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持ち場に戻り、近くの衛兵になにかあったのかと尋ねると、驚きの答えが返ってきた
「ゼン殿下が、薬剤師見習いの白雪殿を婚約者に考えていると…、ラジ王子が仰られて、皆様方は騒然としておられるようだ」
「白雪…殿? って、さっきの…?」
「どうかしたか?」
「い、いえ! ありがとうございます」
場所を任せていた衛兵に礼を言い、再び警備につくエルティ
未だに騒然としている中庭をぼんやりと見ながら、先ほどの少女白雪について考える
彼女とクラリネスのゼン殿下は懇意な関係であるらしい
それが事実であってもなくても、この場の者にはそう認識されただろう
本当に、髪色以外は普通の少女に見えたのだが…
案外、心根がしっかりしているのかもしれない
王族と懇意になるのだから
それはそうと、オビだ
白雪さん?と一緒にいたので王宮に仕えてるのだろうか
次に会うときにでも事情をといって別れてしまったが、そもそもエルティはラジ王子の滞在が終わればセレグに帰るのでその機会があるかどうか…
「なるようにしかならない、わよね。あら? あの子たちはどこから…?」
軽食の匂いにつられてきたのだろうか。二桁にも満たない子供二人がどこからか入ってきている
小さいからか、ほとんどの者は気が付いていないようだ
何か問題を起こす前に、とエルティが連れ出そうと動いた時、二人のうち幼い方の子がテーブルの上に置かれていた果実酒を倒してしまった
果実酒はみるみると白いテーブルクロスを赤紫色に染め、近くにいた若い貴族のズボンまでも汚してしまった
「わっ!? なんだ、俺のズボンが…!! この子供か、ふざけやがって…」
ワイングラスを倒した子供を見つけ、その身なりから平民の子であると察した貴族の男は、怒りから、子供を殴ろうと手を振りあげた
このままでは小さな子供がぶたれてしまう、そう判断したエルティは、二人の間に駆け込み、貴族の手を掴んだ
シン、と静まる中庭の中、まっすぐに相手の目を見つめるエルティ
「お待ちください。グラスを倒したのはこの子の非です。ですが、手を上げるのはいかがなものでしょうか? お気を静めてください」
ゆっくりと、できるだけ相手を煽らないように宥める
「なんだと…。ただの衛兵風情が俺に指図するというのか…! どけ!その平民の子供に身分の差を教え込まねばならん!」
「お言葉ですが、身分の差があるからといって人に、子供に危害を加える理由にはなりません」
なおも冷静に相手を落ち着かせようと試みるが、完全に頭に血がのぼってしまっているようだった
その子供を引き出せと怒り、エルティに掴みかかってきた
遠くの方でメフィスの怒った声が聞こえる
今のエルティはいち騎士で、相手はこの国の貴族だ
反撃することは許されない
そして、この貴族が自分を害することで少しでも冷静になってくれるのなら、とエルティは振り上げられ、下ろされる手を受け入れるために目を閉じた
「待て」
低く通る声が制止を告げると、痛みはやってこなかった
それどころか、掴まれていた外套も離された
その声と共に一気に周囲が静かになり、コツコツと靴音がよく響く
「子供にも、非はあるが…。君も、今ここで事を大きくする必要がないのはわかるはずだ」
「あ…。も、申し訳ありません…!」
エルティが目を開けると、貴族の男が大量の汗をかきながら、やって来る者を見つめている
エルティもそちらへと視線を向けると、先ほど目が合った金髪の男性がこちらに歩いてきていた
「イザナ殿下…。お許しを…」
完全に委縮した貴族の男は、目の前に立つ遥か上の身分であるイザナ殿下に許しを請うように頭を下げた
イザナは貴族の男を冷たく見下ろしている
「冷静になったようだな。…そこの衛兵」
「は、はい!」
いきなり視線を向けられ、声をかけられたから驚いてしまった
エルティの後ろに隠れた子供は、彼のあまりの威圧感と存在感にすっかり怯え、小さく震えている
「その子供の親を呼ばせているから、それまで面倒を見ているように」
「…かしこまりました」
その存在感に圧倒され、少しだけ恐ろしく感じていたエルティは少しのぎこちなさをもって、二人の子供を連れ出そうと動く
「それと…」
「…!?」
呼び止めるようにかけられた声に、体が無意識に緊張する
なにを言われるのかと身構えるエルティに、イザナは少しの沈黙の後になんでもない、と続けた
その代わりにエルティに向けられる視線はそらされない
「…失礼します」
エルティはその視線から逃れるようにお辞儀し、素早くその場を後にする
エルティが中庭から姿を消してからようやくその視線を外し、イザナは元の場所に戻る
ズボンが汚れてしまった男も、侍従に連れられ、着替えに屋内へと去っていくと、徐々に中庭は元の賑やかさを取り戻していった
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