目の前に広がるは華やかな光景

昼の軽装とは違い、煌びやかな正装に身を包み、多くの人々が談笑を交わす

音楽家たちの芸術とも呼べる演奏を背景に、人々は優雅な夜を過ごす

この空間は照明一つをとっても、華やかな光景が増すような工夫がされている

昼の茶会よりも、どこか妖しさすら感じさせるは何故だろうか

また、こういった上流階級の夜会では、年頃の若者同士の紹介が行われる

エルティが警護する範囲でも、そういったことが行われていた

自らの親に紹介され、またある者は知人の紹介で挨拶を交わす

こうして家同士の繋がりや、政治的繋がりを築いていく

貴族階級の者たちには絶好の社交場だ

なお、エルティの警護場所は、会場内の警護とはいえど、近衛兵とは違って重要なところからは外れている

エルティは余所者のようなものなので、当然の処遇である

ちなみに、昼間に仲裁をしてくれたイザナ殿下はエルティからかなり離れている

そのそばには近衛兵が多く控え、側近もイザナ殿下からあまり遠くに離れない

そのイザナ殿下の周りには常に人が集まり、代わる代わる挨拶をしていく

イザナ殿下と離れていることに関して、エルティは残念がるというよりも、少しほっとしていた

イザナ殿下はかなり優れている人間であることは、先ほどの出来事で十分すぎるほど感じていた

正直、あの存在感は恐ろしくもあった

彼はきっと、どこに在ろうともその存在感を隠すことはできない

否、彼は隠しはしないだろう

それが、エルティにとって、羨ましくもあり、少し怖くもあった

それに、エルティは多少なりとも彼に苦手意識を持っていた

だからこそ、あまり関わりたくはないといった自己防衛である

しかし、幸運なことに夜会は何事もなく、順調に終わりを迎えようとしている

あと一時間もしないうちに夜会が終わるという頃合いに安堵していると、こっそりと観察していたイザナ殿下と視線が交わった

エルティは、内心どきりとしたが、やましいことはないため、努めて平常心を装ったまま、視線を外さない

自国での立場上、表面を取り繕うのは心得ている

イザナ殿下は程なくして視線をこちらから外し、歓談を続けるのだが、安心したのも束の間、再びこちらに視線を投げかけた


「…!」


それは一度や二度ではなく、夜会が終わるまでの間、数度にわたって繰り返された

こちらとしては、イザナ殿下に見られても少しもいいことがないため、動揺を隠しつつ、後半からは視線に気づいていないことを装うことで乗り切ることにした

そんなこんなで夜会はお開きになり、王族貴族は大広間を後にしていった

大広間には後片付けの為に、多くの使用人がせわしなく動いている

今までにないほど長く感じた一時間を乗り切り、エルティはどっと息を吐いた

恐らく、昼間のことで興味を持たれたのだろうが、万が一こちらの素性に気が付いてしまう可能性もある

エルティを含め、ナスタチウム王国の者は、クラリネス王国とは正式な国交を持たないため、面識はない

しかし、イザナ殿下の真意が読み取れないうえに、彼ならば何らかのきっかけでこちらの事を気付いてしまう気がした

凡愚ではない君主

イザナ殿下はその雰囲気を持っていたからだ

そのため、いつも以上に気疲れをしてしまったのである


「ただ、面白がって興味を持っているだけなら問題ないのだけれども…。それだけなら何度も意味ありげに視線を寄こしたりしないわよね」


まったくもって昼間の台詞は前言撤回というやつであった

関わりを持ってみたいと思っていた王族だけれども、こちらの身が危うくなるのなら謹んで辞退したい

そう思いながら、気力を振り絞って会場の後片付けを手伝うエルティであった

もう関わりがありませんように、と珍しく神に祈りながら






「イザナ殿下、お疲れ様でした。何事もなく夜会を終えられましたな。それにしても殿下、夜会中、近衛兵を気にしておられたようですが、何か気になる事でもありましたか?」


側近の一人が、夜会中にイザナ殿下が一人の近衛兵を見ていたことに気が付き、その視線の先で何か思うところがあったのかと問う

夜会を終え、私室に戻る前に執務室にやってきたイザナは、その言葉に目を通していた書類から視線を上げた


「昼間、騒ぎになった時に割って入った兵がいたろう。覚えがあったのと…」

「? セレグから派遣された騎士ですか、それが何か…?」

「いや? 随分と勇ましく、純粋な眼をしてる娘と思っただけさ」


貴族の前に立ちはだかり、身を挺して子供をかばった女性

その姿は凛としており、ただの騎士には思えなかった


「イザナ殿下?」


突如黙るイザナに、側近が声をかけるが、イザナはそれ以上その話はせず、仕事に戻る

その空気を感じ取った側近も、それ以上は尋ねなかった

イザナは早急性がなかったために後回しにしていた、期日の迫ってきた書類を手に取る

そこには視察先への護衛について記載があった

最近は王都外での不穏な動きが報告されており、近衛兵だけでは警護において幾ばくかの不安がある

加えて、この視察は外に慣れている者が付いている方が道中の安全面が高い

それを考慮に入れての警護に参加する騎士の申請書である


「…それより、来週の視察、同行させる騎士の話だが、指名したい者がいる。昼間の騎士を編成するように。残りは騎士団長に一任する。その連絡を騎士団長に」


昼間の騎士とは、先の話に出ていた騎士であることを察し、側近はすぐに御意の姿勢を取った


「わかりました、早急に手配します」

「俺は私室に戻るから、後は頼んだ。その手配が済んだら休むように」

「はっ。おやすみなさいませ」


あらかたの執務を終わらせたイザナは、後のことを側近に任せ、私室に戻る

身支度を全て済ませ、従者が退出した後、昼間の出来事を思い返す

子供と貴族の間に立ちはだかり、事態を悪化させぬためにその身をためらいもなく危険にさらした

夜会ではこちらの視線に気づきながらも、気づかぬふりをし続けた

それは、あれほど目立つことをしたのに、目立ちたくないと言わんばかりの態度だった

普段なら彼女の望み通り、別段気にすることもないのだが

彼女のフードから垣間見える美しき碧色の髪と純粋な眼は、イザナの記憶を鮮やかに彩ってしまった


「エルティね…。あなたは何者かな」


彼女は幸か不幸か、イザナの気を引いてしまったのであった





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