「橘? 起きてますか? 朝食の時間ですよ」


部屋の前まで来て他と同じように襖越しに声を掛けた

しかしやはり動く気配がなかった


「橘? 橘ー?? 全然動く気配がない…。橘、入りますよ」


何度声を掛けても反応のない橘に春は困ったように溜息を吐いた

そして一応断りをいれて部屋に足を踏み入れる

橘は部屋の真ん中に敷いてある布団にいた

思った通り、彼の両目はしっかりと閉じていて、呼吸もゆっくりと安定している

春は布団の脇に歩み寄り声を掛けた


「橘、起きて下さい。橘ー? 目を開けて下さい」

「……春…?」


何度も声を掛けると橘が身じろぎをして、そう呟いた


「はい。起きられましたか?」


橘の眼がゆっくりと開かれ、彼の瞳が脇に座る春を捉えた


「…あぁ」


むくりと起き上がった橘はまだぼーっとしていて、何もない宙を見ている


「それではちゃんと顔を洗って起きてから居間に来てくださいね」


なにはともあれ橘が起き上がったので、春は立ち上がり、部屋を出ようとした

すると返事はないと思っていた橘から返事があった


「…いつも、すまない」


思ってもいなかった橘の言葉に驚きつつも微笑みながら振り向いて返事をした


「どういたしまして。橘は朝起きるのが苦手なのですから仕方ないことですよ。それに私は朝早く起きるのは得意ですから」


任せて下さい、と言って微笑んだ春の後姿を橘が見送った








「いただきます」

「どうぞ」


春の言葉を聞いて他の四人が朝食に手を付ける


「桔梗と春、今日の昼食は外ですましてくるから二人で食べておいてくれるかい?」

「お仕事ですね、わかりました」


突然の桜の申し出に嫌な顔をすることなく春は頷いた

いつもながら聞き分けの良い彼女に感謝する桜


「悪いなぁ」


春は三人が食べないなら今日の昼食はいつもとは違う趣向のものでも食べようか、そんなことを考えながら朝食を食べる

何気なく橘に目を向けてみると、彼は朝食を摂り始めたことにより少しは目が覚めたようだった


「…なんだ」


目が合った橘が怪訝そうな顔をする


「なんでもないですよ」


だが何か意図があって橘を見たわけではないので笑って誤魔化した


「お茶のおかわりを持ってきますね」


なんとなく気まずくなってしまった

なので空になった湯呑を見て、急須を持って来る為に立ち上がって台所に向かった


「短い間だが共に過ごしていてわかった。皆は仲が良いのだな。…初めて会った時に春が言ったとおりだ」


春が居間から去っていくと、桔梗が食事する手を止めることなくそう言った


「ん?? 春がそんなこと言ったんかい?」

「ああ」


彼女の肯定に桜が嬉しそうに笑い、そしてはなも満面の笑顔で頷いた


「うん。はな達仲良し」


しかし橘は渋面をしている

それに気付いた桔梗が尋ねた


「橘は何故そのような顔をしている?」


「…いや、他人から見るとそう見えるのか」

「なにか、おかしいことなのか?」


彼の呟いたことに引っ掛かりを覚えた桔梗が再び彼に尋ねる

だが彼は答える気がないらしい

それを見かねた桜がフォローに入った


「まぁ俺らと春も最初から一緒にいたわけじゃねぇからなぁ。仲が良いって言われると違和感を感じるんだよ。…特に橘は一番反対したからな」

「反対? なんのだ??」

「桔梗の時と同じでここに住むことに関してだよ」

「成程。理解した」


彼の性格上、不穏分子はすぐには受け入れられないのだろう

普通の人間ならその反応が正常だが

ということは元々春は桜やはなはともかく、橘とは一線引いた仲であったに違いない

春は人の反応を気にするタイプだ

橘のような気難しいタイプは少し苦手だろう


「君たちは不思議だな。昔から共にいる雰囲気だ」

「そうかい、そりゃあ嬉しいもんだな」

「仲が悪く見えると言われるよりはマシか」


ここは素直に嬉しいと言えばいいものを

桜だけはそう思ったが橘がそう言ったらそれはそれで変な感じである

よって口には出さない


「おかわり、持ってきましたよ。…皆さんどうかされました?」


そこで春が手に急須を持って居間に戻ってきた

彼女は食事の手を止めて顎に手を当てる橘とにこにこ笑顔のはな、面白そうにしている桜達三人と、黙々と食事をしている桔梗を見てはてなを頭に浮かべた


「なんでもない。気にするな」

「? はい」


何もなかった筈はないのだが、これ以上ツッコむと機嫌を損ねてしまうかもしれないので追及は止めた




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