偽恋人
side:沢田綱吉
ビアンカが執務室を後にして、残ったのオレとディーノさんの二人だけ。
ディーノさんの部下は、許可無く執務室に入ることを禁ずるとディーノさんに言われ、部屋の外で待機している。
ビアンカの気配が部屋から遠ざかったのを感じた途端、ディーノさんは穏やかな顔を一変して、キャバッローネファミリーのボスの顔になった。
オレは苦笑しつつ、ディーノさんをソファーに座らせてから、俺も向かいのソファーに腰を下ろす。
「何か変わったことはあったか?」
「骸からの報告によれば、一昨日の夜に連絡を取ったみたいです」
「……考えられるのは上司への報告か」
「相手は直属の上司の正一くんでしたよ。ついさっき連絡が来ましたから」
「そうか。それにしても、ツナも変わったことをするな。……スパイと知りながら、ビアンカをそばに置くとは」
オレは静かに顔を歪めた。
ディーノさんの言ったとおり、ビアンカがミルフィオーレファミリーから送られてきたスパイだと最初から知っていた。正確に言うなら、彼女を来ることを事前に聞かされていた、というのが正しいかな。
入江正一くんは表向き、ミルフィオーレファミリーのホワイトスペルの第二ローザ隊隊長であり、ビアンカの直属の上司である。ミルフィオーレボスである白蘭直々に任務や特務を命じられるほどの人物だ。だけど裏ではオレや雲の守護者・ヒバリさんと通じていて、共に白蘭を倒そうと画策している。ビアンカのスパイの件についても、ミルフィオーレがボンゴレ狩りを始める準備段階として送り込むという情報を貰っていた。
「ビアンカには気付かれてないよな?」
「正一くんの話を聞く限りでは、気付いてないみたいですよ?」
「おいおい、随分と他人事だな。分かってるのかツナ、お前の命が狙われてるんだぞ?」
「そうは言っても、ボンゴレ狩りは早くても半年先の話ですよ。今から自分の命の心配をしたって、仕方がないじゃないですか」
にっこりと笑えば、ディーノさんは盛大にため息を吐いた。
「ハァァァ……。ツナのことが心配だ」
「わざわざオレのためにすいません」
「お前、そんなこと思っていないだろ?」
「そんなわけないじゃないですか。兄弟子を思わない日なんてありませんよ」
ディーノさんは、どこか納得していない様子だった。
「……ツナ、ひとつ聞いてもいいか?」
「なんですか?」
「どうして恋人のフリをしてまで、ビアンカを手元に置くんだ?」
「フリ、ですか……」
自嘲気味に視線をそらすオレに、ディーノさんははっと目を見開き、勢いよくソファーから立ち上がった。
「おいツナ、お前まさか……!」
「ええ。――愛しています」
ディーノさんはドサッとソファーに座りこむと、両膝の上に肘をついて組んだ両手に額を乗せた。
「ツナは、馬鹿だな……」
「……そうですね」
悔しそうに「本当に、お前は馬鹿だよ……ッ」と言ったディーノさんの表情は俯いて分からなかったけど。簡単に想像できてしまう。
オレに代わって、唇を噛み締めて悔しさを露わにしているだろうディーノさんに、感謝の意を込めて頭を下げた。