帰還命令
side:沢田綱吉
自室で書類処理をしていると、一本の電話が掛かってきた。
『綱吉くん、今は大丈夫かい?』
「大丈夫だよ。何かあった? 正一くん」
電話の相手は、ミルフィオーレファミリーにいる正一くんからだった。
『ビアンカさんにはこれから連絡をするけど、ボンゴレ狩りの準備が整った』
「ふーん」
『……綱吉くん、ちゃんと聞いてた? 僕はボンゴレ狩りの準備が整ったって言ったんだよ?』
予想していたのと違った返答だったからか、正一くんの声は呆れていた。
だからなんだ、といった風にオレは笑った。
「もう少し準備に手間取るとは思っていたよ」
『僕もだよ。ハァァァ……おかげで予定がいろいろと狂ったよ』
「ははっ。今度胃薬を段ボール詰めにしてそっちに送るよ」
『綱吉くん、それ笑えない冗談……いや、君なら本当にやりかねない!』
恐怖混じりで言った正一くんに、オレは片手でお腹を押さえながら笑った。
『頼むから、僕の胃をこれ以上刺激しないでくれ……』
かなり神経質である正一くんが、緊張やストレスを感じると、すぐ腹痛を起こしてしまう。
「ごめんごめん。で、準備ができたってことは、ビアンカはそっちに戻るの?」
『……うん。白蘭さんの命令で』
「……そっか」
オレとビアンカが恋人同士なのも、オレが本気で彼女のことを好きなことも、正一くんはすべて知っていた。
『本当なら、ビアンカさんを帰還させるのは早くても後数ヶ月先の話だったんだけど、白蘭さんが駄々を捏ねて……。七日以内に戻ってくるように伝言を預かっているんだ』
「七日以内……」
『ビアンカさんのことだから、秘書としての仕事はきちんと責任を持ってやっているはずだ。定期連絡でも、余計なことはしていないと言っていた』
「ビアンカらしいや」
くすくすと笑うと、受話器の向こうから正一くんの、ほっとため息をつくのが聞こえた。
「あ、ビアンカがそっちに帰った時の対処はこっちでしておくね」
『お言葉に甘えようかな。きっとそこまで、手が回りそうにないから』
「任せといて」
『よろしく頼むよ。じゃあ、今日はこれで』
「了解。おやすみ、正一くん」
『おやすみ』
回線が切れて、ツーツーツーと無機質な機械音が受話器の向こうから聞こえてくる。しばらく受話器を見つめた後、それを元の位置に戻した。
オレは座っていた革張りの椅子の背凭れに体を預けると、静かに目を閉じた。はたから見れば、リラックスしているように見えるかもしれないが、正一くんとの電話の後に、残りの仕事をする気になれなかっただけだ。
「……ビアンカに会いたい」
無性に彼女に会いたくなった。
ちらっと壁に掛かっている時計を見ると、正一くんとの電話が終わってから30分以上が経っていた。
もう、彼女は眠っているだろうか。だけど、一目だけ彼女に会いたいと思ったオレは、静かに椅子から立ち上がった。