知る由もない彼は、ベッドの端に腰かけると、私の頬を撫でた。彼の頬を撫でる手つきは優しく、私は知らず知らずのうちにその手にすり寄っていた。

「……アン」

 二人きりの時だけに使う愛称を、彼は囁くように言った。これには思わずドキッとしたけど、変わらず頬を撫でてる様子からして、どうやら気付かれることはなかった。

「あの七日か……」

 私の頭を撫でると、彼は部屋に入ってきたのと同じように出て行った。
 足音が遠ざかり、完全に聞こえなかったところで、私は勢いよくベッドから起き上がった。

「まさか、彼は……!」

 今さっきの彼の発言は、私が七日以内にここを去ることを知っているように聞こえた。

(……スパイだと気付かれた? 仮にそうなら、なぜ今まで手を出さなかった? 彼ほどの実力の持ち主なら、私を殺すことなんか簡単なはずなのに……)

 様々な疑問が頭の中を飛び交った。

(入江様に相談をするべき? でも今から対策を考えようにも、実行する機会などない。彼に暗殺の命令が下されたとしても、私に彼を殺すことなんて……)

 いったい、私はどうすればいいの……? 


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