セレグ近郊の街は平和そのものである

聞いたところによると平和なのはセレグ近辺に限定はされず、この国は概ね治安が良い

平和だからこそ人々の心根も優しく穏やかなのだろう

人々で賑わう通りを歩きながら、先輩騎士たちとはぐれぬ様に見回りを行う

巡回時や外警護など、外にいる時間が長い任務の時は日除けのための外套を羽織るため、目立つ自身の髪は人目に晒されることはない

不躾な視線に晒される心配をすることなく任務をすることができた

エルティが街を見渡す限りでは、どの人も皆笑顔で活き活きとしている

フェレスが言っていた妙な連中は見当たらない

それとも、自分には分からないだけなのだろうか


「正直、どういった行動が怪しいかなんて私にはあまりわからないわ」


あからさまに奇異な行動をとっていたらわかるのだが、流石にそれはないだろう

おそらく、フェレスが言っていたのはほんの些細な行動の不自然さである

素人同然のエルティが気づけるわけが無かった


「ん? 何の話だエルティ」


思わず漏らした言葉を聞きもらさずに、先輩騎士が声を掛けてきたので、彼には曖昧な笑みを返して誤魔化しておく

とはいっても、素人のままでいるのはよくない

近いうちにフェレスにコツや技術を教えてもらおうと心のうちで決意した

何かしらの手掛かりくらいは見つけられるかもしれないと思い、気合いを入れて周りを警戒する


「あっ、ごめんなさい」


少し真剣に周りを見すぎていたからか、近くに通った人と肩がぶつかってしまった

ぶつかった瞬間に謝罪し、反射的に相手の顔を見た


「あぁ、いえ、大丈夫ですよ」

ぶつかってしまった相手は若めの男性で、黒髪の碧の瞳だった

同じように相手も反射的にこちらの顔を見たらしく、ぶつかった視線はエルティが着用する外套に隠された碧髪に移った

その時に僅かに見開かれた目は、確かに驚きを現していた

だが、すぐにその視線は逸らされ、彼は小さく会釈をしてすれ違った

エルティは珍しい色彩だから驚いたのだろうと解釈したのだが、背後から聞こえてきた単語に思わず振り返る


「聖女…?」

「…えっ?」


その言葉に驚き、後ろを振り返って先程の男の姿を探したが、彼は既に姿を消していた

聖女

彼が言ったのであろうその言葉はどんな意味をもって呟かれたのだろうか

それは自分が知っている意味で、自分に対して向けられた言葉だったのか

知らない異国の地で聞くはずのない単語が男から紡がれたことを不思議に思う

しかし、何かの間違いだろうと結論付け、巡回を続ける為に少し離れてしまった先輩騎士たちに追いつくために足早にその場を離れた

去る彼女の背を、先程ぶつかった男が遠くの物陰から見つめる

その男の胸中には何故この国にいるのかという疑問と、巡ってきた機会に対する喜びがあった


「どうやら俺にはまだ運があるらしい。神に見放されてなかったってことだな」


誰に言うでもなく呟く声には、抑えようにも抑えきれていない感情があった

さて、これをどのように面白くしようかと男は思考を巡らせながら、笑顔の人々に紛れて姿を消した


「さっきの人、懐かしい感じがした。何故かしら」


巡回を再開したエルティが小さな声で呟く

気になって何気なく先程の男を探してみるが、当然の様に見つからない

一体どこが懐かしく感じたのだろうと考えてみると、ひとつ思い当たったことがあった


「目の色だわ…。この国にはない碧色の瞳。けれど、彼の髪の色は黒だったし、あまり関係ないのかしら…?」


自国民の髪や目の色は皆同じ色をしている

ナスタチウム王国の国民は金髪と碧の瞳を持つ

本当に稀にエルティやフェレス、メフィスのように色彩が違う者が生まれるが、そのようなケースは本当に稀である

生まれた場合はかなり有名になり、その存在も知れ渡る

何しろ、ただでさえ小さい国なのである

変わった色彩を持つ子が生まれたならば目立つ

黒髪に碧の瞳の子が生まれたという話は聞いたことが無かったから、関係のない人物なのだろう


「偶然ね。勘ぐるようになっちゃってるみたい。もう少し落ち着きましょう」


自分に言い聞かせるように気持ちを落ち着かせる

そして改めて街の人々を観察し、不審な人物や騒ぎが無いかを探す

だが、街で遭遇するのは小さないざこざばかりである

そのいざこざを何度かエルティや先輩騎士達でそれを仲介して、怪我をしないうちに止めさせることをした

そうやって街を何周かしたところで、日が落ち始め、午後の巡回が終わりを迎える

そろそろ基地に戻り、夜の巡回メンバーと交代する時間である

先輩騎士達と共に基地へと帰還する

今日も特に街での大きな出来事は何もなかった

結局怪しい事は何も見つけることはできなかった

基地に着いて、上司に報告する先輩騎士と別れ、エルティは双子と合流するために食堂へと向かう

賑わう食堂で二人の見つけるのは少し苦戦したが、二人の髪の色でなんとか見つけることができた


「おかえり、エルティ!」

「ただいま、二人とも」


フェレスの隣の席に腰掛け、今日の巡回では何もなかったことを報告した

ぶつかった男性の事は話さなかった

わざわざ話すほどの事ではないと思ったからだ


「何もなかったことはいいことだね。ほらほらご飯食べよー」


とにもかくにもお腹が減ったメフィスはさっさとご飯を食べようと、二人の会話を急かす様に言った

そのことに若干の呆れを抱いたフェレスとエルティ

だが、メフィスが言うとおり、エルティは見回りで街中を動いたのでお腹はかなり減っていた

夕飯を取りに行ってからまた話をしようという事になり、三人とも腰を上げた時、一人の騎士が声を掛けてきた

彼は確か、自分達と同世代の騎士だったはず


「あっ、いたいた。お前ら、団長室に行けよ。呼ばれてるぞ」

「えっ」

「えぇ〜」

「…マジかよ」


お腹が減っているのはエルティだけではない

彼女を待って夕飯を遅らせていた二人もかなり腹ペコの状態であった

やっと食べれると思った矢先に呼び出しがかかった

しかも、騎士団長に

行くのを遅らせるわけにも行かないので、夕飯はまだまだおあずけということだ


「仕方ないわ。二人とも行きましょう。呼ばれているのは三人ともみたいだし」

「うぅ〜。ご飯食べたかったよ…」

「話がすぐに終わることを願うしかねぇな」


エルティにそう言われてしまったら仕方ないので、渋々とメフィスが立ち上がる


「しょうもない話だったら恨んでやる…」

「物騒な事言うな、アホ」


なんて戯言を双子で言い合いながら団長室へと向かう

セレグ基地は結構入り組んでいるので、完全に把握しているフェレスの後を着いていく

団長室の前にエルティには見覚えがある程度の、フェレスにとっては見覚えがありすぎる騎士が立っていた

青年はこちらに気がつくと、輝く笑顔を浮かべてこちらに手を振ってきた

三人が青年の元に寄ると、彼は一気に話し始める


「なんだよフェレスも呼ばれたのか! そっちの幼馴染と妹もか。どーも、俺はダグ。フェレスのマブダチ兼ルームメイトっす!!」

「マブダチは余計だろ」


ダグの自己紹介に訂正を入れるも、ダグはその訂正を聞き流す


「初めまして、エルティよ。フェレスがお世話になっているみたいで」

「いやいや、お安い御用だって」

「世話された覚えはねーぞ…」

「あ、私知ってるよ、この人の事!」

「フェレスの妹か。俺は優秀ってことで有名だからな! それなら知ってる…」

「違う違う。フェレスの愛人ってこと」

「…はぁ!?」


ダグが続けようとした言葉は遮られ、その代わりにとんでもない単語が飛び出してきた

団長室前なのに思わず大声を上げてしまった


「…公私共々フェレスがお世話になってるみたいで」

「いやいやいやいやいや!!」


ぎこちない笑みで挨拶するエルティにちょっと待て、とツッコミを入れる

初めて聞いたぞそんな不名誉な関係が有名になってるとか


「なんでも行く先々で二人でじゃれ合ってるところを見た人がそう勘違いしてるらしいよ。ここって女っ気が無いからそういう事も珍しい事ではないとか何とかで」

「あ〜。そうかそうか。俺らの仲の良さがあだになったな! まぁ、それだけ仲が良いってことはあながち間違ってないもんな!」

「誤解を招くようなことを言うな…」


ウインクして親指を立ててくるダグのその指をへし折ってやりたい

確かに女っ気はほとんどないが、そういう話もほとんどないだろう

街だって近くにあるんだし、そんな心配も出来事も皆無なはずだ

だからこそ、せめて否定くらいはしろ、否定くらいは


「というか、団長室の前ではしゃいでないで早く入ってきなよ。なにしてるの」


流石に部屋の前ではしゃいでいる声が中まで聞こえていたのだろう

部屋の中からヒサメ副団長が出てきて呆れ顔のまま尋ねてきた

メフィスがいつものように元気よく答える


「フェレスの秘め事のカミングアウト!」

「おま、殴んぞ!」

「カミング…? 何でもいいけど早く入って。他の騎士も待ってるから」


ヒサメに急かされ、立ち話をしていた四人は団長室へと順番に入る

それにしても他の騎士という事は、何か任務の話なのだろうか

疑問を持ちつつ、中に入ったエルティは其処にいる人の多さに驚くことになる




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