もしも願いが叶うなら



 暑かった夏も過ぎ、爽やかな風を感じる季節がやってきた。
 イタリア郊外の人里離れた森の中にある大きな屋敷。そこの一室には、二人の男女の姿があった。


「綱吉様。熱心にお仕事をなさっているのには感心しますが、少しばかり休憩されては如何ですか?」
「ビアンカの言うとおりだね。紅茶を淹れてもらってもいいかな?」
「すでにご用意しております。それと、お疲れの時には糖分を摂るのがよろしいかと思い、クッキーをご用意致しました」
「さすがビアンカ。じゃあ、休憩にしようかな?」

 男の名前は沢田綱吉。24歳という若さで、伝統・格式・規模・勢力すべてにおいて別格といわれるイタリア最大手のマフィアグループ・ボンゴレファミリーの頂点に君臨する男だ。
 そばにいる女の名前はビアンカ・エグレッタ。年は三十路近くだが、幼い顔立ちで若く見られがち。沢田綱吉の直属の秘書にして彼の恋人である。


 仕事熱心で温厚なボスに仕えている優秀な秘書――それが、私の考えたシナリオだった。

 本当は私は、最近になって急激に力を付けたミルフィオーレファミリーのホワイトスペル第二ローザ隊の副隊長だ。
 そんな私がなぜ、ボンゴレボスの秘書を務めているのかというと、ミルフィオーレファミリーのボスである白蘭様と入江様から「スパイとなってボンゴレの内情を探れ」との命令を受けて。

 こんな安っぽい男の下で働くつもりなんてなかったけど、お二人の命令とあらば仕方がない。
 私としては、一刻も早く仕事を終わらせて白蘭様の元へ帰りたい……。
 今は沢田綱吉の恋人であるが、それはあくまでボンゴレの情報を得やすくするためと、スパイとして気付かれないためだ。


「ビアンカ? ビアンカ!」

 綱吉の呼びかけに、はっとして顔を上げた。

「綱吉様、如何いたしましたか?」
「それはこっちの台詞だよ。もしかして、疲れてる?」
「申し訳ございません。綱吉様の前で……。少し考えごとをしておりました」
「考えごと?」
「はい。……この後に控えているスケジュールを、綱吉様はきちんと把握なさっていらっしゃるのかと」
「え、まだ仕事なんてあったの!?」
「お忘れだったようですね」

 ため息を吐くと、手帳を取り出した。
 パラパラと捲り、目的のページを見つけた私は、ゴホンと咳払いをした。

「本日の16時よりキャバッローネファミリーのボス、ディーノ様が私用でお見えになります。その後には長期任務についておられた雲雀様がご帰還なさいますので、ご報告の確認を。さらに同盟ファミリーのベッチオからパーティーの招待状が届いておりますので……」

 次から次へと捲し立てる私に、綱吉は慌てて待ったをかけた。

「すっ、ストップストップ! 今日ってそんなハードスケジュールだったの!? オレそんなの聞いてないよ!?」
「綱吉様、私は昨晩と明朝のスケジュールチェックの際に申し上げました。隣には、元家庭教師であるリボーン様もそばにいらっしゃいましたよ」
「ちょ、仕事で疲れてクタクタな夜と眠気マックスの朝に言われても憶えてるわけないよ!」
「そうは仰いましても、事実ですので」

 自業自得でしょう? と口には出さずに、にっこりと笑った。

「おーいツナ、仕事は終わったのか?」

 執務室の扉が開き、ひょっこりと顔だけを出したのは、ボンゴレファミリーと同盟を組んでいるキャバッローネファミリーのボスであるディーノだった。
 電灯の光を反射してキラキラと輝いている金髪に、トパーズのような茶目。スラッと伸びた手足に、一見モデルのように見えてしまう彼は、とてもマフィアのボスには見えない。そして彼の後ろには、スーツの上からでも逞しい筋肉がわかるほどの体型をした男が数人いた。

「ディーノさん! 約束の時間には早すぎませんか!?」
「そうか?」
「お言葉ですが綱吉様。只今の時刻は15時50分ですので、丁度良いかと思います」
「もうそんな時間なの!?」
「ははっ、優秀な秘書のビアンカがいて、ツナは心強いな」
「恐れ入ります。綱吉様、紅茶が冷めてしまいましたので、淹れ直してきます」
「あ、うん! よろしく」

 綱吉とディーノの二人に頭を下げて、執務室を後にする。
 二人の分の紅茶と茶菓子……嗚呼、それにディーノの部下の方々のも準備しないといけないわね。それにこの後の準備もしないといけないから……。

「……ふふっ」

 ふと立ち止まると、思わず笑みを溢した。
 白蘭様と入江様の命令で仕方なくやっているのかと思えば、随分と楽しんでいる私がいた。

(まったく、彼の近くに一番長くいるから、気でも弛んだかしら?)

 沢田綱吉は、他のマフィアたちと違うオーラを放っていると思う。マフィアのボスとしては非常に心優しく、仲間を想うところがある。
 九代目やリボーンは昔の彼を、「弱虫で優柔不断で優しくて仲間を思い過ぎる」と言っていた。
 そんな彼に、冗談ではなく惹かれかけている自分がいる。

「……だけど、仕事は成功させる」

 もしも、私と彼が本当の上司と部下として出会えていたら……考えるのは止めよう。
 私はスパイであって、彼とは偽りの関係を築いているだけ。

 ――ただ、それだけの話よ。

「……っ」

 自分の手を強く握りしめ、再び歩き出した。


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